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井乃原教授の言っていた通り、週明けにはジンに会うことができた。どこか、身体の調子が悪いのかと蒼依は心配したが、以前と変わらないジンに蒼依はほっと胸を撫で下ろした。
電車を乗り継いでやってきたのは同じ県内にある水族館。カウンセラーで料金を支払い中に入った。
館内は所々、薄暗く涼しかった。
ジンは、水族館に行くのは初めてと言っていた。魚と紹介文を行ったり来たり見比べている。
表情からは、楽しめているかはわからない。もっとも、蒼依が調子を狂わせられているばかりで、ジンが動揺しているのを見たことがない。
「ジン」
小声で呼んでみたが集中しているようで反応がない。蒼依は、ジンの服の袖を引っ張り、
「楽しい?」
「ためになる」
相変わらず少しずれた言い方に思わず笑みがこぼれる。
「そういう時は、楽しいって言うんだよ」
「楽しい?」
「女の子とデートできたら楽しいでしょ?」
自然とデートと口にしてしまい慌てて訂正しようとする。
「蒼依は、僕とデートできて楽しい?」
顔を除きこんで尋ねられた。
楽しいし、嬉しくないわけがない。約束してから、この日が楽しみだった。
一週間も前からこの日の服も決めていた。天気予報も何度もチェックしこの日が晴れるようにてるてる坊主も作った。肌のケアも入念にやった。昨晩なんてドキドキで何度も寝返りを打ってなかなか寝つけなかった。
「た、楽しいよ」
このドキドキが伝わらないようにそう答えた。
薄暗い館内に蒼依はつまづきそうになったところをジンに肩を支えられた。ジンの顔とゼロ距離になり蒼依の心臓が一瞬止まった。
「あ、ありがと」
動揺を隠しつつ蒼依は言ったが、胸の高鳴りはおさまらない。
「中は暗いから危ない」
ふいに手を握られた。あの時と同じように体温は感じられなかったがそんなことどうでもよかった。
手を繋いだのは、初めてではない。市立図書館の時は蒼依から握った。その時だってドキドキした。今だってそうだ。ジンはどう思っているんだろう。横目で盗み見たが相変わらず魚の紹介文を食い入るように見ている。
エサを求めて竜巻のような動きを見せたマイワシのトルネード。
水槽の中を自由にダンスしているクラゲ
擬態している魚の水槽を見ては覗きこんでどこにいるか真剣に探した。
ジンの顔が近づくたびに息が止まりそうになる。
水族館を出ると陽は、沈みかけていて空があかね色に染まっている。
外に出ても蒼依とジンは手を繋いだままだった。
蒼依が周りを見てみると家族連れや若い男女も皆、手を繋いだり腕を組んだりしている。
『端から見れば私たちもそう見えるのかな』
蒼依は、立ち止まった。
「ジン……」
蒼依がそう言うとジンも歩みを止め蒼依のことをじっと見つめた。
『私のことどう思ってるの?』
そう言おうとしたが、言葉にできず口を動かすだけだった。
もし、この気持ちが自分だけだったら?この想いが一方通行だったらと思うとなにも言えなかった。
「楽しかった?」
「あぁ。楽しかった。女の人と一緒に出掛けたときは、そう言うんだと教わった」
「そうなんだけど。それは、言っちゃ駄目だからね」
と蒼依は、苦笑いした。




