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草加と別れたあと、軽くまとめを書いてレポート提出を終えた蒼依の視界に白衣を着た男性が通りすぎた。ここは大学の研究室がある棟なので珍しいことではないのだが、その男性は、何度かジンといるのを見たような気もする……。
『あの人なら、ジンがいつ戻ってくるかわかるかもしれない』
蒼依は、小さく頷きその男性がいた方へと駆け出した。
その男性はもう室内へ入ってしまったようで姿はなかった。いくつか扉がある。用もないのでひとつひとつ調べるわけにもいかない。その時、扉が開いき人が出てきた。それは、蒼依が見た先ほどの男性だった。
「あ、あの。ジンはいますか?」
「……君は。ジンの友だちかな?」
目を細め、蒼依のことを見た。
友だちと聞かれ蒼依は、少し迷った。蒼依とジンの関係をどう表現したらいいのかわからない。ジンのことはなにも知らない。お互い名前しか知らない。この関係を果たして友だちと言えるのだろうか。蒼依は先ほど草加に言ったジンとの関係を思い出した。
「読書仲間です」
「読書仲間ね……」
ふいに先ほどの目から一転、優しい目に変わった。
「ジンはいないけど中へどうぞ」
「ジンがいないのなら帰ります」
「ジンのこと知りたくない?」
蒼依は、そう言われると知りたいという気持ちが抑えられなくなった。
「失礼します」
中に案内されるときに入り口のプレートに“井乃原研究室 人工知能 アンドロイドラボ”と書かれているのを確認した。
『これからここに来ればジンに会えるんだ』
一歩前進した関係に心の中でガッツポーズをした。
研究室の中には他に人の姿はなく、かわりにヒトの形をした機械が並んでいた。蒼依は、ソファーに座るように促されそこに座った。少しすると、小学生くらいの大きさのロボットがコーヒーの乗ったトレイを持ってやってきた。
「コーヒーヲドウゾ」
カタコトで蒼依の方にコーヒーを差し出した。
「ミルクトオサトウデス」
「すごい」
蒼依は、感心してミルク二つと砂糖を一つ受け取った。
「ここでは、こういうものを作ったり研究したりしているんだよ」
井乃原教授は、手にカップを持って蒼依の向かい側に座った。
「私、こういうロボットとか全然知らなくて今の技術ってすごいんですね」
「こういうのはまだまだ序の口だよ」
「これで序の口……」
蒼依は、コーヒーを持ってきたロボットをみながら小さく呟いた。
「私は、主に人工知能について研究しているんだよ。それの手伝いをジンにしてもらっている」
「助手ということですか?」
「簡単に言うとね」
「私が調べていることは、人工知能は人間に恋をするか否か」
恋と言われて蒼依は、ドキリとした。まさに、草加と話したことだったし、今もその内容の本がカバンの中に入ってある。
「人間の恋するメカニズムは、全く知らなかった人が段々とその人のことを知っていき、なんとなく気になる相手にかわり、いいところが見つかって相手は自分に気があるのかも?と思うようになっていつの間にか気になる存在になっていると言われている。それが人工知能に通用するかを調べている。君は……ええと」
蒼依は、まだ名乗っていないことを思い出し名乗った。
「柊さんはどう思う?」
「たしかに私の好みとかを覚えてなにをすれば私が喜ぶのか、なにをしたら怒らせるのかを学習したうえで行動してくれたら嬉しいけどそれと同時に悲しいです」
「悲しい?」
「なんだかそれって私だけが片想いしているみたい」
「……片想い……ね」
ふくむような言い方をしたが蒼依は気が付かなかった。
「でも、人間だってその人のために何かしてあげたいという気持ちない?」
「あります」
「でしょう?それと変わらないと思うけど」
井乃原教授は、コーヒーに口を付けた。
「そうなんですけど。そこには心がないから」
蒼依は、先ほどの草加との会話を思いだした。
―――その想いは、残酷だね―――
「でも、シーンごとに振る舞いをプログラミングされ少しずつ動作が複雑化していくことに心を持っていると思わない?子どもだってできなかったことができるように成長していくよ。それと変わらなくない?」
「だけど人の心は形に表せないです。心に受けた傷は、自分にも相手にも見えないです」
「人工知能は表すことができる。データ化できるとそう言いたいのかな?」
「はい」
井乃原教授は、納得したかのように頷いて手を差し出してきた。
「柊さん意見は大変参考になった。ありがとう」
どうやら握手を求めているようだったので蒼依は、ぎこちなく手を出すと力強く握り返された。
「ジンは週末には戻ってくるよ」
そう言われ蒼依は、笑顔になった。
「ありがとうございます」
そうおじぎをしながら言うと、井乃原研究室をあとにした。
「……片想いしているみたいか。心は、見えないのにどうしてそれが残酷だと言えるんだ。そう思わないかい?……ジン」
井乃原教授は、人型のむき出しになった機械に大切なものを触れるかのように撫でながら呟いた。




