四話
再び目が覚める。
毎度の事ながらそれは何ら不思議ではなく当たり前の事であり普段であれば気にもしない行為であった。
そう、普通で何ら変わりのない事であれば。
私記憶は母と映画を見に行き、ハンバーガーを食べるため町中を歩いている所で止まっている。
「朝か」
私はけだるそうに布団から出て窓の外を見る。私は白い衝撃に襲われた。
そこには一面の雪景色があった、それは白く白く白く、失いつつある私の理性と重なった。
ここで一つの疑問が生じた。私が寝る前までいた世界では夏。しかし、この風景を見る限り冬。その冬景色の中で今もなおしんしんと降り続けるその雪は私の脳内を混乱に陥らせた。
私の最後の記憶は今まで映画を見て母と二人ハンバーガーショップへと向かっていた、と言うもの。それが気がつけば家の中。それも冬の。
周りを見渡し母の姿を探す。
するとトイレのほうから母が歩いてくる。
「おはよう、お寝坊さん」
「おはよう」
「どうしたの?そんな不思議そうな顔して」
「撲どのくらい寝てた?」
「なに言ってるの?」
そのあと母が口にした言葉は私の思考回路をフル活用しても追いつかなくなるほど今の、この現状が理解できなくなった。
「一日しか寝てないよ」
「え?一日?」
「そうだけど、どうしたの?」
「おかしいよ、だって今まで夏の映画館にいたはずだよ」
「何言ってるの、変な夢でも見てたんじゃないの?」
「夢....?」
私は母の背後にあるカレンダーを見る。確かにそこには12月の日付が記されていた。
「ご、ごめん、寝ぼけてたみたい」
「だと思ったよ、いいから早く着替えなさい?」
「分かった」
私は自分が今まで着ていたであろう寝間着を脱いでいるともう一つに異変に気がつく。
私の視線が深く寝る前に比べて高くなっていたのだ、誤差の範疇ならば成長したのだろうと済ますのだが今回の視線の変化は成長だけではごまかす事が出来なかった。
リビングから聞こえてくる訃報、誰のものかと気になり急いでテレビの元へと向かう。
「嘘だろ」
テレビの画面には昨日見ていたはずの映画に出演していた特撮俳優の訃報が報道されていた。
「ねえお母さん」
「どうしたの?」
「この人こないだまで戦隊に出てたよね?」
「何言ってるの、この人がやってたのは3年前だし、去年から病気で入院してたのよ」
『入院か。ん?今三年前って言ったよな。おかしい何で三年間も時間が進んでいるんだ?』
「どうしたの?そんな深刻そうな表情して」
「何でもない」
「そう言えば昔二人で映画を見に行った時からずっとそう。なにかある度そんな顔する、一体何があるの?」
母の発言から察するに私が元々過ごした時間と母が過ごした時間は違う。
私がもと過ごしていた時間ではここでこんな会話などしていなかった、おそらく私が眠る前の時間の時点での行動の一つ一つが未来を変えてしまうきっかけになっていたのだろう。
そう考えるとこの母の言動にも納得がいく。
私は不意に昔母に話したタイムリープに対する持論を思い出した。
「母さんさ、昔に戻れたらって思った事ある?」
「何よ急に。そうね、ありすぎて困るよ」
「というと?」
「母さんねあんたぐらいの頃とっても仲のいい女友達がいたんだ、それはもう仲が良くて周りからうらやましがられるほどにね、でもね一度だけ喧嘩しちゃった事あったんだ。喧嘩したのは確かどっちかが買ってきたアイスを二つとも食べてとかくだらない事だった気がするな」
「そのあとどうなったの?」
「そのあとかい?そうね...」
母の過去を懐かしむその顔から笑みが消えてしまう。
「その子ね癌になって死んじゃったの。それはもう一瞬のうちにね、今でも後悔してるよ、あの時なんであんな事で喧嘩しちゃったんだろうって、もっとなにかなかったのかって。でもさ、後悔したってしょうがないんだよ」
「どうして?」
母はそのとき私に今まで見た事がないほどの優しい笑顔を見せてくれた。
「一回死んだらそこで終わりなんだもの、それ以上もそれ以下もないの。過去に戻れたらって言うけど、戻ったとしてもそこはもう元々の世界じゃあないから。私たちが今過ごしてる時間はここだけなの、たとえ過去に戻れたとしてもそこは、『自分が過去に戻った世界』になっちゃうの。ってこんな話難しくて分からないか」
「ううん、いい話聞けたよありがとう」
母はそんな私の言葉を聞いて不意に私の頭をぐしゃぐしゃと髪が乱れるほどになでてきた。
「な、何だよ」
「ませてんじゃないよがきんちょが。あんたはまだこんな難しい話気にしなくていいんだよ」
「そうだね」
ふと時間が気になり時計の方を振り返る。
時刻は既に8時近くになっていた。
「ちょっともうこんな時間じゃない!あんたは早く準備して!母さんは父さん起こしてくるから!」
「うん分かった!」
『この時点ではまだ父さんが生きてるんだ...』
私がもといた時間軸では父さんは私が12歳のときそれも10月ごろに交通事故でなくなっていた。
しかしこの時間軸では父はまだ生きている事となっていた。
「はあー。もうとっくに起きてるよ」
「父さん....?」
「ん?何だ?俺の顔になにか付いているか?」
そこには確かに父の姿があったが、どこか違和感を感じる。昔から知っている父ではなく、新しく作られた私の願望が具現化したような様子だった。
この時の私はまだ気がつかなかった。
私が偽装された鳥かごの中でただただ踊らされているだけの操り人形だと言う事に。