参話
母との一時は波の満ち引きの如くあっという間に通り過ぎていく。
映画ならなおさら早く感じる。
何回も何十回も見たはずの映画も大人になってから見ると幼かったあの頃に比べると思いもいかない点に目が行きまた新たな楽しみとなり時間が過ぎていく。
「今日の映画どうだった?」
「おもしろかったよ」
「ゲームで何もらったの?」
「これ」
私はゲーム機を開いて母に見せる。
「ごめん、母さんには全く分からないや」
苦笑いの母を見ると申し訳ない気持ちになる。
そう言えば未来でもこんな事があったな。
私は未来の出来事を思い出す。
あれは確か事故に遭う一週間前。ちょうど仕事が休みの日の事だったな、録画したアニメの消化に勤しんでいたころだった。
私は見ていたアニメを必死に母に説明していた。
「ここのシーン漫画ではもっと良かったんだよ」
「そうなんだ」
「なる程、ここはこういう風に表現するんだ」
「母さん年なのかな、全然わからないや」
「ごめん」
「なに謝ってんのよ、あんたが謝ることないでしょ?」
このとき母が見せた苦笑いが昔の母の苦笑いと同じだった。
もしかしたら私は仕事の疲れやストレスを母にぶつけていたのかもしれない。
そう思うと母の苦笑いに申し訳が立たなくなってしまう。
映画館の中心で惚けていると母が私に心配そうな表情で語りかけていた。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
「もうお昼だけど何がいい?」
「うーん。ハンバーガー」
「あんた本当好きだよね」
「まあね」
ハンバーガーがいいと言った時の母の顔は母親らしい顔になり私もその時だけは子どもに戻れた気がした。
私はなんとも言えないその表情が好きで好きでたまらなかった。
「ここからだったらそこにいつものハンバーガーショップがあるけどそこでいい?」
「うん」
返事と同時に母の顔に砂嵐が走る。
この時からか私は心のどこかで嫌な予感がし始めていた。
ハンバーガーショップへと向かう私は、朝はなかった偏頭痛に見舞われた。
こめかみの辺りを抑えている私を見て母が慌てて私と目線を合わせてくる。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫。うっ!」
私はあまりの痛さにその場で膝をついてしまう。
頭の奥から銃弾を埋め込まれたような鈍い痛みが、響き我慢ができなくなってきた。
「本当に大丈夫!?救急車呼ぶ?」
「大丈夫だけどちょっとダメそう..」
偏頭痛とひどいめまいの中で、母は私に心配な眼差しを向けていた。
いつも冷静な母が慌てている異様な光景だった。
「待って!今救急車呼ぶから」
私は先程心のどこかで感じていた予感を恐れて今なにをいうべきかを考えた。
痛む頭で考え考え考え抜いた結果、この場で言うべき言葉は一つだと気がついた。
私は母の手を取り力強く握り恐ろしさを振り切りたった5文字の言葉を口にしようと決意する。
「ちょっと今何かあったら嫌だからこれだけは言わせて!」
「何?」
「今日は楽しかったよ。本当に楽しかった!ありがとう」
「何いってるの!縁起でもない。ってねえ目さまして!」
私はそう母に告げ、涙を浮かべた母の顔を見届けるように、脳裏にその顔を焼き付けながら、私はその場で気を失い倒れてしまった。
私はそこまで嫌な気はしなかった。
所は変わり机の上は資料で散乱し、あたりには配線が絡まり密集した研究所。
白い光であふれる研究室に一つのカプセルが置いてあり、カプセルの中には若干二十歳の男性が呼吸器を繋がれ、東部には複数の吸盤がつけられた状態で入っていた。
そのカプセルには『被検体1号』の文字が刻み込まれており、その下には『第一段階完了』の文字が書かれていた。
カプセルの前にヒールの音を響かせながら1人の白衣の女性が歩いてくる。
「検体の様子はどう?」
「先生!どうもこうも、見事に第一段階突破ですよ」
埋め尽くされた資料の山から勢い良く男の研究者が出てきた。
「全くあんたはいきなり出てこないでよ」
「すいません。って、それよりも!一段階突破ですよ!」
男は女性の肩を掴み血走った目で女性の顔を見る。
「そ、そうね。この計画第一段階すら突破できないと思っていたのによくできたわね」
白衣の研究員が先生と呼ぶ女性はタバコを片手に微笑んでいた。
「全くなんなんですかこの人は、こんな無茶な計画をやり遂げてしまうなんて」
「当たり前じゃないなんせ私の息子なんだからね」
「そうだったんですか⁉︎」
「そうよ、貴方ちゃんと計画書読んでないの?」
「すいません」
男は机の上の資料をパラパラと捲る。
「この計画で必要な人材は脳は生きているが、体が動かない男性って書いてありますけどどうしてですか?」
「ああ、それね。それは、直接脳に電磁波を流して、深層心理を探って出てきたやり直したい過去を仮想現実を使ってやり直させようって魂胆だからよ」
「ん?それならこんなに都合の良いタイミングは無いはず。この計画っていつから考えいたんですか?」
「そうね…五年前かしら」
「そんなに前から」
女性は自分の息子が入ったカプセルに手をかけ、ガラス越しの息子の顔を撫でる。
「そういえばなんでこの計画の名前ってこれなんですか?」
「それはね、この子の名前をとったからよ」
「ま、まさかこの計画のためだけに息子さんを植物状態にしたんじゃないんですよね?」
女性は男性に向けて妖美な笑みを見せた。
「そんなわけないでしょ?」
「だったら余計に気になりますよ!なんでこんなタイミングの良い時に」
「たまたまよ」
女性は白衣の背中を見せながらタバコの煙を巻き上げ、カプセルを見つめる。
「本当に怖いだ」
「そうかしら?」
男が呆れたように机の上に置いた一冊の資料が研究所内のエアコンの風でめくれて表紙のページが出てくる。
「本当に期待してるわよ。来人」
そこには『RE:Write計画』と書かれていた。