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元日に出会った奇妙な女性

作者: たこす

「すいません……」


 1月1日の午後。

 偶然通りかかった交差点でそう声をかけられた時、オレは自分の目を疑った。

 声をかけてきたのは、天使と見紛うばかりの絶世の美女だったからだ。


 白い肌、艶やかな唇、なまめかしい瞳。

 赤い振袖姿でじっとオレを見つめている。


 なんてきれいな人なんだろう。


 オレはそんな彼女を見て脳内で「ピキッ」という音が聞こえたと同時に、思考が一瞬停止した。


「あの、お願いがあるんですが……」


 女性は申し訳なさそうにそう言いながら、懐から一枚の紙きれを取り出した。


「ここへ連れて行ってはくれませんでしょうか?」


 それは大雑把な地図だった。

 この辺りの地形を描いたようにも思われるが、はっきりしない。

 今は枯れている川や、存在しない家屋が何軒か記されていた。


 そして、その端に赤い丸印がついている。


 この女性は、どうやらそこに行きたいようだった。


「ここ……ですか?」

「はい」


 真剣にこちらを見つめるその表情が妙に色っぽく、オレはゴクッと唾を飲みこんだ。


「ええと……よくわかりませんね、この地図だと。どこに行きたいんですか?」

「神社に行きたいんです」

「神社に?」


 そういえばこの近くに神社らしきものがあった。

 神主さんがいるんだかいないんだかよくわからない、古い神社だ。

 草は伸び放題で石畳みにはコケが生えている、そんな神社だ。


「そこに何しに?」

「それは……」


 女性はモゴモゴと口ごもる。


「……言えません」

「言えない?」


 はて? と首をひねる。

 神社に行きたい。

 でも理由は言えない。


 いったいどういうことなのだろう。

 不思議に思っていると、その女性は真剣な眼差しで訴えた。


「でも、どうしても行きたいんです!」


 その力強い瞳に気圧されて、オレは腰が引けた。


 なんだ、なんだ、なんなんだ?


 理由はわからないが、どうしても神社に行きたいという謎の女性。

 よりによってなぜそんな古い神社に行きたがるのか。

 初詣に行くなら、もっとまともな神社が別のところにもある。

 そこに行けばいいのに。


 もしかしたら危ない宗教が絡んでいるのか?


 若干怖くなって後ずさりをすると、女性は慌てて安心させるかのように自身の名前を名乗った。


「あ、逃げないで。申し遅れました、わたくし名瀬なせよつ葉と申します。怪しい者ではありません」

「は、はあ、どうも……」


 ここで自分の名を名乗るほどオレもバカじゃない。

 とりあえず、うなずくだけにとどめておく。

 けれども“名瀬よつ葉”と名乗ったその女性に、悪意はまったく感じられなかった。

 逃げ腰になりながらも、オレはなんとか話を聞こうと踏みとどまった。


「……それで名瀬さん。その神社の場所まで連れてって欲しいっていうのは?」

「言葉の通りです。連れて行って欲しいんです」

「道順を教えるだけじゃ、ダメですか?」

「すいません。方向音痴なもので……」


 神社までの道順は決して複雑ではない。

 いくつかの角を曲がっていけば簡単にたどり着く。ここからだと20分くらい歩くことになるが。


 けれども、名瀬さんは頑なに道順を聞こうとはしなかった。


 ただ一言。

「連れて行って欲しい」とだけ連呼している。


 正直、怪しすぎる女性ではあったが、ちょうどお正月に観ていたレンタルDVDを返しに行った帰りだったので、暇と言えば暇だった。

 それに、こんなに綺麗な人と一緒に歩けるなら悪くない。

 そんな下心もあり、「じゃあ、行きましょう」となった。


 名瀬さんはよほど嬉しかったのか「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度も頭を下げてきた。


「いや、別にそこまでお礼を言われるほどじゃ……」

「いえ、それほどのことです。何度お礼を言っていいか」


 大げさだな、と思いながら歩き出そうとすると、名瀬さんはオレの袖を引っ張った。


「……?」


 なんだ? と思って顔を向けると、彼女はすごく恥ずかしそうな顔で言った。


「あの……手を握ってくれませんか?」

「て、手を……?」

「はい。私、よくはぐれちゃうんで」


 何を言ってるんだ? と思った。

 大の大人が「はぐれちゃうから手を握ってくれ」だなんて。


「べ、別にかまわないですけど……」


 少し緊張しながら彼女の手を握る。

 ふおおお、なんだこの柔らかさ!

 めっちゃすべすべして温かくて気持ちいい!


 思わずドキドキしてしまう。


 名瀬さんも名瀬さんで、自分で手を握ってと言っておきながら「なんだか恥ずかしいですね」と顔を赤らめていた。

 なんだこの人、めっちゃ可愛い……。


「じ、じゃあ、イキマショウカ」


 カタコトの日本語をしゃべりながら、オレは彼女を引っ張りつつ、古びた神社へと向かっていった。



     ※



「名瀬さんは、どちらから来られたんですか?」


 歩きながらオレは問いかけた。

 正直、彼女いない歴26年=年齢のオレにとってこの状態で歩き続けるのはかなり酷だ。

 なんとか心にゆとりを持たせようと、会話を探す。


 名瀬さんは答えた。


「山から」

「やま?」


 隣村のことだろうか。

 峠を越えたところにある山村は、この町の人々は「山」と言っている。


 しかし、彼女の答えた「山」は本当の「山」のようで、

「少し道を踏みはずすと、崖下に落っこちちゃうんですよ」

 と笑えない冗談を言っていた。


「あなたは、地元の方なんですか?」

 と今度は名瀬さんが訊いてくる。


「あ、はい。と言っても高校・大学と県外で過ごしてたので、こっちに来たのは10年ぶりくらいなんですけどね。職場の異動で」

「そうなんですか」

「久々に帰ってみたら、あまり変わってなくて逆にびっくりしました」

「案外、そういうものですよ」


 ふふふ、と微笑む名瀬さんの表情が天女のようだった。

 こんなきれいな人に笑われたら、ころりといっちゃいそうだ。


 まずいまずいと思いつつ、前を向く。


「でもよかった。あなたが無視してくれなくて」

「え?」

「実は誰も聞いてくれなかったんですよ、私が声をかけても。無視して行っちゃって」

「そうなんですか?」


 不思議だった。

 元日とはいえ、みんなそんなに忙しいのだろうか。

 こんな美人が声をかけてきたら、少なくとも何人かの男は振り向きそうなものだが。

 事実、オレは振り向いたわけだし。


 オレは気になって尋ねてみた。


「どれくらいあそこにいたんですか? もしかして、1時間くらい?」

「50年です」

「へ……?」


 ちょっと待て。

 オレの聞き間違いか?

 50年って言ったのか?


 思わず彼女に目を向けると、名瀬さんは怪しげな笑みを浮かべながらオレを見つめていた。


 やっぱり……やっぱりなんかおかしい。


 いきなり見知らぬオレに声をかけてきたのも。

 古びた地図に記された古い神社に行きたいっていうのも。

 手を握って連れて行ってくれと頼むのも。


 怖くなって手を離そうとした矢先、彼女は「あ」と声を上げた。


 声を上げた先に目を移すと、そこには目的の神社があった。

 ボロボロの鳥居と、朽ちかけた神社。

 草は伸び放題で、コケが石畳を覆い尽くしている。

 そして鳥居の近くの看板にはこう書かれていた。



『よつ葉神社』



「よつ葉神社?」


 オレはそれを見てつぶやいた。

 奇妙にも彼女と同じ名前が記されている。

 偶然だろうか。

 すると、名瀬さんはオレの手からするりと離れ、ポンと宙を舞った。


「ああ、ようやく帰ってこられた」

「な、名瀬さん?」

「ありがとう、あなたのおかげでここまでたどり着けました」


 そう言うと名瀬さんはまばゆい光を放ち、その直後、羽衣をまとった天女の姿になった。


 なんだ、なんだ、なんなんだ?


 ポカンと見上げるオレに、名瀬さんは鳥居の上に立ち、輝かんほどの笑顔をオレに向けた。


「どういうこと?」

「ごめんなさい。騙してたわけではないのですが、私は……ここの神です」

「神? 神様?」

「50年前、町を襲った大洪水から人々を守るためにこの神社から飛び出して結界を張ったんですが、その結果あそこから動けなくなってしまって。人間に引っ張ってもらわないと帰って来られなくなってしまったんです」


 ちょっと待て。

 えーと、ちょっと待て。

 何が何やらわからない。


 オレが手を握って連れてきたのは、ここの神で。

 50年前に起こった大洪水から人々を救うために結界を張って。

 それが原因で動けなくなって、人間に引っ張ってもらわないと帰って来られなくなって。


 あれこれ混乱していると、名瀬さん、いやこのよつ葉神社のよつ葉神はクスクスと笑った。


「やっぱりあたふたしてる姿も可愛い。だから人間が好きなんです、あなたのような方がいるから」

「そ、そう?」


 これは褒められてるのか?

 からかわれてるのか?


「ありがとう、本当に」


 よつ葉神はそう言って微笑んだ。

 オレはドキマギしながら「ど、どういたしまして」と答えた。

 それ以外、何も言えるはずがない。


「お礼といってはなんですが、あなたがこの町にいる間、私の加護を授け続けましょう」

「加護を?」

「悪霊から身を守り、命の危険がはらむような大きな事故や病気にならないようあなたの周囲に結界をはらせてもらいます。もちろん、寿命などの例外はありますが」


 言うや、彼女の指先から白い光が浮かび、オレの身体を包み込んだ。

 熱くもなく、冷たくもなく、どことなく温かい光だった。


「はい、これで安全です」

「ど、どうもありがとう」


 まだ混乱しているオレに彼女は言った。


「それではさようなら。またいつでも来てくださいね」

「え? また会えるんですか?」

「もちろんです。話し相手になってくださると私も嬉しいです」


 おいおい、マジか。

 本当にいいのか?

 神様が話し相手って……。

 しかもこんな綺麗な神様と。


 ドキドキしていると、よつ葉神は少し頬を赤らめてこう言った。


「……絶対に、来てくださいね。あなたともっとおしゃべり、したいですから」

「へ?」


 思わず間の抜けた声を出すと、よつ葉神は恥ずかしそうにふわりと宙に浮いて消えた。


 あとに残されたのは、古ぼけた神社と鳥居だけだった。

 けれども、そこには何かしら神々しい雰囲気が感じ取れた。


 よつ葉神。

 お正月早々、神様に会えるなんて。

 なんて日だ。

 

 オレは彼女がいたあたりを見つめ続けながら、1週間に1度はこの神社に参拝にこよう、そう思った。




お読みいただき、ありがとうございました。

こちらは、菜須よつ葉様企画参加作品です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 50年、のくだりで「まさかのホラー展開!?」と身構えてしまいましたが、すぐに彼女の笑顔にとろかされてしまいまいた。 健気で可愛いだなんて、もうこれはお社の掃除に日参するしか……! 新年早…
[良い点] 女性の描写が細かく想像しやすかったです。 [一言] 素敵なお話ですね。 でも、人間と神様の種族の違いからくる悲恋にならないか心配です(><)
[一言] あ、あまーい!!! 何気なく開いてその甘さにのたうちまわりました。くうう、大好きです。 もういっそ一週間に一度と言わず、毎日通ったらいいんですよ。神主やりましょ。ほんで異類婚姻譚しちゃえば…
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