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第七話 感情と理性の間で

平和な公園では似つかわしくない光景が展開されていた。

朝日が眩しい青空の下で両者は駆け出し、互いの距離を詰めていく。

力強く踏み出した大和の拳が空を切った。


直後、背後を取られぬように急激に体の方向を変ながら、すかさず腕を構える。

正面には木刀のするどい一撃が脳天を目掛けて振り下ろされる寸前。

左足を一歩下げ、片身で直前回避。そのまま振りかぶるように右手の拳で相手を黙らせる。

音葉の目つきが一瞬で鋭くなり、拳の軌道を目で追いながら感心していた。

微かな甘い香りが周囲に散らばる。彼女の細い髪からふんわりと漂ってきたものだろう。


「君は……喧嘩慣れしているのか? 正直、見くびっていたよ。能力者なら当然かな」


「ねーさんには優しく指導してもらいたいなって思ってたんだ。でも、活発な方が可愛がりがいがあるだろ?」

不敵な笑みに答えるように音葉は木刀を握りなおす。大和も拳に力を込めている。


ここからが能力者同士の戦い。互いの視線に火花が散った。


音葉は後ずさりながら木刀を手前に引き寄せて振り払う。姿勢を低くして大和は彼女の横を飛び込み前転した。受身を華麗に決めて大和は見せ付けるように右手を突き出した。格闘家のやるような手招きの動作をして相手の攻撃を待ちわびている。

音葉は鼻を鳴らして、大和の背丈よりも少し短い木刀を叩きつける。回転して放たれた大和の蹴りと木刀が激しくぶつかり合った。鍔迫り合いにも見える光景で互いの筋肉に負荷がかかり蓄積される。


交差する視線。


大和はぶつかり合う力の流れに逆らわず足の力をとっさに緩めた。

そして、華麗に逆回転して残り足で再び回し蹴りを解き放った。

重力、体重、回転力、全ての衝撃を上乗せて放つ一撃は息づく暇もなく音葉に勢いよく襲い掛かる。鮮やかな芸当に感心している暇もない音葉は弓の如く背を反らせて、鼻先を靴が横切るのを見届けた。

既に素人との戦いとは言い難い。狙いも正確に敵を潰しに掛かる少年の愉快そうな表情。

悪意を感じられない様子に少し恐怖を感じてしまう。


彼にとってこの戦いは遊びの一つに過ぎないのか。


「君はどうしてそんなに楽しそうに振舞うのかな。私にはわからない、君のその表情が」


「どうせやるなら、楽しんだもん勝ちだろ? 自分が能力者になれるなんて思ってもいなかったし、気分がいいんだ。しかも、ねーさん見たいな美人に相手してもらっておいて喜ばないわけないじゃんか。お付き合いを前提にこの後、どうですか?」


「……遠慮しておくよ。私は忙しい身だから時間も作れそうにないんだよ。年上の女性をからかうもんじゃないって君は……」


「まさか、お友達止まりってヤツ? 綺麗なのに勿体無いなッ」


会話が途切れる。


次の行動を起こしたのは音葉。

大和よりも素早い身のこなしで先制攻撃を仕掛ける。間合いを崩さず上段から叩き割るように振り下ろす。飛び下がる大和を彼女は逃しはしない。追撃に走り寄る。

慌てて大和は態勢を整えて反撃の機会を狙うが、あまりにも遅すぎた

間一髪になりながらも両腕に痺れた感覚が走る。

防御には成功していても、思わぬ衝撃によろめきながら後ずさってしまう。


それでもまだ終わらない。


音葉は下段からの構えに切り替えてそのまま天高く切り上げた。

更に手首に捻りを加えて力強く前に踏み出し、流れるように大和を斬り捨てる。

背後で膝をつく大和の音。苦しそうに下腹部を押さえながら振り向くと木刀の先端を突きつけられた。


「これが君と私の差なんだよ。やめようよ、こんなことは……十分満足したかな」


拳に地面をつきたてて大和はふらりと立ち上がる。

全身から悲鳴を上げてるにも関わらず痛みは無視した。


「ねーさんが十分強いのはわかった。だけどよぉ……俺にだって意地ってもんがあるんだよ。勝手に負けたことにされちゃムカつくんだよ、そういうのが一番ッッッ!!」


両腕に痺れる痛みを耐えながら、音葉の腹部に狙いをつけて突進をかましが、


「無駄だよ……君じゃ無理。加減はしたつもりなのに、その体で動くのは無茶だよ」

あっさりと脇に避ける音葉。そのまま地面に衝突する大和。悔しそうに手を握るその手は震えていた。


「ねーさん意外と大胆にやってくれるじゃんか。子供の相手じゃ本気は出さないし、真面目に取り合う気はないんだな。本気なヤツの相手もそうやって軽くあしらうんだな」


「勘違いしないでほしいな。私が本気を出したら君は……死ぬ」

最後の言葉に重みがあった。低くて暗い声で大和の心を貫いた。


「そうかよ、つまんねぇプライドのせいで死ぬのにも憧れてたんだ。バカにすんじゃねぇよッッ!!」


「だからッ……無駄だって言ってるじゃないかッ!!!」


「早すぎ――がァッッッあああ!?」

姿が消えた。

思考が追いつく前に大和の体は高く宙に舞い上がり勢い良く後方に吹き飛ばされた。

硬い地面に叩きつけられた痛みは骨にまで伝い広がっていく。

全身が砕けてしまいそうな感覚に呼吸がうまくできなくて苦しい。

心臓が張り裂けそうなぐらいに鼓動を刻むが大和は微笑を隠しきれなくなっていた。



「これで満足ッ!? 私は君を傷つけたくないと言ってるのに」


「やっと……本気で俺の相手。して……くれたな。はは……」

膝も震え、意識も半分失いかけて、視界はぐにゃりと歪む。力の抜けた構えで

引きつった笑みを浮かべた。信じられない表情で音葉は驚き大和を見つめるしかない。

既に体の限界は超えているはずにも関わらず、気力だけで立ち上がる姿。

彼女も一瞬だけ能力を利用して、重い攻撃をぶつけ終わらせるつもりだったのに。


「君には驚かされる、呆れてしまうほどにだよ。次で終わりにしてあげるからね、大和君」


「やってやる。ねーさんに見せてやる大和様の意地を……」

ゆっくりと一歩、また一歩、そして最後の一歩。


「でも……俺の負けだな……へへっ」 


腰の入っていない拳が音葉の下腹部を触れて、そのまま崩れ落ちた。


「嬉しそうな顔だね、君はボロボロなのに……さ」

複雑な心境。自分の存在を認めて欲しくて起こした戦いに意味など求めない。

大和の言動一つ一つの女性に対する軽薄な態度には下心があるようには見えなかった。

子供が寂しくてじゃれてくるようなものに近い。

本当は能力者になった不安や心配を紛らわせて、安心して身を任せられる人物を無意識に求めていた。

受け止めてくれる大きな器を持った存在を音葉から感じ取ったのかもしれない。

音葉の安定した口調は異性、同性に信頼されやすい理由も含めて。


彼女自身も能力者であるから、理解できることがある。

能力者は自分の感情を行動で示す傾向が強くなる。それにより、性格も急激に変化する者さえ存在する。怒りっぽい人間が弱音を吐くようになったり、弱気な人間が突如として横暴な振る舞いをしたりと。

個人の性格にまで影響及ぼしてしまう能力者の力は驚くほどまでに不安定な代物なのだ。

その反面、理性と思考の鎖から外された感情の開放は驚くほど満足感に浸ることができる。

夢が目の前で実現した時のように。全てがこの手に収まったように。



そして、感情の制御が利かなくなった一部の能力者は暴走車のように無差別に襲い掛かり、危険を及ぼす。大抵の能力者による事件はこれに該当する。愚かなことに人間は力を手にすると試してみたいという好奇心や欲求に逆らえる者は少ない。


理性よりも感性に率直な能力者なら尚更無理な話。


更に危険レベルの人格破綻者と呼ばれる者達は強力な能力者ばかりな上に非協力的。

栄光都市にも数名存在しているが、身を滅ぼすような真似だけはしない。

自身の価値を利用して立ち振る舞い、賢く自分の力の使い道を心得ている。

栄光都市と呼ばれる大きな餌を端から端まで食い潰そうと。


目の前の少年の行き着く先に音葉は少なからず不安を隠しきれない。

好戦的な性格や他者への配慮の欠如は社会的な秩序から見ても、好ましくはない。

能力者としての素質に関しても伸びる部分も十分にある。

既に戦闘中の動作や判断は経験を積んだ訓練された者にも等しい、身体能力の向上を考慮してもただの学生にしては不自然な点も多い。


家族構成や経歴について取調べを行い、彼の身元を判明させることが適切な対処だろう。

彼が栄光都市を脅かす驚異的な存在になる可能性も否定などできない。

音葉は通信機を使い、部下の影蜘蛛に連絡を入れる。


「こちら音葉。神埼大和と呼ばれる人物についての資料を至急に用意してほしい。

彼の生まれや経歴、素性を知りたい。不審な点があればそれもだ、彼自身の為にもなるだろう。これから私は能力者けんきゅぶッ……研究っ……能力者研究医学部付属センターに連れていく!!」

口ごもった彼女は耳を赤くしながら頭に手を当てて首を横に振る。

通信越しの恥ずかしさを紛らわそうとして。


心情察した影蜘蛛はしばらく沈黙を保ち「お疲れ」と言い残して無線を切った。

傍では地面に大の字に倒れた大和が満足げな顔で気を失っているのがわかる。

音葉は静かに抱き上げると背中に背負って公園を去っていく何事もなかったように。


そして、入学式の時間はとっくに過ぎ去ろうとしていた。

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