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第五話 音葉凛

廃墟の建物の一連から離れた神埼大和は真っ直ぐに市街地へと向かって行く。

服装は地面に転がった時のせいであちこちに汚れが残っていた。

大和は心の奥でこんなことに巻き込まれるならば、寄り道などせずに素直に入学式に参加しておくべきだったと後悔しながら走り続ける。


それに首元に打たれた注射の中身は何だったのだろうか。

似たような注射をあの不気味な女性は打ち込まれた。

その直後。能力者として目覚めた瞬間をこの目で見届けた。その様子は力なき肉体には活力がみなぎり、失われた瞳の輝きを取り戻した眼差しは幸福そのもの。

女性は過去の自分と決別して生まれ変わり、能力者としての人生が始まった。


あの場面は脳裏に焼きついていて離れないが、そこから一つの真実が姿を現した。

人工的な能力者を生み出す技術は確かに存在したことだ。

この根も葉もない噂話は本当の話だったこと。一般人が知る必要のない情報を得てしまったということは秘密を知る者達からすれば、邪魔な存在になる。


どんな手段を使ってくるかもわからない。見えない敵に睨まれてしまったのかもしれない。

とんでもないことに巻き込まれてしまった。


その例があの謎の部隊だ。


彼らの存在はどちらかというと秩序を守る側の人間に見えたが、協力を拒めば相応の報いを受けさせることもするだろう。この街にとって能力者は管理される側の人間であることを再認識させられ、栄光都市の立場からすれば研究対象であることに違いはない。

一般人からすれば絵本の中から出てきた魔法使いみたいなものにすぎないが。この不可思議な力は能力だけでなく、災いをもたらす厄介な代物でもある。少なからず大和はそう思っていた。


思考をめぐらせていると、現代社会には珍しい格好の人物が道を塞ぐように立っていた。夏になったわけでもないのに胸にサラシを巻いた大人の女性は涼しげな表情を浮かべている。

美しい胸のラインがくっきりと浮かび上がる姿に男性ならば目を奪われてしまうことは間違いなしだ。大和はその場で口を開けたまま見惚れていた。


何一つ無駄のない鍛え上げられた肉体はよく引き締まっており、周囲に晒しても恥じるべき部分などない。腰にまで伸びきった長い髪を一つに留めた髪型の名前を知っていた。ポニーテールである。この髪型は大人びた印象を与えると言われているがその通りだと実感させられる。下半身のジーンズはふとももにぴっちりとくっ付いていて、お洒落に腰巻シャツのスタイルを決めていた。


ゆるやかな美しい瞳から送られる視線と大和の視線が重なり合うと、可憐な少女を思わせる笑顔に見せられて少年の心は揺れた。柔らかな物腰で彼女は鼻歌交じりに歩き出した。彼女自身からは危険な気配は無いがその手に握られた木刀が警戒心を高めてしまう。


「ふふ~ん……今日は風が良く吹いているね。青空には雲一つもない素晴らしい天気だ。昨日の予報じゃ雨だのなんだの言ってたけどアテにならないね。それに春の暖かい温もりに包まれて、学生達は入学式を控えていて落ち着かないのもわかる。昔を思い出すなぁ、ふふふ。君はどこの生徒だろうね?」

敵意のない言葉に思わず惑わされそうになるが、大和は疑いの目をやめない。


「怖い顔しないでよ。そっか、知らない人に話しかけられたら怖いもんね、これは失礼。私の名前は音葉凛。ふふっ可愛い名前だろう? 

個人的にも気に入っていてね、大事な名前なんだ。君の名前はなんというんだい?」


「……神埼大和ですけど」

仕方なく答える大和は違和感を覚える。栄光都市の管理側か、それとも気色の悪い科学者の仲間だとしてもあまりに友好的すぎる。

この状況で接触してくる人間は要注意人物として受け止めた方が正しい選択だろう。


「大和……かっこいい名前だね。良い名前だ……それはそうと私が君の前に現れた理由はなんとなく理解できているかな? あと君の視線が胸の辺りに集中してるけど、真面目な顔が台無しだ」


「……デカイッ」


「あはは、流石に声に出されると恥ずかしいんだけどね。私は君に話があってやってきた。怖ーい部隊からは逃げてきて疲労気味だろうけど、肝心なのは君が私の話に聞く耳を持っているかだ」

髪を揺らす仕草をしながら問いかけてくる。この場ですぐに拘束しないのは彼女の自信の表れだろう。それとも少年一人ぐらいならば能力者だったとしても何の問題もないのか。どちらにせよ、穏便に済ませたいと彼女は遠まわしに提案しているのだ。仮に抵抗したとしてもこんな人物からは逃げられる気がしない。黙って頷く以外に選択肢があるだろうか。


「助かるよ、君は私の話を聞いてくれるんだね。こっちについてきて……近くに公園があるから休憩しようか。綺麗な場所なんだよ……こんな都会でも。そこで少し一休みといこう。君を無理やり連れて行くことはできるけど、それだと君が嫌じゃないかな。強引なのは苦手……だからさ」

言われたままに従うのは、しゃくな気がしたが振り返る優しげな瞳に尖った心は溶かされてしまう。どこまでも不思議な女性だった。

雰囲気も、匂いも、振舞い方も、相手の距離を阻害しない部分に踏み込んできては、すっと内側までに入り込まれてしまいそうなぐらいに。


大和は出会ったばかりの女性。音葉凛が勧めてきた場所にまでたどり着いた。

とても自然豊かな広々とした公園には早朝の平日ということもあって、人通りはやはり少ない。綺麗に整備された通り道を二人並んで歩きながら腰を落ち着ける場所を探していた。

降り注ぐ光を浴びて咲き誇る花達からは甘い香りが鼻を突いてくる。自然に囲まれた場所はどうしてこんなにも落ち着くのだろうと大和は内心で思いながら、風に揺らめく葉の音や花をぼんやりと眺め楽しんでいた。普段ならこんな興味のない場所でも美女と歩いていれば多少はそう感じるようになったのかもしれない。


「あそこに座ろうか」

音葉が示した場所にはぽつんと、置かれたベンチがあった。家族や子供連れの人々が使えるように少し大きめのベンチだ。既にいくつか通り過ぎた物もあったのだが、どうやらあの場所が気に入っているらしい。いざ、腰掛けてみると彼女の言いたいことがわかったような気がした。

中心から少し離れたように設置されたこのベンチは一番景色の見晴らしが良い場所だった。

見渡す限り広がる景色に大満足の音葉は小さな花を見つめながら言った。


「綺麗な場所だ。……君は能力者の可能性があると聞いた。それが事実としたら私は君をある場所に連れては行かなければならないんだ。今回はちょっと事情が特殊な事態で私も判断には困ってる。本来、私が担当するような仕事ではないんだけどね。君みたいな一般人の学生が知らなくてもいい話ばかりだから」


「つまりどんな話? 俺にとって……」

言いづらいことでもあるのだろう。少しだけ暗い表情の音葉は意を決して大和を見つめた。


「はぁ……君は自身の潔白を証明しなければいけなくなった。君を疑う人物が少なからずいるんだよ、今回の事件は重要な作戦の一部だった。上の連中にどれだけ事情を説明したって証拠を出せなきゃ納得しない。君があの場所にいた時点で不審に思われている。あの白衣の男はわかるかな、詳しくは言えないけれど栄光都市にとって危険な人物だ」


「見た目のヤバさと気色悪い喋り方を忘れろって言われたって無理だよ。けどさ、俺を疑うには証拠ってやつが不十分なんじゃないの? このとおり俺が何かしたわけでもないじゃんか」


「君は逃亡したからね、印象は最悪だよ。私だって銃を向けられて大人しくしていろ、なんて言われたら抵抗の意思ぐらい見せる。……仕事でやってるだけ。年齢のいかない少年にも彼らは容赦ないんだ。それだけ栄光都市も血眼になって探している人物ってわけだ。他にも問題はいろいろあるんだけれど……」

会話がそこで途切れた。彼女なりの気遣いである沈黙は心の整理がつくまでの猶予だ。


音葉が現れた時点で栄光都市の判断は既に決まっていた。

最初から残された選択などないと実感させられたわけだ。全ての行動が裏目に出てしまった大和は従う以外に道はない。規律やルールを毛嫌いする大和にとってこれほど忌まわしいことをはないだろう。

だからはっきりと言った。


「悪いけど、お断りだ。なんで俺が栄光都市の問題に巻き込まれなきゃいけないんだ? こっちは散々な目に遭って疲れてんの、ねーさんの優しさには感謝してるけど俺は 誰かに従うのって気に食わない。しかもそれが強制ってんならなおさら」

残念そうな顔の音葉はベンチから立ち上がった。そして握られて木刀を静かに構え、大和を正面に捉える。


「できれば他の言葉が聞きたかったかな私は。安心して欲しい……加減はするつもりだから。年下の子をいじめるような真似はしたくないんだ、ごめん」


「謝る必要ないだろ、ねーさんは仕事でやってるだけ。俺はそんなの関係ないと思ってるだけ。従わせたきゃ、ねーさんの力でやってみてよ」


平和な公園の中で意地を張った戦いが始まりを告げる。素直に他人の意見を受け入れるような性格であればこんな戦いなど意味を持たない。必要のない争いを好まない音葉にとってもやりづらい相手だったはずだ。それでも大和の小さな自尊心を思って戦う決意を決めていた。

武器一つ持たない大和にあるのは己の拳のみ。能力者としての肉体がなければ一瞬で終わることも十分に理解していた。


それでも戦うのは何故か。


単純に興味があったからだ、自分の能力者としての力を試したい欲求が大和に隠されていた。

戦いの火蓋が落とされるのはどちらかが動いた瞬間だ。互いに距離を空ける。

その間は数メートル。

直後、両者は同時に動き出した。

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