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第三話 能力者


「何を考えてこんな場所に。待てよ……誰だあいつらは」

追いかけた先には数名の男と先ほどの女性がなにやら話し込んでいる最中であった。慌てて大和は近くにあった鉄骨の裏に身を隠した。気づかれていないことを祈りながら顔を覗かせてみると、白衣を着た男性に女性がすがるように何かを訴えていた。


白衣の男が他の男達に指示をすると警戒するような素振りで周囲を巡回し始める。幸運なことにまだ大和の存在には気がついていないようだ。今すぐにでもここから逃げ出すべきだと大和は思っていたが、これから起こる出来事に目を離すことができずにいた。白衣の男は哀れむように微笑むと懐から小さな注射を取り出した。女性は感謝するように涙を浮かべると一瞬でその首に注射が打ち込まれた。女性は痙攣するとその場に膝をついて崩れ落ちていく。


白衣の男の高笑いが聞えてきた。


「……なんだよアレ? 何してんだよ、ヤバイヤバイ逃げないと何されるかわかったもんじゃないッ」

この場から離れようとしたとき罵声が飛んできた。


「そこの君ィ! 覗きとは感心しないなぁ……? 勝手にこんな場所にきて。捕まえろ」

最初からこちらの存在には気づかれていた。走り出そうとしたところで逃げ切れるかもわからない。

それでも捕まるよりはずっといい。急いで駆け出したが、目の前には男達の姿があった。あまりにも一瞬の出来事に体が固まってしまったが、こいつらは能力者だと大和は気づいた。大和と男達の距離の差は明確で足が遅くなければ逃げられる可能性はあった。後ろを取られることなど、普通に考えて不可能である。能力者でなければ説明が付かないほどに迅速な動きだった。


男の一人が拳を握ると大和の下腹部に鋭い痛みが走った。


「ぐぁッ……はぁぁ……クソッ! いきなりなにすんだよお前ッ」

腹を抱えてその場にうずくまる。大和の腕を掴むと引きずられて白衣の男の元まで連れて行かれた。抵抗しようにもこの人数相手には無意味だ。


「こいつはどうします? 俺達の姿を見られましたし、処分しちまいますか。逃がしたら後々、面倒なことになりますぜ」

大和を引きずった男は白衣の男に物騒な提案をするが、ただ首を横に振るだけだった。


「待て待て。処分するのは気が早いと思わないかい? もっと面白いことに使ってあげようと思ってるんだ、君は能力者かい……?」


「能力者だったらお前らなんか今すぐぶちのめしてるとこだ!」

噛み付くように叫ぶと白衣の男はにんまりとした。


「そうかそうか、君は能力者じゃないんだね。よかった……能力者だったら迷いなく処分したんだけど僕の実験に付き合ってもらおう。ほら、そこにいる女性を見てごらん。君の意見を聞かせて欲しいんだ」

男の手が大和の頬を撫でるように触れた。気色悪い感覚を避けようと身をよじらせると女性の姿が目に入った。苦しみから解放された幸せな表情を浮かべているが、体は微動だにしない。恐る恐る大和は聞いてみた。


「死んでるのか……?」

何気ない一言に白衣の男は体を震わせると爆発したように叫びだした。


「死んでるわけないじゃないかッッ! 君は君は……僕を人殺しか何かと勘違いしてるんじゃないか? 彼女はね、ちょっとした被害者だったんだ……可哀想に。君にわかるかぁぁぁア?」

口調が安定しない白衣の男は情緒不安定だった。燃え上がる炎の如く狂うと今度は何事もなかったように物静かになる姿は異常だ。更に唾が大和の顔に飛んできて不愉快な気分にもなった。白衣の男は自慢げに自分は科学者だと語った。このイかれた科学者の思惑を知ることはできないが、人助けでもしているつもりなのか。


大和は冷静さを装って質問をする。


「答えてくれるとは思わないけど、何をしてたんだ」


「あぁ僕の実験に興味があるんだね、残念だがそれは教えられない。でもさ……少なからず君も理解できると思うよ。ほら、彼女がもう少しで目覚める……」

視線をゆっくりとずらすと女性は起き上がっていた。そして姿を消した。どこに消えたのか、辺りを見渡して見るが女性の姿は確認できない。白衣の男が場所を示すように指を指す。大和も釣られて視線を動かすと建物の屋上に彼女が満足そうに両手を広げていた。


生まれ変わったと世界に主張するように。そしてゆっくりと、そこらから飛び降りた。大和の表情は凍り付いていた。


それに比べて、白衣の男は心の底から喜ぶように祝福の眼差しで彼女を見つめている。重力に引っ張られて落ちる先には硬い地面。これから起こる出来事は誰にでも予想ができた。それなのに大和以外の男達は奇妙な程に落ち着いていた。


「実験は成功だ」

白衣の男が呟くと落下中の女性の姿が消える。そして彼の隣に現れた。瞳には光を取り戻し、生まれ変わった存在で。能力者としての力に目覚めた彼女は見違えるほどに輝いていた。微笑み、無言で白衣の男に頭を下げると一瞬でどこかへ消えてしまった。信じられない光景に大和は口を開けたまま目を疑った。


愉快そうな白衣の男はまたもや、高笑いする。


能力者の人工的な開発は噂話程度には大和も聞いたことがあった。だが、それは根拠のない噂に過ぎず能力者に憧れる人々が勝手に作り上げただけだと思われていた。それに栄光都市は人工的な能力者の開発を認めてはおらず、厳しく取り締まりがされていて、能力者の研究事態が極秘事項である。それにも関わらずこの白衣の男は目の前で能力者を生み出すことに成功した。


「素晴らしい! 成功だ成功だ成功だッッ!! ふっふっふ……君ィわかるかね。この偉大な所業で彼女は生まれ変わることができた」


「能力者を生み出すのは禁止されてるんだろ。この犯罪者が」

吐き捨てると白衣の男はかんしゃくを起こして足をじたばたさせた。


「そうかぁ、君は嫉妬してる。わかるよぉ……僕の偉大な研究に触れたいという欲望が。でもでもでもッ、君にはこれで十分だァ!」

白衣の男は血走った目で注射を振り上げた。懐に仕舞い込んでいた物に違いない。注射針の先が鈍く光る。大和の首先を目掛けて振り下ろそうとした時、部下である男は制止した。


「落ち着いてください。その注射は」男は困惑した表情で握られた注射を見ていた。


「なんだ? これはどうせ捨てる予定だったんだ。誰に使ってもいい物だろう? それに僕の理論が正しいと証明できるチャンスだ。それとも君は……今の力だけじゃ満足できないというのかい」


「いえ……なんでもありません」

男は沈黙するといよいよだと白衣の男は注射を弄ぶようにくるりと回すと針先を向けた。得体の知れない液体が揺れている。

大和は逃れることの出来ない運命を目の前にして抗おうと必死になるが両肩を押さえつけられて身動きが出来ない。針から首を遠ざけようとしても、ゆっくりと確実に近づいてくる。大和が抵抗する間、狙いが定まらないことに苛立った白衣の男は顔を近づけて脅迫し始めた。


「動くじゃないよぉ……! 君だって痛い思いはしたくないはず、いいから動くなって言ってんだよッッ? わかるか、わかるよなこのガキがガキがガキがッ。大人しくしててね、ほら……いい子だいい子ちゃんだ。消毒は大事だろぉ……?」

舌なめずりすると優しくねっとりとした感触が首筋に走った。男の舌が消毒の代わりとばかりに動き出したのだ。全身で寒気を覚えてる大和は涙目で耐えている。

あまりにも不愉快な時間が過ぎ去るのをひたすら願う。男が満足げな表情で舐め終わるころには精神的苦痛によって意識がなくなりかけていた。

すっかり抵抗の意思を無くした大和はされるがままに首を傾けた。


「あぁ……最高だ。ほーら痛くないッ!」

突き刺すようにして注射針が動脈に打ち込まれる一瞬のするどい痛みで大和は体を震わせたが、暴れる様子もない。無抵抗な体に流し込まれる液体は少しずつ肉体に浸透していく。得体の知れない恐怖を内側に感じながら大和は何も言わない。ただ怯えた瞳で首元に刺さる針と体内に流れるていく液体を交互に見比べるだけだった。永遠にも等しく感じる一瞬の間はあまりにも呆気なく終わりを告げた。

引き抜かれた注射針の中身は綺麗になくなっていた。


絶望の中に放り込まれた大和は震える手で首元の傷を抑える。自分の体に流れ込んだ気味の悪い液体。そして恨みを込めた燃える様な視線。


「化物になるわけじゃないんだそんな目で僕を見ないでくれよ。君ももしかしたら能力者になれるかもしれない、喜ぶべきだ。でもでもね、残念ながら僕が作った物じゃないんだこの注射の中身は……」


「周辺を包囲しろ! しくじるなよ、抵抗する者は鎮圧しろ。目的はあの科学者だ」

張りのある声と共に見慣れない姿の部隊が影のごとく銃火器を構えて現れた。最新鋭の装備に身を包んだ部隊。装備には所属がわかるような表記はどこにもない。

一般には知られていない特殊部隊が栄光都市にはあるのだろう。素早い身のこなしで逃げ場を潰していく。完全に包囲されるまで時間の問題だ。白衣の男は何の驚きもせず、待ち構えていたように微笑んだ。こうなることも予想していたらしい、部下達に合図を送ると消えていた女性が再び現れた。その表情は笑っている。


「ばいばい」

女性が呟いた時にはもうその姿が消えていた。当然のように白衣の男達も一緒に消えてしまう。ただ一人残された大和は部隊に囲まれたまま呆然する。標的がいなくなった今、銃口の向きは素早く切り替わる。警戒態勢で歩み寄ろうとするが穏やかな空気ではない。犯罪者の仲間だと勘違いされていた。適切な判断であることは間違いないが、事情を話しても納得はしてくれそうにもないだろう。大和は震えた声で助けを求めるように言った。


「ま、待ってくれよ。何か勘違いしてるよ、あんたら……どうみたって俺は被害者だ。そんな物騒な物を学生に向けても意味ないだろ、だから落ち着いて俺の話を――」


「動くんじゃない! いいか、従え、変な動きでもしてみろ。子供だろうと容赦はしない」部隊は聞く耳を持つ気はないようだ。


「あんたら頭に血のぼり過ぎじゃないの? 無抵抗の人にそんな物騒なもん向けてさ。恥ずかしくないのかよ!」

立ち上がろうとする大和に部隊が一斉に銃火器を再び構え引き金に指をかける。大和は降参の意思表示に両手を挙げながら周囲に呼びかける。


「俺が何したってんだよ、いいか俺は無関係だしあいつらのことは知らない。だから、素直に見逃してくれないか。どうせ、あいつらには逃げられちゃったんだしさ、意味ないじゃんか」

大和の投げやりな態度が気に食わない一人隊員は近づいてくると、銃床で頬を殴りつけ見下すように言った。


「大人を馬鹿にするなよ、クソガキ」

隊長らしき男が肩を叩いて、部下に叱りつけた。

「おい、やりすぎだ。本当にただの学生かもしれないじゃないか。お前は気が早すぎるんだよ、これぐらいのこと許してやれ。もちろん君の態度にも問題あるが、気をつけた方がいい。ほら、下がれあとは私に任せてくれ」


再び立ち上がった大和の行動は驚くものであった。その場で仕返しにと助走をつけて隊員に飛び蹴りで襲い掛かったのだ。他の隊員は目を疑った。何をしているんだと。

背中を向けていた男は無様に蹴り飛ばされると派手に倒れた。そして雄たけびを上げて銃火器をすぐさま構える。流石にまずいと思った他の者達は割って入ろうとするが、その前に引き金は引かれていた。小さな銃声音と薬莢の落ちる音が虚しく響き渡る。そしてその場が凍りついた。


「なんで撃ったんだ馬鹿野郎!」

隊長である男は今までにない怒りの声を挙げていた。

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