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第二話 見知らぬ場所

自動販売機で買った飲みかけの缶を片手に通学路を歩いていく。

彼の名前は神埼大和。


本日から霧丘第二高校の入学式を控えた高校生である。私服による登校が認めらているおかげか動きやすくラフな格好。教師に目をつけられない程度の最低限の身だしなみを整えて、人とすれ違ってゆく。信号機の音に合わせて動き出す人間や車の発信音は規則正しく、秩序を乱さない。それに合わせて動き出す自分自身でさえも、彼らと同じなのだ。誰かが作りだしたルールに従って生きていくこと事態が当然なのだから。大和は無意識に睨みつけるような瞳で、周囲を見渡しながら舌打ちした。真面目に、正しく、行儀良く、こんな綺麗ごとを素直に受け止めて生きている人々が馬鹿らしく思えた。


小さな子供にだってわかるような規則に反発を抱くようになったのは幼少時代の虚弱な体質のせいか、劣等感を覚えながら生きてきた。


他の子供達に出来て、自分が出来ないというだけで生み出される格差はご立派な規則の元では何の意味を為さず、小さい頃の大和は傷つきながら生きてきた。創り上げられた規則の元で優劣を決められてしまうから、人と違った行動するだけでつまはじきにされる。自分を殺した生き方をして個性を失い、従えば従うほど世間が求める立派な人間が生み出されていくのか。


果たしてそこにたどり着いた人物は過去の自分をどう思って振り返るのか。きっと個性を捨てきった人間の抜け殻はそんなことも考えなくなるのかもしれない。周りに合わせれば合わせるほど評価されるのが気に食わない、だから逆手にとって周囲とは違う不良の様に大和は振舞うことにした。

世間に対する不満を行動で示そうとするのは大和の荒んだ心の現われであるのは間違いない。もしかしたら自分の方が間違っているのではないのか、それは心の片隅に追いやり逃げ出した。


自分自身が一番良くわかっている。それを認める勇気すらない弱虫だと、強がりな鎧を着込んで一日を過ごすのだ。


入学式を控えた学生達の姿を他人の様に感じながら黙々と突き進んでいく。他の生徒達は大和の外見を驚きを隠せなかった。母親譲りの金色の細い髪を揺らしながら、前髪は視界を確保しようと髪留めで前髪を分けていた。右手の缶を握りつぶしながら不満そうな顔で左手の先をポケットに突っ込んでいる。鞄が少し邪魔に感じていた。これならば不良に思われても仕方ないだろう。


威圧感を放ちながら歩く大和に圧倒されて学生達は道を譲るように通路の隅の方に寄っていく。ひそひそ話をする女子達は怖がりながらも好奇心を我慢できずに大和の外見について何か言っている。


「あれって不良かな?」好奇心旺盛に見える女子が呟いた。

すると今度は「絶対目を合わせちゃだめよ……危ないって」と怖がりな女子は遠目で言った。


肝心の大和は誰にも目を合わせずに真っ直ぐ学校の通学路だけ見つめており、他人からどう思われようと無関心でいる。入学式が終わった後の下校時間のことぐらいしか興味はなく、誰とも関わりたくないと孤独を演じる。耳に入ってくる言葉のほとんどは雑音として聞き流した。


そうして、何も考えずに歩く途中で大和は曲がり角から突然現れた見知らぬ女性とぶつかった。


「危ないな、気をつけろよ」女性を睨みつけて喧嘩腰に言った。

口元を布で隠した女は何も言わずに虚ろな瞳で大和を見つめる。生気の感じられないふらふらとした足取りは異様な光景だ。返事もせず、焦点の定まっていない視線はじっくりと相手を捉えようとする。

少なくとも僅かばかりの意思は残っているが、弱々しく感じる。


外見は二十代後半に見える女性であるはずにも関わらず、どうしてここまで死んだような雰囲気なのか。大和の言葉すら届いていないのかもしれない。無言で立ち去ろうとする姿に不気味だと大和はすぐに感じ取った。


「おい、アンタ! ぶつかったんだから謝るぐらいしろよな。俺の話を……」

背を向けて歩き出す女性に怒りを表すが、まったく意味がない。こちらの存在を認識出来ていないのか、それとも単に相手をするのが面倒なだけで無視を決め込んだのかはわからない。どちらにしろ、短気な大和の怒りを買ったことに変わりはない。時間が許す限りの範囲でこの女性の後をつけてやろうと決心した。


あちらから謝るまで嫌がらせの如く付きまとってやると。

怪しい雰囲気から危険が伴うことも考えたが感情に身を任せた以上、些細な問題でしかない。右手に握られていた缶を更に強く握りつぶしながら。


栄光都市には建設途中で廃棄された建物がいくつか残っており、解体作業が遅れたままうやむやになってしまった物もある。寂れた建物には青いビニールシートが被せられ、鉄骨が無残にも晒され錆付いている。立ち入りを禁じている看板を立てているがこういった場所には不吉な噂や危険な集団が集まりやすく、ネットや学生達の間でも話題にはなりやすい。


誰もいないような場所にはそういう類の連中が潜んでいるんだと大和もなんとなく理解していた。普段ならこういった場所に用などなく、日常生活を過ごす上で縁のない話。だが、今日は違った。こうして不気味な女性の後を追いかけて、ろくでもないことをしている。頭では理解しているが子供のような意地を張って、大和は後先を考えずに行動していた。人通りの少ない道を選びながら女性は目的の場所に向かっているようだ。


大和のことなど最初から気にもしていないようで追跡されていることも勘付いていない。時折、電柱や壁を使って身を隠し女性を見失わないようにある程度の距離を保った。探偵気分でこの状況を少し楽しみながら。


夢中になって探偵ごっこをしている大和は入学式のことなど頭からすっぽりと抜けていた。

しばらくして、どうやら女性は廃棄された建物を目指していることに勘付いた。街外れにあるこんな場所に何の目的があるのかと大和は思考を巡らせたが重苦しい結論しかでてこない。


「まさか、自殺とかじゃないよな……もし、そうなら止めてやらないと」

最悪の事態に備えて目を光らせる。憤りに身を任していた大和もこうなっては話が変わってくる。何もせずにいて、寝覚めが悪い展開になるのは絶対に避けなくてはならない。他人に関わるのが嫌な理由の一つだ。


捨てきれない良心に責め苛まれることになるからだ。


他人の不幸など自分が知らない場所で起きる分には他人事だと無視できる。けれど、目の前で見捨てることができるほどの薄情な人間でもない。建物の周辺に設置されたフェンスは雨風によって、塗料が剥がれて錆付いている。随分と放置されたままだったのだろう。人が出入りしているようには考えられない。広々とした周辺には使うはずであった鉄骨やパイプなども不法投棄されていて、ゴミまで散らかっている。建物の大きさは五階建ほどで四階から上は中途半端に出来ていなかった。


建物全体が不安定の塊のような物で、外壁も十分に作られていないからか、外から丸見えである。一般人が来る場所ではないが、それでも構わず立ち入り禁止の看板を無視して中に入り込む女性。

焦るようにして大和も駆け足で追いかけていく。

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