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第十話 恋心

病室には冷え切った雰囲気が流れ、しばらく無言のまま過ごしていた。

言葉が見つからないのだろう。何もせず互いに干渉することを避けてる間に時間は緩やかに進んでゆく。向き合えずに他人としての扱いをすることによって、これ以上は相手のことを知りたくないと。無駄な会話に無駄な雑談。忘れ去ってしまえたら悲しみも嘘の様に消えてしまうに違いない。身勝手な感情はすぐにでも悲しみで内側を覆いつくし、太陽の光など届かない奈落へ転落していまう。自然と視線は下がり、真っ白な布団に太陽の光がぽかぽかと当たるが、心は氷の様に固まっていた。

吹っ切れたような顔で大和はただ言った。


「ねーさんの事は出来るだけ忘れるように努力はするよ。迷惑だけはかけたくないし、文句も言わねぇよ。俺とねーさんは短い付き合いになればなるほど、気持ちも楽になる気がするからな」


自分に言い聞かせるように大和は心の中で繰り返した。

心を守る為に表面では明るく振舞う。音葉きっとそれを見抜いていただろう。

だから彼女も変わらない態度で答えた。


「ありがとう」

これ以上の言葉など必要ない。飾りある言葉の数だけ彼の心を傷つけてしまうと音葉も思っていた。罪悪感がないわけでもないし、正直に心苦しいとも感じていた。人の気持ちを天秤にかけて、はかることなどできやしないが彼女は栄光都市を守る選択を選ぶ。

彼女にも一つだけ理由があったからだ。

だが、結果として彼自身の仲間や家族を守ることにも繋がると信じていた。


病室の壁で時を刻む針の音がはっきりと聞える。気が付けば十二時を過ぎていて、昼食の時間だ。入院していれば食事は用意されているだろうが、大和はそうではない。

何か口にすれば少しは気分も和らぎ、気を持ち直すだろうと音葉は病室を出る前に尋ねた。


「もうこんな時間だ、何か食べ物でも買ってこようか。君は少しそこで安静にしていてね、何か食べたい物はある? 近くにはコンビニもあるから、好きな物でも教えてくれれば……」


「サンキュー……でも、今は何も食べる気がしないんだ。少しだけ一人にしてくれねーかな? なんつーかさ、そういう気分なんだ。別にねーさんが悪いわけじゃないから気にしないでくれ、仮眠する」

音葉から背を向けるようにして大和は窓を見つめている。


「そっか、このあと午後から健康診断があるから君を呼びに行くよ。親御さんには私達の方からしっかりと連絡は入れて事情を説明しておく。適当に何か買って置いておくよ、無理して食べなくてもいい。…………本当にごめんね」

扉を閉める際に呟いた言葉は小さく大和の耳には届くことはない。

彼女の遠のいて行く足音を聞き取りながら、大和は瞳を閉じた。

暗闇の中に染み渡る悲しみの波に溺れそうになりながら、悩みを打ち明ける者もおらず震える唇を噛んだ。


(真面目にフられちゃったらどうしようもない。一目惚れ大失敗だな……ははは。

朝からわけわかんないことに巻き込まれて、とびりきり美人なねーさんに恋して、フられて散々だよ。能力者なんて最悪だ)


人生の中で望んでいた物が手に入らないことなど何度もあった。そして目の前で特別な力を手にしたときはこの世の全てが都合よく上手くいくように感じていた。最初の特別な感情でさえ、彼女に届き伝わるのかと思い込んでいたバカ正直な程に。


だが、現実は違う。


どこか遠くで待っている彼女の姿を見つけて歩みだしても、足元は泥濘にはまって次の一歩が踏み出せない。傍にいて、触れ合えそうな距離に身を置いても、今度は彼女の積み上げた壁が許してはくれない。進むほどに遠くなって、止まれば足元から沈んでしまって永遠に辿りつけない。


ただ、悲しみだけが心の中で渦巻いている。


初恋を助けてくれる天使もいなければ魔法の矢もない。この世に能力者は存在しても願いを叶えてくれる物はありはしない。彼自身に現れた涙の粒にも理由がある。能力者に課せられた感情の開放。

能力の代償として現れる現象は、制御不能な感情を作り出し、大きな欠点として人格にまで様々な影響を与えてしまう。大和は能力者の特性も理解できずに、声を押し殺して誰にも悟られないよう布団を被って枕を濡らしていた。


(こんなちっぽけなことで泣くなよ俺。フられただけだってーのに、あぁ自分が嫌になるな。クソクソッ……止まってくれよ、涙なんか流しても意味ないんだってば。なんでだよ……なんで……っ)


両手で掴んだ枕にしがみ付いても現実からは逃げられず、再び眠りの中に逃げ込んだ。

寝てさえいれば何も考えずに済むからだ。目が覚めて悪夢が待っていたとしても、向き合うだけの勇気もないまま。

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