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一話 出発と指輪

 寂れた村は山の谷間にあった。まるで何世紀も時代が戻ったかのような場所で、人々は静かに怒りを育てていた。

 この村は革命軍の駐屯地のひとつだ。不死者中心の圧政から逃れるため、権力の届かない山の周辺で隠れるように生活をしている。

 革命の意思は世代を超え、子供への教育に繋がっていく。村の子供たちが学ぶのは専ら剣術や、魔法といった戦闘のための知識だった。


「魔法は不死者が生まれる以前からある人間の武器だ。だが魔法だけでは戦えない。君たちはなぜか分かるね?」

「「「指輪になっちゃうから!」」」


 人間と不死者で唯一平等である魔法の力は、一人で使うことができない。戦闘が出来るほどの魔力を錬成するには、体を小さく、効率のよい形にしなくてはならないからだ。そのため魔力循環がしやすい指輪状に変化した魔法士と、それを身に付け指示を出して戦う剣士が共に動くのが、戦闘の基本である。


「前途有望な子たちですね、先生」

「ああ、ゼノ。自慢の小さな英雄たちだよ。出発は明日か?」

「ええ、そうです。父の死んだ場所へ向かいます」

「サイラスは勇敢な男だった……。革命には惜しい人材を亡くした。ミラーキングのもとへたどり着いたのはサイラスだけだ。あの王は政治は酷いが礼儀は大事にする男だ。奴の剣技も凄まじいんだろう。気をつけろよ、ゼノ」

「はい。もしかすると、今生の別れかもしれませんね」

「縁起でもないこと言うな」

 ゼノという名の少年は明日、レイディーア王のいる城までの長い旅に出発する。これは18歳になったら行くと決めていたからだ。父親の仇討ちのため、そして革命のために。

 革命軍はサイラスを含め大きく戦力を損ない、次のクーデターまで40年以上を見込んでいる。ゼノは周囲の反対を押し切り、単騎で向かうことに決めたのだった。


「その剣はーー、サイラスのか?」

「ええ。父を王の間まで守ったこの剣で戦います。今までありがとうございました、先生」

 不死者たちに見つからないような場所にある村は、とても静かで平和だ。自分たちの消費する分だけ農耕や狩猟をすればいい。それでも村人がどこか不安そうなのは、いつ不死者に見つかり迫害が繰り返されるかと怯えているからだ。

 子供たちが剣を振るーーそんな時代が早く終わればいい。ゼノは形見を見つめてそう思った。




 出発の朝は綺麗に晴れた空だった。遠くに鳶が舞い、風が木々を揺する。


「じゃあ、行って来ます。今までありがとう」

「体に気をつけて。不死者に注意してね」


 遠くに待つ不死の王へ、一歩踏み出す。長い旅路の始まりに、剣を抜き天に降りかざした。


「必ず戻ります!」

 村の男たちの雄叫びを背に、ゼノは谷を下る道を進み出した。

 最初に目指す場所は谷を下り、別の山道をもう一度登って山を越えた先の町。そこで情報収集と、その後の計画を立てるつもりだ。

 谷を削った川に沿って、地元の人しか知らないような道を歩いて行く。ゼノは別れの寂しさを押し殺し、旅の期待を膨らませるよう努めた。


(後ろ向きに考えても仕方がない、仇討ちのことだけ考えるんだ)


 川を下った先に、山道の入り口が見えていた。端から見ればただの草むらにしか見えないが、木々が途切れたここからが山に入る道なのだ。

(何か音がする……? 獣が近いのか?)


 何者かがうごめく音がする。草むらの奥。食べられない獣であれば攻撃する必要もないが、激しい動きはあちらを刺激してしまう。少しづつ近寄って、何なのか観察することにした。


(あそこだけやたら草の背が低い。いや、生えてないのか?)


 近づいていくと、そこには大穴が開いていた。下の方は暗くてよく見えない。何かが動いている気配がするが、こちらに気づいたのかすぐに止まった。

 熊など食料になる大型の獣の巣穴であるかもしれない。ゼノは剣を抜き、反射光で中を照らした


「わっ、眩しい」


 中には人間がいた。性別は見て取れないがゼノより小柄の人間だ。


「おい、大丈夫か?」

「あなたは、誰?」

「たまたま通りかかっただけ……少なくともこの穴を掘った者じゃない。今助けるから」


 ゼノは近くに下がっていた蔦を剣で切り落とし、穴の中へ下ろす。彼か彼女か分からないが、落ちている人は蔦を掴んで登り出した。

 穴の中から出てきたのは中性的な顔立ちの子どもだった。年齢はゼノより幾つか下に見える。不死者は体の成長が最大の時の状態で体内時間が止まるため、少なくともこの子どもは普通の人間だ。警戒を解いてもいいだろう。


「ありがとう。罠に落ちちゃった」

「いや、それより怪我はないか? 普通この辺りに人の出入りはないはずだけど、何故こんな罠が?」

「これは山賊が仕掛けたの。僕も山賊に捕まってて、熊の罠に入れといたら生きが良くなるって落とされたんだ」

「なんて奴等だ。それに山賊がいるなんて知らなかった…………誰かいるな?」


 草むらの向こう、山道に沿ってまた生え始める木の後ろ。何者かが潜んでいる。


「誰かいるんだろう」

「バレちゃあしょうがないか」


 木の裏から現れたのは、いかにも山賊らしい男だった。綺麗とは対極の身なり、無精髭の上のギラつく瞳がゼノたちを見つめる。


「何か用か、山賊。熊ならかかっていないぞ」

「いや、もっと良いもんがかかったな。テメェのその背負ってる荷物ぁ、きっと金になる。頂こうか」

「渡す義理はない。こっちには剣があるのが見えないのか?」

「剣ね……それならオレたちもあるよ」


 周囲の木々が倍増した。いや、増えた木は木でなく後ろにいた山賊たちだ。


「沢山、な」


 十近い刃が殺到する。

 ゼノは剣を構えて一回転した。助けた子供を足元へ押し込み、一振りで山賊たちの剣をいなしていく。

 正面から来るものは角度をずらす。横から突っ込んで来たものにぶつけ、下から斬りつけてくる刀を避け、空振りしたそれは容易に弾き飛ばせる。

 集団で掛かろうが、剣士として修行したゼノには手も足も出ない。


「誰に喧嘩しようとしてるんだ、山賊。不死者に決闘しようとしている人間に勝てるわけない。帰れ」

「……くそ」


 山賊たちは刀を拾い上げたが追撃はしてこなかった。ゼノの様子を伺いながら、待避を始めたらしい。


「わぁすごい。強い剣士さんなんだね」

「そうかな? 俺はゼノ。君は?」

「僕はアシュリー。助けてくれてありがとう……何もお礼できないけれど」

「いや、いいんだ。君は山賊に捕まってたんだろ? 住んでるところまで送るよ」


 山賊に襲われても呑気なあたり、アシュリーはどこか抜けた所があるようだが、悪い人間ではなさそうだ。

 こうして余裕をもって見てみても、やはり男女の区別はつかない。ブロンドの髪の毛もどちらともとれるヘアスタイルだ。服装からも汚れていることを差し引いても読み取れない。


「あー、なんと言うか、君って女の子なのかな?」

「男だよ。でも魔法士は女の方が世間的にやりやすいから、女っぽいんだ」

「そ、そうなんだ。ってか君は魔法士なの!?」

「うん。まだ実戦はしたことないけど。魔法士の村にいたから山賊に拐われたんだ。魔法士は一人じゃ戦えないしね」

 ここから一番近い魔法士の村は、ゼノの目指す町のすぐ近くにある。アシュリーに確認を取り、二人で村へ行くことにした。


「ゼノは、どこに行くの?」

「北に。王都へ行くつもりだ。そこで不死者やミラーキングを討つ」

「へぇ、凄いや。でも、革命軍はまだ戦えないんじゃない? 一人で行くの?」

「そうだ。軍が動かなくても、俺一人で父親の仇を討つ」


 アシュリーは少し考え込んで、

「そんなに恨んでるのに、『ミラーキング』って呼ぶんだ。レイディーアのこと」

「敵だとしても、奴は礼儀を欠かない。剣士としては素晴らしい奴だから、ある程度敬意を持たなくちゃ」

「ふーん。僕は政治がめちゃくちゃにしか感じないからなー」


 山道は少しづつ険しさを増し、石階段も時々崩れた場所がある。アシュリーは小柄であるため、所々ゼノがサポートしながら山を登っていく。

 さして高い山ではないが、頂上には祠があり山霊を祀ってあるはずだ。その祠には日が暮れるまでに着きたい。


「ねーねー、村に着くのはいつ頃になるかな……ひゃ!」

「何だ、どうかした……」


 言葉が出切る前に、顔を掠める矢に黙らされた。

 誰かに狙われている。


「山賊、か。くそ、視界が悪い上にこれから日が落ちる!」

「そういうこった。剣士さんよ、射撃から守る鎧が足りてないぞ」


 アシュリーを自分の陰に回し、周囲を観察して敵の数を数える。4、5人。見えない者を考えればそれ以上。遠距離攻撃されれば一方的にやられる。決闘であれば鎧が防いでくれるが、旅の道中でそんなものは持ち合わせていない。

(どうする、遮蔽物をうまく使うか)

 不意に後ろのアシュリーがゼノの裾を引っ張ってきた。

「何だ、どうした」

「ねえ、片手出して」

「どういうことだ、こんなときに遊んでる場合じゃ」

「お礼する方法思い付いたから」


 ゼノが左手を後ろにかざす。するとアシュリーはそっと触れたが、すぐに感覚が無くなった。代わりに薬指にはコバルトブルーの指輪が嵌まっていた。


『僕は魔法士だよ。マスター、指示を』

「そうか……! 凪ぎ払え!!」


 木をへし折らんとするほどの暴風が指輪を中心に爆発した。葉を飛ばし、山賊たちが舞う姿が枝の隙間から見えている。

 落ちた者たちは動かなくなったらしい。アシュリーは指輪から人へと戻った。


「凄いな、これが魔法か」

「実戦は初めてだけど……多分全員やった。借りは返せたね」

「何かお釣りが来たぐらいな気分だな」


 山頂の目印である祠の屋根が見えた。ちょうど日が落ち始め、今夜はここで野宿ができそうだ。祠は山へ来る人々のためにスペースが用意されている。そこで一夜を明かすことになるだろう。だが。


「寝袋がひとつしかない……」


 助けあった仲とはいえ、どちらかが堅い床の上に寝るのは避けたい。地面はぐっと冷えていて、体温を奪われかねないからだ。


「僕と一緒に寝ればいいよね」

「パーソナルスペース考えろ」

「でもそれしか無いじゃん」


 策がないのも事実。それほど広くない寝袋だが、アシュリーが小柄なので二人で入るのは難しくなかった。

 ただ、アシュリーは熊の罠に落とされ泥だらけだった。ゼノは、明日こそは服を洗って水浴びしてもらおうと誓って、眠りについた。

性別:アシュリー

女性的な響きの名前だけど結構男性にも使うそうです。

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