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「真紀がね」

 洗い物を終えた成美は、テーブルにグラスを二つ置いて透の隣に座る。

「……うん」

 ソファーに(もた)れていた透は、夕食後の柔らかな微睡(まどろ)みから覚めた。台所から聞こえてくる水と食器の心地よい音に、自然と心を預けていたのだった。

「この前に話していた、新しいショッピングモールに行ってきたって」

「あの大きいところか。アイスクリーム屋が流行っていると言ったっけ」

「そう。ジェラートね。すごく並んでいたみたい。諦めてパンケーキにしたんだって」

 透もそういう類の列に一人で並ぶことはよくあるが、別段苦にはならなかった。家族のためならば、というのではない。自分の興味が向いていないものに対しては気持ちが早まらず、焦れることがないためにいくらでも待てるのだった。整理券を配れば良いのに、と思うことはあるが、長蛇の列はいい宣伝にもなるらしい。

「みんなよく並ぶよなぁ」

「ね。パンケーキもいいなぁ」

 成美は透から誘って欲しいのだった。グラスの麦茶を飲む透にもそれは伝わった。母になって久しい彼女が時折見せるこの愛らしさを、彼はなかなか悪くないと思う。

「夏休み中は混んでいるだろうから、来月にでも行ってみようか」

「うん」

 成美はグラスの水滴を指で払って、麦茶を一口飲んだ。

「有里の宿題は進んでいる?」

「今日はドリルを終わらせるつもりだったんだけれど、どうやら明日いっぱいかかりそうね」

「うまく進まないものだよね、無理にやらせても仕方ないし」

 足音を立てて、有里がリビングに入って来る。

「お母さん、喉が渇いた」

 母が飲みかけの麦茶を差し出すと、有里はすぐに飲み干してにこにこと笑った。

「あぁ、冷たーい」

「お父さんとお風呂に入っちゃったら?」

 グラスの麦茶を飲み干して、透は大きく伸びをした。

「よし、行くか」

「うん」

「今日も暑かったなぁ」



 今夜も蒸し暑く、寝付けない透は台所にいた。上手くいかない時には、何事もさっさと諦めるのが彼の性分だ。

 グラスを牛乳でゆっくりと満たしてゆく。その冷たさが火照った手に伝わる。牛乳パックを冷蔵庫に戻す動作の中で、ふと賞味期限の表示が目に入った。日付はもう9月を示していた。8月の終わりが近づく。

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