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 百日紅(さるすべり)が色の濃い花をつけ、その下には白粉花(おしろいばな)が茂っている。透はサンダルで林を歩いていた。足の裏に伝わる土の感触が柔らかい。家までは少し遠回りだが、ここは彼のお気に入りの道だった。


 角を曲がると、一軒家の前で初老の女性がホースで植木鉢に水をやっている。打ち水も兼ねているのだろう、なんとも涼しげだ。黙って後ろを通るのも素っ気無いので挨拶ぐらいしておこうか、と透が躊躇っていると、女性のほうから声を掛けてきた。

「こんにちは」

「こんにちは。ああ、よく咲いていますね。なんていう花ですか?」

秋海棠(しゅうかいどう)ですよ。こんなに増えちゃって、困っているんですよねぇ」

 優しい口調ながら、それくらい知っていて当然ですよ、と言外に滲ませているように聞こえた。透は昔に読んだ漫画の登場人物を思い出していた。その顔が浮かんでこないのは、心と体が入れ変わって転生するややこしい話だったからだ。

「へぇ、秋海棠っていうのはこういう可愛らしい花なんですね」

「ええ。うちのお父さんが好きで、萎れると機嫌が悪くなるもんですから」

「そうなんですか。お好きなんですね。では」

 透の父親も草花が好きだった。庭にずらりと草花を並べていたが、子供の頃は一度も理解できなかったし、ひとつとして名前を覚えなかった。父の趣味を邪魔するようなこともしなかったが。



「ただいま」

「アイス! 有里のマンゴーアイスは?」

 宿題をしているはずの有里は、ソファーでテレビを見ていた。

「買ってきたよ。ちょっとクーラー強いんじゃないか。あれ、お母さんはまだ帰ってきていないのかな」

 リモコンを見ると24℃に変わっていたので、黙って27℃に上げる。透のエアコン嫌いは父親譲りだった。

「あー、お父さんまた上げたー。さっき帰ってきてシャワー浴びてるよ。ねえ有里のマンゴー」

 有里は手招きで透をソファーに誘導し、買い物袋に素早く手を突っ込んでアイスを奪い取った。

「それ、食べたらテレビは消すからな」

 透は台所に行き、冷凍庫の扉をそうっと開けてアイスをひとつしまう。それから自分が食べる分のビニールを剥がし、ゴミ箱へ入れる。宿題はテーブルの上に開いたままだ。有里はいつも取り繕うことをしない。

「はーい。あー、イチゴ食べちゃうとお母さん怒るよ」

 イチゴはふたつ買ってきている。選択肢を作るから争いが起こるのだ。一人っ子だった透はあまり人と争うこと自体少なかったし、争いを避けて平穏を保つ術も早くから身に付いた。友達の兄弟が同じお菓子を食べている姿を、いつも羨ましがった。

「明日、ター君も来るでしょ?」

 有里はひとつ年上の隆がお気に入りらしい。いとこ同士でもそういう気持ちになったりするものなのか、透にはもう思い出せない。

「来るって言ってたよ。今年は谷中のおじちゃんも来るみたいだし、そうしたら久し振りにみんな揃うな」

「谷中のおじちゃんかー」

 ただ繰り返すだけの声が響く。明日は送り盆だ。

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