①
百日紅が色の濃い花をつけ、その下には白粉花が茂っている。透はサンダルで林を歩いていた。足の裏に伝わる土の感触が柔らかい。家までは少し遠回りだが、ここは彼のお気に入りの道だった。
角を曲がると、一軒家の前で初老の女性がホースで植木鉢に水をやっている。打ち水も兼ねているのだろう、なんとも涼しげだ。黙って後ろを通るのも素っ気無いので挨拶ぐらいしておこうか、と透が躊躇っていると、女性のほうから声を掛けてきた。
「こんにちは」
「こんにちは。ああ、よく咲いていますね。なんていう花ですか?」
「秋海棠ですよ。こんなに増えちゃって、困っているんですよねぇ」
優しい口調ながら、それくらい知っていて当然ですよ、と言外に滲ませているように聞こえた。透は昔に読んだ漫画の登場人物を思い出していた。その顔が浮かんでこないのは、心と体が入れ変わって転生するややこしい話だったからだ。
「へぇ、秋海棠っていうのはこういう可愛らしい花なんですね」
「ええ。うちのお父さんが好きで、萎れると機嫌が悪くなるもんですから」
「そうなんですか。お好きなんですね。では」
透の父親も草花が好きだった。庭にずらりと草花を並べていたが、子供の頃は一度も理解できなかったし、ひとつとして名前を覚えなかった。父の趣味を邪魔するようなこともしなかったが。
「ただいま」
「アイス! 有里のマンゴーアイスは?」
宿題をしているはずの有里は、ソファーでテレビを見ていた。
「買ってきたよ。ちょっとクーラー強いんじゃないか。あれ、お母さんはまだ帰ってきていないのかな」
リモコンを見ると24℃に変わっていたので、黙って27℃に上げる。透のエアコン嫌いは父親譲りだった。
「あー、お父さんまた上げたー。さっき帰ってきてシャワー浴びてるよ。ねえ有里のマンゴー」
有里は手招きで透をソファーに誘導し、買い物袋に素早く手を突っ込んでアイスを奪い取った。
「それ、食べたらテレビは消すからな」
透は台所に行き、冷凍庫の扉をそうっと開けてアイスをひとつしまう。それから自分が食べる分のビニールを剥がし、ゴミ箱へ入れる。宿題はテーブルの上に開いたままだ。有里はいつも取り繕うことをしない。
「はーい。あー、イチゴ食べちゃうとお母さん怒るよ」
イチゴはふたつ買ってきている。選択肢を作るから争いが起こるのだ。一人っ子だった透はあまり人と争うこと自体少なかったし、争いを避けて平穏を保つ術も早くから身に付いた。友達の兄弟が同じお菓子を食べている姿を、いつも羨ましがった。
「明日、ター君も来るでしょ?」
有里はひとつ年上の隆がお気に入りらしい。いとこ同士でもそういう気持ちになったりするものなのか、透にはもう思い出せない。
「来るって言ってたよ。今年は谷中のおじちゃんも来るみたいだし、そうしたら久し振りにみんな揃うな」
「谷中のおじちゃんかー」
ただ繰り返すだけの声が響く。明日は送り盆だ。




