9 大学生活編~アリ君からのお願い(後編)~
17.アリ君からのお願い~後編~
ハイルランドからエクセター王国に渡るには、いくつか方法がある。
私達は、河口から海にかけて漁を営む漁船に乗せてもらう事にした。
その為に、乗せてってくれそうな漁師さんを捜すのだが…。
一向に、乗せてくれる漁師さんが見つからない。
困った私達は、手分けして情報収集をする事にした。
1時間後に酒場に集合、という事で、アルヴィン君、リースさん、クレアさんと、私、レヴィちゃんと、アリ君の3組に分かれて行動する事になった。
そして約束の1時間後。皆で持ち寄った情報によると、次の様な事が分かった。
・通常の交通便はあるが、行きと帰りで料金が違う。
(具体的には、私達の手持ちの路銀では正規料金に足りない。)
・この町にはごろつきが多い。
(絡んで来るチンピラが多い。)
・この町の一般的な漁師さんは、影の支配者を恐れている。
(上前を沢山上納金として納めないといけないらしい。)
・この一帯の影の支配者は、シャイロックという。
等である。
対して、私達の望む事は、以下の通りである。
・できるだけ争いなく無事にエクセター王国に入りたい。
・それが出来ない場合は、せめて安全に、エクセター王国に入りたい。
・更に無理なら、治安を平定してでも、エクセター王国に入る。
※勿論、帰りも無事に帰れる様に、手を尽くすこと。
話し合いの結果、上記を目指して行動を開始する事となった。
「私に考えが有りますわ。」
そう言うレヴィちゃんに従い、私達は、港へ向かう。
レヴィちゃんは、少しキョロキョロ見回すと、私達に、少し待つように言い、一人の漁師さんの側に走って行った。
そして何やら懐から黒い手帳を取り出して、漁師さんと話し合いを始めた。
10分程経っただろうか。
レヴィちゃんが漁師さんを連れて戻ってきた。
何でも、漁師さんは、この辺り一帯の有力者とお知り合いなのだそうで、私達をその人に引き合わせてくれるらしい。それも無償で。
何時も思うのだが、レヴィちゃんは誰とでもすぐにお友達になれるところが素晴らしい。私も見習いたいものである。
…。相手の事を詳しく知っていると、お友達が出来やすいのだろうか。謎である。
とにかく、レヴィちゃんの広い友好関係により、私達は、有力者、シャイロックさんに面会する機会を得ることが出来た。
案内された場所は、港の倉庫だった。
そこに人気は無く、ただ船の積み荷が納められている。
しばらく待っていると、カツンカツンと、杖をつく音が近づいて来た。
「君らかね。私に用があるというのは。」
絡み付く様な、値踏みをする様な、なんとも不躾な視線を感じる。
そこはかとなく嫌な空気を纏った老人が、護衛を連れてやって来た。
「ええ。そうですわ。シャイロックさんとは、貴方でよろしいのでしょうか?」
レヴィちゃんが、一手に交渉を請け負う予定なので、他の皆は黙っている。
「いかにも。」
「私達、エクセター王国に渡りたいんですの。そこでですね。いろいろと調べてみたんです。親切な方々のお話によると…。」
レヴィちゃんは、黒い手帳をぱらりとめくりながら、話しはじめた。
私にはよく内容は理解出来なかったが、段々と、シャイロックさんの護衛が不穏な空気を醸し出した事に気がついた。
「…。つまり、もっと安く向こうとこちらを行き来させてほしいということですわ。」
「そんな事が出来ると思うかね。これでも、正規の値段だぞ。」
「あらあら、違うんじゃございません?少なくとも、正規に掛けられた税金よりも高い値段ですわよ。」
「ええい、小娘どもがっ。此処では儂が商業上の法なのじゃっ。」
此処で、私は耐え切れなくなった。一触即発の、その空気に。
「どうしても、ダメなんですか?私達が、エクセター王国に渡るのに、都合をつけては、戴けないのですか?私達は、分かり合えませんか?」
争いが嫌で、つい口にしてしまった。
「無理じゃな。小娘。」
シャイロックさんはそういうと、護衛の人達に合図した。
「やれ。」
「トリス、仕方ない。此処は正当防衛だっ。嫌かも知れんが、やるぞっ。」
こうして、アリ君の指揮の下、私達の初めてのパーティー戦闘が開始された。
「全員、私の指揮下に入れっ。」
自由人、権力人、純心人の神々の欠片を宿すアリ君の一声で、皆戦闘体制に入る。
私も、剣士らしく、前に出る。
信仰人の神々の欠片を持つレヴィちゃんや指導人の神々の欠片をクレアさんの支援も加わって、攻撃の準備が整った。
スピードのある、探索人の神々の欠片を持つアルヴィン君や、暗殺者神々の欠片を持つリースさんが、飛び道具で撹乱する。
私は気合いを込め、ケルバーソードを打ち込む。
護衛の方々は、私達の先手を取った怒涛の攻撃に、二分と持たずに崩れ落ちた。
戦闘が終わり、シャイロックさんを拘束し、交渉する事と成った。そして、書面でその悪事をハイルランドとエクセター王国の領主館に届けるない代わりに、無料で往復させて貰えるという取り引きが成立した。
勿論、運賃詐称等は辞めさせた上で、である。
復讐が怖かったので、エクセター王国へは、一緒に来てもらった。
アリ君と、レヴィちゃんの連携での交渉である。
(交渉事は、この二人に任せよう。)
私は心に刻んだのだった。
エクセター王国に渡り、私達は、本来の目的を果たすべく、『ギルマン』というモノについて調べる事にした。
アルヴィン君とリースさんはギルドで、クレアさんとレヴィちゃんは酒場で、私とアリ君は図書館で、それぞれに『ギルマン』について調べる事にした。
一日がかりの情報収集になりそうだったので、酒場に併設された宿屋に部屋を借り、夕食時に成果を話し合う算段となった。
早速、図書館へ向かう。それにしても、アリ君の歩調は速い。彼は多分、私を小動物か何かだと思っているに違いない。気を抜くと見失いそうになる。私は、アリ君に置いて行かれないように、小走りについて行った。
5時間後。
酒場の食卓には、エクセター王国特産のハチミツを使ったグリルチキンに、港町らしい魚とトマトの壷煮込み、玉蜀黍の粉で作ったパン、甘いオレンジのジュース等が所狭しとならんでいた。
それらを食べながら、情報収集の結果を報告し合う。
その結果、分かった事は、以下の通りだ。
・『ギルマン』とは、河人族の一部族の呼称であり、此処より程近い山間の谷川に集落を作って暮らしている種族らしい。
特定の言葉が話せれば、意志の疎通が可能。(※言語学で習得した【言語理解】の特技で対応可能。)
・『ギルマン石』という、彼らにしか採れない鉱石を稀に人間に売る事がある。
この《ギルマン石》が、アリ君の求める研究の素材だそうだ。
目的地と、目的のモノが分かったので、その日はゆっくり疲れを癒し、明朝、ギルマンの里へと向かう事にした。
翌朝、ギルマン石を求め、ギルマンの里に向かった一行。
里までの道のりは、思いの外順調に進んだ。だが、里に着いた途端、私達は異変を察知した。
ギルマンの里に、まるで活気がなく、私達に石を投げて来る者もいたのだ。
私達は、里を取り仕切っている、長老と話をした。
「群れの若いのが、失礼をしたの、お客人。申し訳ないのぅ。実はの、最近、ギルマン石の採れる場所をブラックドラゴンの奴めが住家にしおった様でな。貴奴の垂れ流す毒で、我が群れは壊滅寸前なのじゃ。気が触れる者、動けなくなる者、様々じゃ。すまんがお客人。ギルマン石を採る為にも、ブラックドラゴンを退治しては貰えんじゃろうか?」
その話を聞き、今まで黙っていたアリ君が言った。
「我が未来の主君の為の、私の計画を邪魔だてするとはっ。そのドラゴン、倒さねばな。」
「殺すんじゃなく、違う土地に移住して貰えないか、まずは、頼んでみますね。無益な殺生は良くないですから。」
「そうと決まれば話は早いな。いこうぜ。」
私達は、ブラックドラゴンにこの川の上流からどいてもらう為に、その場へと向かうのだった。
ガォォォォォォン
川辺にブラックドラゴンの咆哮が響く。
伝承に因ると、ブラックドラゴンは強力な毒を持ち、高位な個体には高い知力があり、言葉を解すモノもいるらしい。そして、一様に高い戦闘力と強靭な肉体を誇るという。
そのブラックドラゴンを前にして、私はドキドキしながら話しかけた。勿論、相手に合わせると言う礼儀を守って、ドラゴンの言葉で、である。
『ブラックドラゴンさん、こんにちは。私はトリスティーファ・ラスティンと言います。すみませんが、お住まいを他へ移していただく訳にはまいりませんか?貴方の毒で、この一帯の生物が死にそうで困っているんです。私どもは無益な殺生は好みません。』
『小娘、私に退けと?せっかく得た住み心地の良い餌場をみすみす捨てろと?思い上がるなよ。』
返事をするやいなや、
グゴォォォォッ
と、ブラックドラゴンはブレスを吹いてきた。
「交渉決裂だな。ならば、しかたあるまい。いいな、トリス。」
心底戦いたくなかった私は、アリ君の言葉で覚悟を決めた。こくりと頷くと、
「分かりました。指揮に従います。」
愛用のケルバーソードを構えた。
アリ君の指揮の下、私達は陣形を組む。
クレアさんとレヴィちゃんの支援をうけ、攻撃の命中率と威力を上げる。
アルヴィン君が、ブラックドラゴンの翼を鎖で縛り上げ、足止めを諮る。
リースさんも、投擲武器でドラゴンの前脚を縫い付けている。
私は、グリーンヒル先生の教えを思い出しながら、剣の切っ先をドラゴンへと向けた。
そして、速く、もっと速く、どんどん速く、と祈りながら、攻撃の速度を上げていった。その速さは、遂に視認を超えて…。誰も追い付けない《速さ》の極みに至った。
他の追随を許さない、その私の速さは、とうとう私に、ドラゴンの、その首を断ち切る事に成功させた。
ザァァァァァァ…。
ブラックドラゴンは、闇と深く繋がっていた様で、首が落ちると共に、その躯は虚空へと消えていってしまった。
そして、後に残ったのは。
ブラックドラゴンが溜め込んでいた、神々の欠片達。
それらはキラキラと煌めいて、空へと昇っていく。
神々の欠片を宿した者は、この時に、神々の欠片の入れ換えを行う事ができるらしい。その際、新たな力に目覚めるのだという。そうして、常に、3つの神々の欠片をその身に宿すのである。
また、神々の欠片を空へと還さずに、肉体の限度を超えてそのまま溜め込む事で、ヒトは闇へと堕ちていく。
真教の教えによると、神々の欠片を空へと還し、空に星や月の輝きを増やす事が、神々の欠片を宿す者としての、正しい姿であるとされている。
私は、そんな事を思い返しながら、空へと昇る輝きを眺めていた。
こうして、無事に、ブラックドラゴンの驚異を取り除く事に成功した私達は、ギルマン石を貰うべく、ギルマンの里を訪れた。
ブラックドラゴンが居なくなった影響は、直ぐに顕れたらしく、里は明らかに活気づいていた。
「これがギルマン石ですじゃ。」
長老はま私達に、虹色と琥珀の混ざった様な、不思議な輝きの石を譲ってくれた。
「それからの。お主らは我々ギルマンの友人じゃ。その証として、これをそれぞれに托そう。」
そう言って、見事な真珠とギルマン石で出来たアミュレットをくれた。決して換金の出来ない、大事な思い出の一品である。
そしてその、帰りの出来事である。
ハイルランドに戻る船を待つ間、かなりの自由時間ができた。
そこで、自由行動をとる運びとなったわけだが…。
「私は、図書館に行く。未来の主君の為になるかもしれないからな。」
とアリ君が。
「エクセター王国でしか買えないものを買いに行くわよ~」
「お~」
とクレアさんとリースさんが。
「私も行きたいところがございますの。別行動致しますわ。」
とレヴィちゃんが。それぞれに分かれて行動をしようとしていた。
私は、どうしたらいいか分からずに、途方にくれていた。
すると、アルヴィン君が、
「俺は博物館に行くけど、トリス、お前も来るか?」
と誘ってくれた。
「いいんですか?」
パッと顔を綻ばせる私。
「おお、いいぜ?珍しい武器とかあるかもしれねぇぜ。」
「それはいいですね。ご一緒させてください。」
「む。そういう事なら、ボクも同行するよ。心配だしね。」
「やったぁ。3人で行動ですね♪楽しそうです。よろしくお願いしますね♪」
こうして、初めての、《アリ君からのお願い》は幕を降ろしたのだった。
閑話.大学での日常
アリ君からのお願いでの、課外授業を終えた私は、またいつもの日常に戻って来た。
則ち、グリーンヒル先生ご指導による戦闘訓練である。
「トリス、ちょっと来い。」
一通りの基礎鍛練が終わるのを見計らって、グリーンヒル先生から、お声がかかる。素直に駆け足で先生の元へと寄っていくと、先生の後ろに、一人の青年が控えていた。
日によく焼けた肌に、健康そうに鍛えられた筋肉。キラキラと、自分を鍛える事への充実感を漂わせた方である。
「はい、先生。トリス、只今参りました。」
何事かと警戒しながらも、私は素直に先生へと向かい、返事を返す。
そんな私に、うむ、と頷くと、先生はおっしゃった。
「ブラックドラゴンの討伐、ご苦労だった。集団戦闘とはいえ、見事だと思うぞ。偉かったな。成長の見られるお前にも、そろそろ実践での訓練が必要だろう。そこでだ。お前の兄弟子を紹介する。ロイドだ。コイツは最近まで旅をしていてな。最近帰って来たんだ。ロイド、コイツが妹弟子のトリスだ。」
一気にそうおっしゃった先生は、自分の後ろに控えていたその青年の背中をずいっと私の方へ押した。
(確か、物語の本では、格下から先に挨拶をするのが礼儀とあったわ。先生が直接私に紹介しようとなさるって事は、目の前のこのお方は、私より格上!失礼があったらいけないわっ!!ご挨拶しなければ!!!
)
私は、すぐに跪拝すると、挨拶の口上を述べる事にした。
「ロイド先輩、はじめまして。私、トリスティーファ・ラスティンと申します。武具防具の事を知り、きちんとお客様に合う逸品をお渡しできる人材になるべく、グリーンヒル先生に師事する事にしております。人との接し方など、まだまだ不慣れなふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
私はにっこり笑って顔をあげた。すると、
「ロイドだ。グリーンヒル先生を指導教官に選ぶとはガッツあるな。よろしくな。」
と、ロイド先輩は、爽やかな笑みを浮かべて、握手してくれた。ついで、と言わんばかりに、背中もバシバシ叩かれる。
(これが、人間社会でいうところの、『上下関係』という奴ですね。勉強になります、先輩。)
私は、兄弟子ロイド先輩に、心からの敬意を払うと決めた。
弟子二人の様子を穏やかな笑みで見守って下さっていた先生は、満足げに頷くと、更に告げた。
「さて、二人には、これから手合わせの訓練も追加するので、心して行う様に。」
そうして、私の日常に、新しい項目が追加されたのだった。