2、試練~彼女の場合 1~
二話目です。
2、試練〜彼女の場合 1〜
トリスさんが、やって来た。
何時もの様に出迎える。
座敷に場所を移し、お茶を振る舞う。
「雰囲気が大分、落ち着かれましたね。何か、あったんですか?」
ふわりと微笑み、彼女は答える。
「ええ。やりたい事が、やっと定まったんです。」
不思議に思い、僕スサノオは尋ねる。
「やりたい事、ですか?」
ずっ。
と、出されたお茶を啜って喉を湿らせて、彼女は言った。
「ええ。百年後まで活動を一時停止して、アリ君が残したであろうモノを護る、守護者になろうと思うんです。」
晴れ晴れとした心で、トリスさんは告げた。
「トリスさん。それは、彼との別れを意味するんじゃないですか?貴女は、全ての人との関わりを絶って、満足なんですか?」
(彼の功績、残らないんじゃないかな。)
彼の様子を監視している僕には、気掛かりに思えた。
「実は、ですね。私の姉と、彼の兄がこの度結婚する事になりまして。本格的に、私はあの人の『いもうと』になるんですよ。私は、あの人が、他の女の人と仲良くしている場面で、平静にはいられない自覚があります。私は、あの人が、私を『いもうと』としか見れないという現実に、疲れてしまったんです。『いもうと』でしか居られないなら、二度と会わない様に、眠りに就いてしまいたいんです。」
カタカタと、湯飲みを持つ手が、震えていた。その手に、ぎゅっと力を込めて、想いを吐露するトリスさん。
「このまま、恋に狂って酷い事を仕出かす前に、未練がましい自分を取り返しのつかない[時の彼方]という場所へ追いやりたいんです。彼への想いが、風化する前に、彼を、彼のいるこの時代を過去にしてしまいたいんです。幸いにも、私はクレアータですから。休眠は、死ではありません。」
ふぅ。
と僕は息を吐くと、じっと彼女を見詰めて問いかけた。
「トリスさん。貴女は、僕に何を望むんですか?」
彼女は、僕が神としての問を発した事を、正しく心で悟った様だ。
「一月後。私が活動を停止してからの、身体の保管をお願いしたいのです。」
深々と頭を下げて、偽りなき眼で答えた。
僕は、仕方なくなぁ…と思いながら、彼女らの為に一肌脱ぐ事にした。
「条件があります。その時がくるまで、精一杯、生きなさい。新たな芸術を伸ばすでも、鍛練を重ねるでもいい。一秒を無駄にせず、一瞬を大切に生きなさい。僕の館での滞在を許可します。そして、時が来たら、迷わないでください。貴女の心に、嘘をつかないでください。いいですね?」
それまでに、彼が想いを自覚し、告げに来るのを期待しながら、僕は厳命した。