2、決意~因縁 1~
2、決意〜因縁 1〜
「お帰り。トリスちゃん達。」
我が家に戻ると、真っ先に出迎えてくれたのが、ロカンドロス様のところで別れた、兄、エリオスだった。
「おねえ様は、いつお戻りになったのですか?」
私は、帰路を心配して聞いてみた。
「あの後、すぐよ♪」
「あの…すぐ、とは…?」
「お父様達の浪費癖も心配だったもの、使い魔(エルス)の力で、すぐよ♪」
本当に、何の苦労も無く、直ぐに自宅まで帰っていた様だ。
「ところで、おねえ様。今回の呼び出しは、何なのですか?」
「んふふふふ。トリスちゃん。用件は2つよ。
一つ目。わたくし達の可愛い末っ子に、婚約者が出来たワ。相手はギルデンス様という、年齢のかなり上な方。」
「サラに、ですか?あの子はまだ、元服したばかりでは?」
「ところが、あの子。自分で惚れ込んだ相手にアタックして、相手から、将来を見据えてのお付き合いを申し出されたらしいワ。当家としても、これを正式に認めてあるから、その顔合わせを考えているのよ。」
「ちょっといいか?他家の家族事情に口出しするのは気が引けるが、一つ確認したい。ギルデンスなる人物は、もしかして…」
アリ君が右手を上げて発言の許可を求めながら質問を口にすると、後ろから、カツカツカツと足音が近づいて来た。
「久し振りだな。諸君。予想に違わず、儂じゃよ。」
「お帰りなさい。トリスお姉様。」
妹のサラスティーファが、あの、元ゲンスルー四天王の一人、ギルデンスさんと仲睦まし気にやって来た。
そして、武具に関する事以外には基本的に無表情なサラが、微笑んでいた。
私は、言い直そう。私達3人は、固まった。
元敵方のギルデンスさんが、自分達より年下の若すぎる婚約者をゲットした事に。
私は更に、あのサラに、笑顔をもたらしたのが、彼であると言う事実に驚愕した。
「どういう、出会いで、こうなったのか、教えてくれる?サラ?」
「うふふ。イシュトヴァンさん達と冒険した際、イシュトヴァンさんの参謀をされていたギル様に、守って頂いたんです。それからギル様に想いを抱いていたのですが、思い切って文通を申し出たんです。そしたら、お付き合いしましょう、とのお言葉を賜ったんです。」
頬をほんのりと紅く染め、嬉しそうにはにかむ妹。
その姿は、とても愛らしかった。
「そうなの…。ギルデンスさん。妹を、どうぞよろしくお願いします。」
私は、ギルデンスさんに頭を下げた。
一通りのやり取りが終わるのを見届けたお兄様が、口を開いた。
「2つ目は、クリスちゃんの婚約が破棄になったわ。」
「早とちりしちゃ駄目ですわよ?わたくしが手を回したのではなく、相手方から、婚約破棄の申し出があったのですわ。クリスちゃん、行き遅れ決定ですわね。」
嬉しそうに言うお兄様の頭を、後ろからガシッと掴む手があった。
兄の頭を掴む手は、ギリギリと音を立てて強まっていく。
「エリオスっ!いい加減その気持ち悪い格好をヤメロ!虫酸が走るっ!それとっ!誰がっ!行き遅れだっ!!」
「痛いっ!痛いわっ!クリスちゃんっ!!」
「煩い。」
この手の持ち主。お兄様の年齢を5年程足して、冷静沈着が服を着た様に装えばこうなる、という様な、サラサラな金髪の男装の麗人が、私のお姉様、クリスティーファ・ラスティンである。
さて、ここで二人の関係を述べておこう。
エリオスとクリス、この二人。元は鏡合わせの様にそっくりな双子である。
エリオスは、【外見に似合うから】という理由から、私達3姉妹以上に女性の服飾に力を入れている。その上、私達の服装を成長や流行に合わせて各々のクローゼットの中に準備したりする凝り性でもある。(本人曰く、可愛い妹達を更に輝かす為、だそうである。)
それだけでも、エリオスはクリスの怒りに火を点けていたのではあるが、17才を境に兄が《宿せし者》『不死者』に目覚めたのである。
年の止まった兄と、年を重ねる姉。
外見のみとはいえ、昔の自分が常に自分の目の前に居るのである。
その言動と相まって、エリオスは、クリスの怒りに常に火を油を注ぎ続けているのである。
故に、クリスはエリオスに容赦が無い。
クリスは、怒りのままに、自分のコレクションである魔導具・『星屑の砂』〈レベル10(二個持っている)※持つ者と、その仲間と認識している者の攻撃力を上げる魔法の道具。〉の力を存分に使い、グシャッとエリオスの頭を粉砕した。
「もぅ、酷いわねぇ。クリスちゃんったら♪」
何事も無かったかの様に、不死者の力で復活するエリオス。
この行動もまた、クリスにとっては癪に障るのである。
汚れた手を拭いながら、クリスは言った。
「ちっ。仕損じたか…。おい!エリオス!私の元婚約者殿の情報を教えろ!顔も知らん相手からの拒絶は納得が出来ないからな!見極めて来る。」
怒りながら、クリス姉様は、エリオス兄様に注文をつけた。
「んもう。仕方無いわねぇ。」
どんな状況であれ、妹に頼られるのが大好きな兄は、小躍りしながら、魔導書を開いた。
『全記の書よ。クリスの元婚約者殿の情報を提示せよ。』
カアッ!
と、辺りが一気に明るくなって、バラバラと本のページが捲れて行く。
「…今、彼はエクセターの一領主をしているワ。名前はね。」
エリオスは、アリ君を見遣ると、口元を被う羽根つき扇子の裏で、ニヤリと笑うと告げた。
「アレス・トートスって言うのよ♪」
「なっ…聞き捨てならんな。どういう事だ?」
まさかの、アリ君の宿敵の名前の登場である。
動揺するアリ君や私を見ながら、お兄様は淡々と情報を読み上げる。
「元々、お父様同士がお酒の席で取り決めた、貴族としての婚約の様ね。色々あって、トートス家は没落したでしょう?それを気にしての破談の申し入れみたいですわね。」
「ならば、尚更、納得がいかんな。直接乗り込んで、文句の一つも言ってくる。」
(直接、乗り込んで現状を打破する。お姉様みたいな方法もあるのね。)
男前なお姉様の思考に、私は内心、勇気付けられた。
(私も、もう一度、きちんとアタックしてみるべきでしょうか…。)
ぼぅっとしていたら、クリスお姉様に肩を叩かれた。
「トリス。護衛を頼めるか?」
クリスお姉様の頼みである。断る気はない。意識を会話に戻して、元気よく返事をした。
「勿論です!アリ君、アレスさんは、強敵であり、アリ君の敵であると、認識して構いませんよね?」
アリ君とアレスさんの兄弟の確執を思い出しながら、確認する。
「ああ。私にとって、憎い敵だな。」
「では、戦闘も考えた方が良さそうですね。アリ君、カイル君、我が家の事情ですが、付き合っては頂けませんか?」
「当然だぜ!」
「願っても無い申し出だな。当然、同行させてもらうぞ。奴は私と違って軍略の才もあるんだ。だから、ギルデンスさん。すまないが、一緒に来てその弁論の力を貸して欲しい。」
「私からも、御願いします。ギル様。勿論、私も同行させて頂きます。」
「サラに頼まれたら、断れないなぁ。いいだろう。同行しよう。」
こうして、クリスお姉様を筆頭に、私、アリ君、カイル君、ギルデンスさん、サラのメンバーでエクセターのトートス領へと旅立った。