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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~耶都~
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5、帰路~寄り道 ~

5、帰路〜寄り道〜






 弥都を出て、ハイルランドへと向かう。

 今度は棒倒しによる行き先決定抜きで。


 ただ、今回は、学園へ戻る前に、ブリスランドへと寄り道する事になった。

 主に、船の改良の都合で。



「ブリスランド海軍には蒸気船が配備されとるそうじゃ!盗める技術は活用するのじゃ!うちの船が最速なのじゃ!」



と、ジェラート船長が突っ走ったせいである。




 まぁ、久々のハイルランドで休暇が出来た、という事で、私も船を降りて、散策する事にした。



『報告と連絡と相談はしっかりやる事』



と、学園にいた頃から散々言われ続けていたので、私は出掛ける前に、一生懸命、置き手紙を書いていた。

 慣れない事を、懸命にこなす。

 そして。船室に籠ること、二時間。

 何度も書き直し、ようやく出来上がった文章は。




【一人になりたいです。探さないでください。

    トリス】



という物だった。

 因みに、書き損じの山は、全部屑籠の中だ。



 やっと意思を明確にかつ簡潔に伝えられる置き手紙を書けて満足した私は、ジェラート船長に外出と帰宅が二、三日後になるかも知れないと伝言を残し、ブリスランドの港に降り立った。




 そう。ジェラート船長以外には関知されない状況で。





 それから、私は初めて、誰にも頼らないでの個人行動、と言うモノを起こした。


 周りは知らない人ばかり。


 手からは緊張で汗がでて、心臓はバクバクしている。



(よし、普段取らない行動を取ってみましょう。…。自分の気持ちを、整理したいですしね。)




 そうして、街の案内板を眺めると、何時もなら真っ先に行く、武器が見れる博物館も、本が読める図書館も後回しにして、人の出入りの多い、観劇場へと足を運んだ。


 頑張って受付を済ませ、適当な演目を選んでボックス席につく。



 そして凡そ二時間。人の熱気にくらくらになった。観劇は素晴らしいモノだったけれど、情報量が多すぎて、私の精神は疲労の極致にあった。



 私は本能の赴くままに、自然を求めて、人気の無い静かな公園に足を向けていた。




 そして、鳩を眺めながら、物思いに耽る事にした。






(北極で、ロカンドロス様に、『私は私として生きていい』と太鼓判をもらいました。セリカでも、弥都でも、会う人達は、みんな、『トリスティーファ・ラスティン』としての私を認めてくれました。再会を喜んでくれて、才能も認めて貰えました。なのに、何故なのでしょうか?私は、『私』を消してしまいたい。でも、『器』としての『私』は危険。コレの管理の為にも、私は自我を保たなければ。そんな責任感もあります。…。一度、【奈落】を見たら、諦めがつくでしょうか?でも、アノヒトと、約束しましたから。私は、『ワタシ』を消さない、と。【奈落】への誘惑に、負けない、と。…。でも…。『大丈夫』、と思わせて居て欲しかった。だけど…、あの視線が…、アノヒトの他の誰かに向けられる視線が…こんなに辛いと、思わなかった…。)




 そんな、思考の迷宮をさ迷って、どれくらいそうしていただろうか。ふと気付くと、



「はぁ…。辛い、のかなぁ…?」



という独り言が、思わず口から漏れていた。




 すると、後ろから、



「どうしたの?お嬢さん。若いのに、随分と悩みの深そうな溜め息ね?」



と、声を掛けてくれる方がいた。




「えっ?貴女は?」



 思わず、問い掛けてから、私は、自分が、名乗っていない無礼に気が付いた。

 慌てて名乗る。



「あのっ。声を掛けて下さってありがとうございます。私は、トリスティーファ・ラスティンっていいます。失礼ですが、貴女は、どなたですか?」




「私かい?私は、モーリィ。この公園で鳩に餌をあげているの。皆には『はとおばさん』と呼ばれている一般人(エキストラ)よ。私で良ければ、お話をお聞きしましょうか?話すだけでも、気持ちは、楽になるものよ?」



「でも…。」



 尻込みする私に、彼女は言った。



「《宿せし者》である貴女には分からないかも知れないけれど、一般人(エキストラ)である私達にも、生活はあるのよ。だからね。話せない悩みを抱えているなら、私と共に来て、少し非日常を体験してみるのも、良いかも知れないわよ。貴女なら、ご招待してあげるわ。」



 彼女の優しい申し出に、私は藁をもすがる思いで乗ることにした。




 普段取らない行動が、現状を打破してくれるかも知れないと一縷の望みを賭けて。








 モーリィさんの一日は、ちょっと予想外な行動で埋め尽くされていた。


 一般人(エキストラ)としての世界への仕事が『公園の鳩に餌をあげる』、という事以外は、実にアグレッシブだったのだ。


 お金をかけずに教会で食事の配給を受け、裏道や抜け道を駆使して、快適な寝床まで、人目に付かないように移動したり、観劇場や教会の屋根裏へ忍び込んで、趣味の時間を過ごしたり。

 果ては、身綺麗にするための浴場も、しっかり確保していた。


 モーリィさんは、その一つ一つを愛し気な眼差しで、私に教えてくれた。

 取って置きの秘密の場所も、居心地のいい隠れ家も、快適な空間、というモノを、惜し気もなく、私に伝えてくれた。





 モーリィさんの浴場では、胸の傷痕があると告げると、



「気まずいのなら、体験しなくてもいいのよ。」


と気遣ってくれた。その優しさに、私はぐっと胸を詰まらせた。

 私は、クレアータである事を告げ、道行く人の姿を変化で借りて、一緒に水浴びを楽しんだ。




 食事の配給を受ける時には、モーリィさんは、シスターや他の一般人(エキストラ)の方々に、


「この子は私の娘みたいな存在よ。邪険にしないでね。」



と、周りに馴染ませてくれるような事を言って、気遣ってくれた。

 私は、その度重なる心遣いに、胸が熱くなるのを感じた。


 夜になると、教会の屋根裏で、聖歌隊の歌を聞いた。曲が終わり、厳かな空気が支配する。モーリィさんは、私の目を見て、




「トリス。今日、付き合ってくれて、ありがとうね。もし、話せそうなら、私に、貴女の悩みを話して貰えるかしら?」



と、優しく話し掛けてくれた。



 私は、胸がいっぱいになった。

 涙が溢れるのを、止めることも、悩みを胸に秘めておくことも、出来ずにいた。


 その夜。私は、モーリィさんに、自分の出自の悩み、トリスティーファ・ラスティンの生を奪っている、『ワタシ』と言う意識について、『トリスティー・ファラスティン』=『ワタシ』という構図を、創造者や私に携わった皆に認めて貰っているのに、それを認められない自分の不甲斐なさ、消滅願望と、恋心まで、洗いざらい全部、つっかえつっかえではあったけれど、本当に、全部を、話してみた。


 モーリィさんは、只、静かに頷いてくれた。


 悩んでる私自身、丸ごとを受け入れてくれた。

 そして、静かに言った。


「トリス。いい?《宿せし者》である貴女は、一般人(エキストラ)には出来ない、様々な意思決定ができる。…世界に働き掛ける事が出来る。誰も、貴女の決定を否定できないの。貴女の想いは、貴女が肯定してあげなきゃいけないのよ。それは、逃げたくなる事かも知れないわね。怖くもあるかも知れないわ。でも、貴女だけは、貴女を信じてあげなさい。無理だったら、せめて、貴女を信じてくれる、貴女の大切な人を信じなさい。私も、以前はトレジャーハンターとしての《宿せし者》だったわ。でも、引退して、一般人(エキストラ)になる、と決意したのは自分。それを間違っているとは、誰にも言わせないわ。だからね。私の大切な、トリス。貴女の決断は、間違いじゃないの。誇りを持って、自分を貫きなさい。」



「モーリィさんっ。今、私を大切って…」



「貴女は、私にとって、もう、娘の様に、大切な存在なのよ。」



 そう言って、モーリィさんは、ウィンクした。


 それは、とてもとても、慈愛に満ちた、チャーミングな眼差しだった。



 翌朝。私の胸中は、未だに悩みでぐるぐると回っていたけれど。


 昨夜のモーリィさんの言葉に励まされて。


 自分の進退について、はっきりさせなければ、と考えられる様になっていた。



 だから、自分の足で立つ為に。


 一歩踏み出す為に。



 私は皆の元に戻る決意を固めた。



「ありがとうございました。モーリィさん。正直、悩みは、ずっと心にあると思います。けど。向き合う勇気を頂きました。また、道に迷ったら、来てもいいですか?」



「勿論よ。トリス。いつでも、おいでなさい。だから、それまで、行ってらっしゃい。」



「はいっ!行ってきます。」





 そうして、私は帰って行った。皆の元へと。







「只今♪」



 機嫌良く船に戻って来た私を待っていたもの。

 それは、




ゴチン。




という久しぶりのアリ君の拳骨と、



「探したんだぞ!行き先と戻る時間位知らせておけ!心配したんだぞ!」



という、お叱りの言葉だった。




「え〜?きちんと置き手紙残して行きましたし、ジェラート船長には二、三日かかるかもって伝えましたよ?」




「だが、【一人になりたいです。探さないで下さい】とだけ書いてある手紙だぞ?自殺でもするんじゃないかと心配するわっ!」




「書き損じはゴミ箱に沢山あったし、ジェラート船長にも伝えたんですよ?いつものアリ君なら、そういう所も調査しますよね?…もしかして、考えてなかったんですか?」



 恐る恐るアリ君を見上げると、



「こほん。まぁ、そう…なるかな。」



と、若干照れながら、アリ君は答えてくれた。



「アリ君は、考えてなかったくらい、心配してくれてたんですか?」



 更に、おっかなびっくり聞いてみる。



「そうだっ!妹とも思ってるお前が、心配だったんだ!悪いかっ!!!」



 ちょっとの胸の痛みを抱えながら、私は嬉しさを滲ませて、



「心配、かけてごめんなさい。それから、探してくれて、ありがとうございます。」



と微笑み返した。



(やっぱり、まだ、私はアリ君にとっては、『妹』なのですね。)




 チクリと刺さる棘を胸の奥に感じながらも、私は小さく落胆した。








出会いとは、人を変える事もあるのです。

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