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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~耶都~
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3、帰路~耶都 3~


3、帰路〜弥都 3〜






「よぉ。戻ったか。」



 時間通りに辰さんの元へと戻ると、既にアリ君とカイル君の姿は無かった。



「準備、出来てるぜ。着いて来な。」



 辰さんは、軽く口の端を上げて笑うと、目的の場所へと案内してくれた。



「しっかし、嬢ちゃんも面白い事を考えるなぁ。」



「せっかくの異国なのですから、異文化体験、してみたいじゃないですか♪」



「そんなもんかねぇ。まぁいいけどよ。」



 道中、そんな事を話しながら進む。



 暫く行くと、辰さんが立ち止まった。




「着いたぜ。ここが、祇園で最高の店、『鶴亀屋』だ。待ってろ。話を付けてやる。」



 数分後。



 辰さんは、一人の女性を連れてきた。年季を感じさせる貫禄と、一本筋の通った、凛とした佇まいの、一昔前はさぞモテたろうと思わせる、梅や松を彷彿とさせる、歳上の方である。



 彼女は言った。




「あんたかい?体験舞妓をやってみたいっていう異国人は。」




「はいっ!トリスティーファ・ラスティンと申しますっ!宜しくお願いします!」



 失礼の無い様に、ペコリと頭を下げる私。


 すると、彼女は、そんな私の足元から頭の天辺までを眺め、



「よし、いいだろう。あたしはこの祇園随一の芸妓、吉野を擁する『鶴亀屋』の女将だ。その看板に恥じない見習い舞妓としてあんたを仕立ててやるからね。着いておいで。」



「はいっ!」



「じゃあ、嬢ちゃん。お膳立てはしといてやったからな。後は楽しんで、弥都文化を体験してきな。」



「辰さん、ありがとうございました。」



 辰さんは、私のお礼に後ろ手を振って帰って行った。


 そんな私に女将さんは容赦なく、



「ボヤッとすんじゃないよ。早く此方に来なっ!」



と声をかけた。


 私は、



「はい、只今!」



と返事をすると、足早に女将さんの後を追い掛けた。








 そして、私は、今。

 自前の猫耳と犬(ホンとは狼)尻尾を仕舞っていた。


 舞妓の衣装を着付けられ、舞いと話し方、礼儀作法の基本を叩き込まれているから、邪魔なのである。



「大変どす。おかあはん。この子、規定のサイズじゃ丈が足りまへんっ。腰の詰め物ももっと増やさなあかんですわっ!」


 着付けを担当してくれているベテランのお姉さんが、慌てた様に報告した。



「ふむ。舞妓(子ども)の服やあかんっちゅうこっちゃな。しゃあない。芸妓おとなの着物の中でも派手な奴で代用やっ!お袖の所を大至急、振り袖に仕立て直しや!できるな?」



 即座に次善策を叩き出す女将さん。



「あい、やってみます、おかあはん。」



 せっせと私の支度をしてくれている様子に、私は申し訳なさでいっぱいになった。



「えろうすんませんなぁ。うち、無茶を申しましたやろか?今からでも、止めた方がよろしいおすか?」



 弱気になって、そんな事を口にすれば、


「何言ってんだい!舞妓を仕込むのは女将のアタシの役目だよ!体験とは言え、あんたはアタシの預かりになったんだ。しっかり座敷で華を添えて来な。着付けが終わったら、一度試しに踊ってみせな。」


と、おかあはんの怒号が飛んできた。


 そうして、着付けられる事、一刻(耶都時間で二時間程)掛けて、舞妓姿になった私は、おかあはんの前で一指し舞う事になった。

 曲に合わせて、指の先にまで神経を通わせて、注意深く舞う。腰を落としたままの移動に、セリカでの鍛練で覚えた足運びが、役に立つ。

 そうして、一曲舞い終えると、おかあはんが感心した様に言った。



「ふむ。あんた、筋がいいねぇ。見習い舞妓の指導役として吉野を付けるから、座敷に上がってきな。」



「え?ええんどすか?」




 常に見られている、という意識の下、言葉遣いにも気を配って答える。



「なぁに。かまいゃしないよ。せっかくの異文化交流だろ?吉野のフォローもあるし、今夜の相手はあんたと同郷だ。お客さんも母国語が懐かしかったりするもんさぁ。いい売りになるってもんさ。ああ、あんたに夜伽まではさせないから、安心して挑んできな。」



「ほな、お言葉に甘えて。お心遣い、ありがとうございます、おかあはん。」



 深々と頭を下げる私。


 そんな私を見て、女将さんは相互を崩す。



「うん。話し方も悪くないねぇ。あとは、あんたの源氏名やね。なんかえぇのはないかな…そやな。『とりすちーは』やさかい、鳥にちなんで『千早奴ちはやっこ』にしとこか。いいかぁ?お前はこれからこの鶴亀屋が誇る吉野付きの見習い舞妓『千早奴』や。そのつもりで、お気張りやす。」



 矢継ぎ早に色々決まっていく。


 私は乗り遅れないように、懸命についていく。


「あい。おかあはん。」


 そう返事をする私に、女将さんの後ろから一人の艶めかしい芸妓さんが姿を現した。匂い立つ様な美貌と艶めかしさを併せ持つこの方が、祇園随一の芸妓・吉野さんらしい。



「吉野!頼んだよ?」




「あい。おかあはん。ほな、千早奴、行くとしましょ。うちの事は、『吉野はん姐さん』や。気ぃ付けや?」




「あい。吉野はん姐さん。よろしゅう、お頼申します。」




「その意気や。ほな、行くで。」





 さぁ、今宵一夜の舞妓体験。上手くいくかしら?いざ、出陣です!








 さて、ここで基本知識として、祇園という場所の事について語っておこうと思う。

 祇園とは、弥都は京の一角にある、公式な色町の呼称である。

 その敷地は高い塀で覆われ、出入りには厳しい制限が掛けられている。

 その中には、芸妓と呼ばれるプロの芸者と、その芸妓を目指す下積みの舞妓と呼ばれる妓女おんな達がいる。

 彼女達は、己自身を担保として、お金を稼ぎ、年季が開けるか、自身の身代金を、自分を育ててくれた店に払う事でその身分から解放される、特殊な職業の女性である。

 自分で稼いで払う者もいるが、多くは、彼女達を気に入った客が、身請け金を支払う事で、買われてゆく事もある。

 そんな彼女達を侍らせて座敷遊びをするのが、弥都の男衆の一種のステータスであり、憧れでもある。

 何故なら、祇園の町に入るには高いお金が必要であり、座敷に上がり、更に舞妓や芸妓を呼ぶには、莫大な金が掛かるからである。

 その代わり、花代、と呼ばれるお金を支払うと、座敷に上げた妓女を好きに扱う権利を得られる。

 色町、と言うことは、つまり一夜限りの(場合によっては一時限りの)大人な関係を結ぶ事も可能な場所なのである。

 当然、人気の妓女には高値が付き、庶民にとっては文字通り、高嶺の花、として浮き名を流す事になるのだ。


 ところで、今回、私の後見役を勤めて下さるのが、祇園随一の芸妓であるところの吉野はん姐さんである。

 これは詰まる所、超一流のお座敷に、お客様をおもてなしすべく派遣される、という事でもある訳で。




 …お座敷に上がる前の私の頭は、そんなとりとめの無い事をうだうだと考えてしまう程、緊張の最中にあったりした。



(上手く出来るでしょうか…。)



 そう、不安に駆られながら、呼ばれたお座敷の前に傅く。

 耳を澄ますと、座敷内のお客様の、話し声が聞こえてきた。


 その声を聞いている内に、私の心は落ち着いて来た。




(相手は、知らないかも知れないけど、人間。そして、その方達は、私を「トリスティーファ・ラスティン」と知らない。だから、大丈夫、大丈夫。)




 覚悟を決めて、



「失礼します。」



 吉野はん姐さんに続いて座敷に入る。



 そして、ゆっくりと顔を上げた。



 私は、花が綻ぶ様な、自然な笑みをその顔に浮かべる事が出来た。




『ええか、千早奴。お座敷に居る間はな、お客はんは、恋しい恋しい恋人やと思いや。一時の甘い夢を売るんが、うちらの仕事や。』




 事前に、吉野はん姐さんの、お座敷での心得、を思い出していたのもある。





 だが、それ以上に。






 目の前には、本当に愛しくて恋しい、私の想い人が居たのだから。







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