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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
大学生活の過ごし
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7  大学生活編~楊先生の特別課外授業~


14.揚先生の特別課外授業



 トリスの実家からは、母がその相棒で大学まで送ってくれた。その為、馬車よりもよほど速く、大学に着く事ができた。

 だが、その頃には、皆一様に顔面蒼白になっていた。


 そうして、トリスの実家帰りは恙無く終わり、何時もの日常が戻って来た。




 10月も半ばに差し掛かったある日の事だった。

 揚先生の講義が終わると、先生がアンケートをとった。


「ちょっと変わった課外授業をしてみようと思うんだけど、興味のある人はいるかな。先に言っておくよ。この授業は評定には含まないんたけど。」


「ハイ。私、受けたいです。」


「俺も。」


「私もですわ。」


「私もよ。」




「ボクも。」


「私もだ。」


 案の定、何時ものメンバーが参加することになった。


(《私》が、何かイベントがあると、気になってしまうのは、知る為の選択肢を逃したくないが故なのかも知れない。だって、私は《ヒト》では無いのだから。色んな事を知って、早く《ヒト》にならないと、《私》に価値は無いのだもの。)


 トリスの想いとは別に、楽しげな揚先生の課外授業イベントは幕を開けるのだった。







 わくわくする私達に、揚先生の説明が始まる。


「今回の特別課外授業では、知り合いのレクス(※この世界の警察機構。。)に頼まれての事件の調査、できれば解決が対象だ。3組に分かれて、それぞれの事例に当たってもらう。各組制限時間は20分。解決する必要は無いから、出来るだけ情報を引き出して事件解決の手伝いをして欲しい。勿論、君達は学生なので、事件が解決しなくても、何の問題もない。安心して挑戦して欲しい。」


「先生、それは、ネゴシエイトをする、という事ですか?」


「トリス。いい質問だね。そうしてもいいし、違うアプローチをしてもいい。君達なら、どういう解決方法を選ぶか、それを見せてもらうよ。」


「先生よぉ。3組に分かれるって言うけどよ、俺、アリやレヴィとはやりたくねぇぜ?」


「そう言うと思ってね、先に組分けはしておいたんだ。悩んだけどね。こういう組分けがいいんじゃないかな。一組目。レヴィとクレア。二組目。アルヴィンとリース。三組目。トリスとアリ君。これなら君達は喧嘩をしないだろう?事前にどう動くか、打ち合わせに10分、実際に事に当たるのに10分だ。何か他に質問は?」


 一拍置いて、先生は言った。


「無いようだね。それでは、レクスギルドに行こうか。最初の現場はそこだからね。」


 にこりと笑う揚先生。その笑顔に、私はそこはかとなく不安を感じた。





一組目。レヴィ&クレア。


「君らには、この事件を担当してもらう。結婚詐欺師の容疑者だ。彼は痴情の縺れであって、詐欺ではないと主張しているんだ。だが、3人の女性から訴えられていてね。 この件の真偽を調べて欲しいんだ。」


「なるほど。分かりましたわ。ところで、先生。レクスで調べた資料などの閲覧は可能なのですか?」


「勿論だよ、レヴィ。その調査も、打ち合わせ時間に含むからね。じゃあ、開始するよ。他のメンバーは、別室でモニターしてるからね。」


 そんな訳で、レヴィ&クレアの組の調査がスタートした。

 最初の打ち合わせは、モニター出来ない。

 10分後、容疑者さんの部屋に入って来た二人。


 どうやら、メインで尋問するのがレヴィちゃんで、クレアさんは後ろから腕組みして見ているだけみたいだ。

 レヴィちゃんが、何時もの黒い手帳を取り出しながら、容疑者さんの正面に座る。

 ちらちらと手帳を見ながら、


「あなたのおっしゃる、痴情の縺れの件ですが…、皆さん、一度にお相手なさっていましたの?」


「あぁ、そうだ。みんな可愛いからな。選べなかったんだ。」


 クレアさんが容疑者さんの横に座る。相変わらず腕組みしたまま。脚を組んだので、スリットから綺麗な美脚がさりげなく覗く。

 左手で自分の顎に手を添え、


「ふぅん。それから?」


と、とても色っぽく囁いた。


「え?そっそれだけです。」


 デレデレと言う容疑者。

 そこに、また黒い手帳を眺めていたレヴィちゃんが、淡々と、


「容疑者、タクス氏(仮名)35歳。本名、タクステンド。既婚。被害者A、B、Cに対し、未婚と偽り、関係を迫る。それから変わった性癖をお持ちね。まず…」


と、次々に調べた資料を読み上げていく。

 レヴィちゃんが読み上げ終えると、クレアさんが更に脚を組み替え、容疑者の耳元で


「ホント?」


と湿っぽい声で囁いた。

 容疑者の理性は此処までだった。

 レヴィちゃんの容赦ない資料の読み上げと、クレアさんのお色気の前に、


「すみませんでしたっ。私が悪いので、それ以上は勘弁して下さいっっっ。」


 こうして彼は自白した。




「お疲れだったね、二人とも。よくやった。」


「ふぅ。呆気なかったですわ。」


「私は何もしてませんよ?レヴィちゃんの下調べのおかげです。」


「まぁ、そういう事にしておこうか。」






二組目。アルヴィン&リース。


「じゃあ、次。アルヴィン達には、こっちの部屋に来てもらうよ。今度の事件は、犯人が捕まっているんだ。殺人事件なんだけどね。でも、犯人、何も話さないから、事件の詳細が分からないんだ。君達には、事件の詳細を調べて欲しい。」


「レクスのおっちゃん、現場調査は出来るのか?もしくは、調査資料を見たいんだけど。」


「あぁ、これが資料だ。現場はここから300m向こうにある。」


「リースぅ、資料読むの任せた。俺は急いで現場を見てくる。」


 10分後。監獄の面会室。アルヴィン君とリースさんはそこにいた。私達は別室でモニター越しにその様子を見ている。

 犯人さんは女性。20代半ばくらいの浅黒い肌の美女。キツイ一重の瞳が印象的だ。

 アルヴィン君がメインで話す様だ。


「なぁ。調書を読むと、あんたが《現場で被害者の血の着いたナイフを持っていた》ってあるんだけど、間違いないか?」


「…。」


「まぁ、話さないなら、それでもいいんだけどよ。」


 アルヴィン君は頭をポリポリとかきながら続ける。


「俺さ、現場を見てきたんだよ。それでさ、ちょっと違和感があるっていうかさ。調書と違うんじゃねぇかと思う所があるんだよ。答えなくてもいいからさ、聞いててくれねぇかな。」


「…。」


「その沈黙は肯定とみなすな。じゃあ、話すけど、あんたさ、ホントは殺してねぇんじゃねぇの?」



 モニターの向こうで驚愕する私達。


(アルヴィン君、何を言い出すんだい。)



 アルヴィン君の語りは続く。


「殺されてた奴さ、あんたの体格じゃ、凶器のナイフだと致命傷にならねぇはずなんだ。じゃあ、『誰かを庇って』、話さないんじゃねぇかと思うんだけど、違うか?」


「…。」


「言うわけないよな。で、リースに頼んで調べて貰ったんだけどさ、あんた、恋人がいたんだって?」


「なっ…。」


 初めて女性の顔色が変わる。


「ふぅん。やっぱ替え玉かぁ。被害者は、あんたにしつこく言い寄ってきた男で、犯人は、あんたの恋人。で、あんたは恋人の身代わりで捕まった、と。」


「何故分かった!?」


 女性は言った。


「ん~…勘?」


「でも、あの人が何処にいるかは言わないわよ。」


「構わねぇよ。俺らの課題は、この事件の詳細を調べる事で、犯人を捕まえるのは、レクスギルドの仕事だからな。リース、後はレクスのおっちゃんに任せて、行こうぜ。」



 こうして、アルヴィン君とリースさんは課題を見事クリアしたのだった。








三組目。トリス&アリ。


「君達は、ちょっと場所を変えるよ。実は今、人質を捕っての立て篭もり事件が起きてるんだけどね。その交渉をしてもらいたいんだよ。詳しく言うとね、人質の解放を目的とした事件の解決を図って欲しいんだ。」


「先生、移動中に軽食、そうですね。サンドウィッチの盛り合わせと暖かい飲み物等を調達してもいいですか?」


 私は聞いた。一見、無駄に見えるかも知れないけれど、相手の警戒を和らげ、懐に入り込むには、食べ物の力は有効だと思うのだ。


「それは構わないよ。」


「ありがとうございます。」




 私は、道中、必要だと思うものを手に入れた。それを籠に詰めて手に持った。


「それで、お前はどうするんだ、トリス。」


「えっと、ネゴシエイト、をしてみようかと思うんです。人質の無事な解放に焦点を絞ってお話をしてもらおうかなって思ってます。」


 そう言った。そして、アリ君を見上げて、


「アリ君、フォローをお願いします。上手く行かなかったらごめんなさい。」


と言うと、通信機の片方をアリ君に渡して、犯人さん達の立て篭もっている小屋に走っていった。


コンコンコン。



 ノックをする。


「今日は。すみません。私、大学の学生で、トリスティーファ・ラスティンと言います。こちらに立て篭もり犯の方がいらっしゃるとお聞きしました。お腹が空いているのではと思いまして、軽食の差し入れを持って来たのですが、入れて頂く訳には参りませんか?」


パキュンパキュンパキュン。


 雷の杖(発明人が作る筒状の武器。撃つと火が出る。)が火を噴く。

 だが、消滅願望のある私には怖いものではない。

 消えてしまえるならば好都合だからだ。

 それに、


「素晴らしい武器ですね。私はその武器にも興味があります。私の武器は置いていきますから、入れていただけませんか?」


 個人的に、武器にも興味が沸いた。


「変な奴だな。まぁいい。腹も減ってるし、入れ。」

「ありがとうございます。食べ物を渡す前に提案なのですが、私と人質お二人を交換して頂く訳には参りませんか?彼女達、疲れていると思うんです。」


「ますます持って変な奴だな。俺らがお前を撃ったらどうするんだよ。」


「えっと、その時はレクスの方々が踏み込んできます。実は通信機で相棒と通じてます。ごめんなさい。それもあって、彼女らと私の身柄を交換して貰えると嬉しいです。」


「仕方ない。お前のアホに付き合ってやろう。」


 犯人さんは、そう言って、人質を解放してくれた。

 私は、フワフワのサンドウィッチと熱々の鳥の串焼き、そして爽やかな紅茶の準備をしながら聞いた。


「えっと、お話をするにあたり、貴方の事を何とお呼びすればいいのですか?」


「ジョン スミスだ。」


 後で聞いたのだが、《ジョン スミス》という名は、偽名の代名詞らしい。私は知らなかったので、呼び名を教えて貰えた事に嬉しくなった。


「ジョンさんですね?分かりました。」


 ニコニコしながら、お茶を差し出した。


「お茶です。毒物等は入ってませんよ。」


 それぞれの食料を私が率先して食べてから、彼らに差し出した。


「ジョンさんは、何故立て篭もりなんかしてるんですか?何か理由があるんですよね。」


 ジョンさんはお茶を飲みながら、白けた目で私を見た。


「言うわけ無いだろ。」


「そうですよね。すみません。」


 焼きたての香ばしい匂いの漂う鶏肉にかぶりつく。


「うん。香ばしくて美味しいですね。ところで、強奪したものが玩具ばかりだと伺っています。どなたかに贈るんですか?」


 ジョンさんも盛大に肉にかぶり付きながら、


「っせぇなぁ。てめぇには関係無いだろ。」


と答えてくれた。


 つまり、読みは当たっているわけだ。


「はい。そうですよね。本当にすみません。」


 今度はサンドウィッチにかぶりつく。マスタードの効いた鴨肉とレタスのサンドウィッチだ。フワフワのパンとシャキッとしたレタスの歯ごたえ、そして鴨肉とマスタードのハーモニーが口の中でマッチする。交渉とかどうでもよくなるくらい美味しい。


「このサンドウィッチ、絶品ですよ。ジョンさんっ。食べてみてくださいっ。」


「お前、何でそんなに嬉しそうなんだよ。命掴まれてる人質だろうがっ。」


「だって、美味しいお料理は誰かと一緒に味わった方が美味しいんですもの。貴方がたにも一緒に食べてみて欲しくなっちゃったんですよ。」


「確かに、このサンドウィッチは旨いな。しゃくだけどよ。」


 ちょっと気が緩んだみたいなので、聞いてみた。


「私、武器大好きなんです。先程の雷の杖、素晴らしいですね。見せて貰う訳にはいきませんか?」


「それが俺らの何の得になるんだよ。」


「完全に私の趣味です。」


「仕方ねぇなぁ。」


 彼らは、私に雷の杖を突き付けながらも、一つ見せてくれた。思った通り、素晴らしく手入れの行き届いた武器だった。私は、ちょっとうっとりしてから、すぐに雷の杖を返した。


「もういいのか?お嬢ちゃん、俺らを撃つって選択肢もあったはずだが、なぜ撃たなかった?」


「え?考えもしませんでした。撃たれたら痛いですから、人と争ったりするのは嫌いなんです。」


「拍子抜けする嬢ちゃんだな。」


「あの、立て篭もっているって事は、要求があるんですよね。その要求って何ですか?」


「当然、安全に追われず逃げる事だよ。」


「私、貴方がたがレクスに捕まってしまうのは、何だか嫌です。雷の杖を見せてくれた事にしても、ここまでの応対にしても、貴方がたが悪い人に思えないんです。」


「ふぅ。」


 ジョンさんが何か言おうとした時だった。


ピロロロロッ


 通信機が鳴った。





「トリス、時間だ。犯人達にこう伝えろ。」


 アリ君から通信で指示をもらった。


「すみません。ジョンさん。時間切れのようです。実は、私達、課外授業でここに来たんです。なので、最後までお話が聞けそうにありません。ですから、私は帰らないといけません。代わりに、無事逃げれる様に、レクスと交渉します。それでどうでしょう?」


「無事に逃がしてくれるなら、かまわねぇぜ。」


 ジョンさんはそうおっしゃってくれたが私としては、もっとちゃんと話したい気持ちでいっぱいだった。

 そうして、私達の組は終わった。

 しかし、もっと色々できる事があったんじゃないかと、後悔でいっぱいだった。


「アリ君、すみませんでした。私の力不足で、上手くいきませんでした。」


 ポロポロと涙がこぼれる。悔し涙だ。

 アリ君が、


「良くやったんじゃないか?少なくとも、私では交渉は無理だからな。」


と、頭をぽんぽんと撫でてくれたのが、救いだった。










「皆、お疲れだったね。三組とも、個性が現れてて面白かったよ。」


揚先生が言う。

 確かに、私は失敗してしまったけれど、レヴィちゃん達も、アルヴィン君達も、事件を解決する手法が素晴らしかったと思う。

 私には真似の出来ない手段だ。


「トリス。君は落ち込んでいるけど、君の真似は他の人には出来ない手法だよ。私には考えつかなかった。もっと時間があれば、君の思惑は上手くいったかも知れないね。」


 揚先生に励まされた。


 自信は無いが、誰も傷つかない、そんな解決策がとれる様になりたいと思った。





15.楊先生の課外授業~その後。グリーンヒル先生と私~





ぐすんっ。ぐすんっ。



 揚先生の特別課外授業も終わり、皆で大学に戻った後の事。

 私は、グリーンヒル先生の所に来ていた。


「…と言うわけなんです。先生、私は自分が恥ずかしいです。皆に顔向けできません。」


 泣きながら、今回の顛末を話す。


「トリス、よぉく聞け。揚も言っていたと思うが、お前の判断はお前にしか出来ん。苦しくても、自分を信じてやれ。今はまだ難しいかもしれんがな。お前の他にお前はおらんのだ。」




(先生、私の他に、《私の躯の持ち主》がいるはずだったんです。《私》は《私》でなくてもいいんです。ごめんなさい。《私》のハズだった《貴女トリスティーファ・ラスティン》。ごめんなさい。)




 言葉に出来ず、しゃくりあげるトリス。そんな彼女を、グリーンヒル先生はそれ以上何も言わず、そのふかふかの羽毛の下に置いておいてくれるのだった。





お読み頂き、ありがとうございました。

文字数が安定しなくて申し訳ありません。

でも、区切り上、こういう形を取らせて頂きます。

悪しからず。

追記:操作ミスにより、二話投稿してしまったみたいです。前文に注意書きを載せようとしたのですが、やり方がわからず、ここでご報告させて頂く運びになりました。

ご注意ください。

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