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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~セリカ~
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13  帰路~セリカにて.12~


13、セリカにて 12






 悩んだまま眠りに就いた所で、悩み自体が無くなる訳でもなく。起き抜けの頬を、涙が伝う。気分は、最悪だった。


 目覚めたのは、まだほの暗い、夜明け前。


(なん…なの…かしら…。この気分…。些細な事に動揺して、アリ君に振り回されて。切なくて仕方無いのに。報われないって知ってるのに。切なさに心が震えるのを、止められないなんて…。アリ君からもっと私の心を揺らして欲しいと願うなんて…。)



 気分を変えようと、乱暴に涙を拭う。


「私は、アリ君にとって、絶対的な『手間の懸かる妹』。大丈夫。未知への探究を続けている内は、私は、彼の『妹』で、『仲間』で居られる。だから、前に進める。大丈夫。私は、ちゃんと、彼の『仲間』だから。この『刹那さ』こそが、『私』という自我を形作る、核なのだから。」



 止めどなく溢れる涙を無視して、私はキッと顔を上げ、自分に宣言する。

 自分だけの朝に行う、自己暗示のセレモニーだ。

 目を閉じて、顔を上に向ける。きつく拳を握って、自分を奮い起たせる。


「さぁ、大きく息を吸って。大丈夫。冒険が、私を待っているわ。大丈夫。事件に巻き込まれている間は、私はそれに集中できる。出来るはずよね?だって、事件の間は、それに、それだけに、集中出来るから。余計な事は考えない。事件に集中、よ!乙女心は、今は考えない。」



 目を開けて、気合いを入れてからベッドを抜け出る。涙が収まるまで、冷たい水で顔を洗い、ネガティブな心を追いやる。


 空が微かに明るみ出した。


 私は、鍛練着に身を包み、宿屋の庭で、グリーンヒル先生直伝の鍛練を開始する事にした。無心になるのが、一番だ。

 暫く素振りをしていると、


「おはよう。トリス。今朝も手合わせお願いするぜ!」


カイル君から、何時もの様に手合わせの申し出を受ける。


「勿論です♪宜しくお願いします。」


 そうして、手合わせをするのだが、カイル君に、心の乱れを悟らせ無いのは、難しい。お互いに、剣を交えて心をぶつけ合うのだから、当然である。

 カイル君は、直ぐに私の異変を察知した。


「また、アリの事で悩んでるのかよっ。」


 鋭い下段からの切り上げが襲ってくる。私は、僅かに上体を反らしてそれを交わす。


「なっ…そんな事はないですよっ!」


 明るく挨拶出来たと思ったのに、カイル君には通用しなかったみたいだ。

 今度は、私が一歩踏み込んで、手首を狙った一撃を放つ。


「そんな赤い目して、俺を誤魔化せると思うなよっ!と。」


 カイル君は、両手で持った剣を右手から左手に放って持ち換えつつ、上段からの払い下ろしを仕掛けて来た。


「煩いですねっ。仕方無いでしょう。自分の意思じゃないんですから。」


 私はバック転でそれを避けると、勢いを付けた下段からの足払いを仕掛ける。


「だから、俺にしとけって。」


 カイル君はジャンプでコレを避けると、立ち上がる私の腹部目掛けて横凪ぎを入れようとする。


「それが出来たら苦労はしませんって。分かってるでしょう。」


 ガキィン!と、互いの剣が交錯する。

 ギリギリと、押し合いになりながらも、カイル君が続ける。


「嫌ってくらいな。でも、俺も、退けない。」


 力で劣る私は、ジリジリと押されて来た。勢いを付けて刃を滑らせ、力をいなす。


 お互いに、ゼイゼイと息を切らせている。


 私は、力なく剣を持つ手を下ろすと、左手で顔を覆って呟いた。


「それも、嫌ってくらい、知ってますよ…。」


 カイル君も、剣を下ろすと、困った様に言った。


「お互い、どぉ仕様もねぇな。」


 その言葉に、私もクスリと笑って、


「ホントですね。」


と返した。


 カイル君は、くしゃりと自分の前髪を握る。


「あぁっくっそ可愛い!アリの奴しか見てねえの、分かってんのに、其処も含めて、俺、お前が好きなんだもんな。勝てるわけネェよ。くっそぉ…。」



 私の鋭い聴覚は、こっそり呟いたカイル君の囁きも、しっかり聞こえてしまった。好かれる事に不馴れな私は、思い切り赤面して、俯いた。

 そうして出来た、私の隙をついたカイル君は、私を腕の中に収めると、


「ほらな。そうやって、俺の言葉でも赤くなってくれるんだぜ?どうしろってのさ?」



と、耳元で囁いた。不意討ちを食らった私は、


「ふぎゃあっ!」


と、色気の無い、残念な声を上げて、あっという間に木の上に駆け登っていた。



「不意討ちとはっ!卑怯ですよっ!」



 ゾワゾワとする感触に耳を抑え、喉の奥を這い上がってくる未知なる声をこらえながら、私は叫んだ。



「こうでもしねぇと、お前また浮上出来ねぇじゃねぇか!それにっ!ちょっとは俺の事も、意識してくれよなっ!」



 カイル君は、しれっと自分の要求も伝えてきた。


「嫌ですよっ!そんな事になったら、会話すら出来ないじゃないですかっ!仲間と不和なんて、真っ平ですっ!」



 結論から言うと。私は、まんまとカイル君の策略に嵌まっていた。カイル君は、自分の気持ちを伝える事で私を動揺させ、吹っ切れさせる事で、私を調律したのだ。


 お蔭で、アリ君を前にしても、何時もの態度で接する事が出来た。…代わりに。気を抜くと、カイル君の低い声が耳の奥で谺して、ソワソワと落ち着かない気分にさせられたのではあるが。







 そんな朝の、情けない自己鍛練を終え、自室で身支度を整えると、時刻はそろそろ朝食の頃合いになっていた。



「おはようございます。今朝のご飯は何でしょう♪」


 心底楽し気なオーラを漂わせながら、酒楼に向かう。


「ああ、おはよう。セリカの朝食は、中華粥が一般的らしいぞ?」


 先に来ていたアリ君が教えてくれた。


「おはよう、トリスねぇちゃん。トッピングが選べるんだぜ♪」


 既に一杯目を完食して、次を注文しているジェンユ君が教えてくれた。


「む。それは看過できないな!俺、御代わりしよっと♪」


 鍛練で空腹になったカイル君が上機嫌で言った。


「あっ!狡いですっ!私も色々食べたいですっ!」


 後に続けとばかりに焦って注文しようとした私を見かねて、


「落ち着け。焦らなくても、飯は逃げん。」


冷静にアリ君が突っ込みを入れてくれた。



(うん。この空気。これこそ、『仲間』だよね。大丈夫。未来は明るいわ。)



 朝起きた時の、切ない気持ちは治まっていた。今日起こるであろう冒険に、心を震わす興奮だけが、私を満たしていた。


(もう、大丈夫。少なくとも、暫くは。)




 お腹も満ち足りて、清々しい気持ちになった所で、私達は行動を開始する事にした。


 先ずは『紅蠍』の本拠地についての調査である。

 裏通りにいる血気盛んな若者に声を掛ければ、きっと直ぐに見つかる筈である。


 私はそう思っていたのだか、ジェンユ君が、


「スラム連中に、聞き込みはしてあるぜ?スラムで仕事をするのには、挨拶が必要じゃん。特に新入りは。だから、おいら、場所と合言葉、調べといたぜ?」


と、既に一仕事終えていた。


「仕事が早いですね、ジェンユ君。いつの間に調べたのですか?」


「あのなぁ、ねぇちゃん。孤児の朝は早いんだぜ?効率良く仕事を貰って、ルートを把握して、手際良く仕事を掛け持たねぇと、直ぐに食いっぱぐれちまうからな。夜明け前にスラムに行ってきたんだよ。」


 ジェンユ君の言葉をうけて、アリ君が補足した。


「まあ、そういった孤児連中に指示を出す上役の、時間的に余裕のある時に訪問するのが良いだろうと思ってな。地図で場所を確認しておいたんだが。朝食を終えてから行動するくらいで、十分その時間に間に合う計算だ。」



「流石アリ君。頼りになります。」




 情報も整った所で、私達はスラムへと向かった。







 表通りから幾つもの路地を奥へ奥へと入り込んだ、慣れない者には迷路にも似た下町の、更に最下層。スラムへと足を踏み入れる。

 華やかな都会、西安にあって、そこは別世界の様に澱んだ空気の漂う場所だった。朽ちた襤褸屋が軒を連ね、道の脇には汚泥が溜まっている。力なく座り込んで、虚な眼をしている者も少なくない。

 痩せこけた犬が徘徊し、丸々と肥えたネズミを粗い毛並みの猫が追い掛けて行った。

 けれど、それだけではない。身形の良い、場違いな異国の者達を警戒する気配が、其処此所でしている。中には、鋭い殺気や、血気に逸った気配も混じっている。

 そんな中を、私、ジェンユ君、アリ君、カイル君の順番で進んで行く。戦闘力の無いジェンユ君とアリ君を守る為の布陣である。



「ここだよ、ねぇちゃん。」



 暫く歩いた先で、ジェンユ君が止まった。



「何の変鉄もない、行き止まりの壁に見えますね。」



「うん。普通はそう見えるだろうね。でもね。」


 ここからが本番、と、緊張した面持ちになったジェンユ君は、


「ねぇちゃん、操作の邪魔になるから、ちょっと下がってておくれよ。」


と言うと、私を下がらせて、何やら操作し始めた。


「此処をこうして、此方をこうして、さらにあっちをこうして、こうだろ…。」


 存外複雑な手順で、左右と目の前の壁に何か操作を施すジェンユ君。


「最後にこうしてっと!」


 彼が手を動かす度に変わって行った壁の模様。

 その仕上げ、とばかりに、目の前の壁に両手を押し付けると。

 唯の煉瓦の壁だったそれは、左右に一匹ずつの赤い蠍が正面で毒の尾を交差させる立派な壁画を有する壁へとその姿を変えた。


「おいらが出来るのは此処まで。後は、ねぇちゃん達への試練だよ。」


 震える声で、そう言ったジェンユ君から、微かに血の臭いが漂っているのに、遅まきながら気が付いて。私は、私達の為に、ジェンユ君がかなり危ない橋を既に渡っている事に気が付いた。きっと、彼の服の下には、見えない傷がある。彼は痛みを悟らせ無い様にしながらも、私達を此処に誘導させられていたのだ。

 その証拠に。


「俺達をこそこそ嗅ぎ回っているってぇ外国人は、お前らだな?此所での秩序ってのを、教えてやるとしようか!」


 正面の壁が、蠍の交差した尻尾を境に下へと下がり、フードを被った男が、ジェンユ君を人質に捕るかの様に出てきたのだ。


「おっと、余計な真似をすんじゃねぇぜ、ねぇちゃん達。この小僧が大切ならな。」


 悪党特有の、下衆な台詞。下衆な行動。


 私の、いや、私達の闘争心に火が点いた。


「わざわざお話し合いに来たのに、人質を捕るとは、卑怯なのではないですか?」



「甘ぇなぁ…ねぇちゃん。こっちは親切でやってやってるんだぜ?」



「それが、貴方の言い分ですか?」



 こうして話している間にも、周囲を囲まれる気配がする。

 私はちらりとアリ君を見た。

 コクリと頷くアリ君。


「トリス。ジェンユを頼む。カイルは雑魚を一掃だ。」



 静かに、アリ君からの指示が下った。もう、カイル君と私に枷られた鎖は無い。


「なっ…コイツの命がどうなっても…」



 頭目と思われる男が言い終わる前に、私は射刀術で鞘ごと男に剣を打ち据えた。抵抗も出来ずに倒れる男。その、倒れる一瞬に、私は距離を詰めて、ジェンユ君を安全圏へと引き離した。

 丁度その頃、カイル君の方も、あっさりと終わった様で。バタバタと倒れ伏す破落戸(ごろつき)の山が、周囲に山積していた。


 だが…セリカという国は…私達ハイルランドの常識の通用する所では無い、という事を、私達は忘れていたのだ。






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