12 帰路~セリカにて.11~
12、セリカにて 11
ジェンユ君の話を伺いながら、彼の様子が、段々と不安気なモノに変わって行くのを確認する。私は、周囲への警戒を深めながら、アリ君とカイル君に目配せをした。…きっと、襲撃は、もうすぐだ。
「うん。おいら、スリだったろ?だからさ、ちょっとだけ、裏社会に繋がってるんだけど、おいらは、ねぇちゃん達に会って、裏社会を抜けたくなった。だけどさ、おいらの居た組織…って言っても末端だから、おいら、名前も知らないんだけど…そこが、さ。」
言い辛そうに、ジェンユ君は口ごもる。
(大丈夫だよ、ジェンユ君。私は、君を見捨てないから。だから、安心して話を聞かせて。)
親身になりながら、ジェンユ君の心を想う。
「おいらに、組織を抜ける為の落とし前をつけろって言うんだ!」
自分のこれからと、私達の安全と。彼は秤に架けて、言いたく無いであろう事を、やっとの思いで口に載せたのだろう。引き返せない事態を招く事を承知で。選べない事に苦しみながら。
痛いほど、その想いが伝わってきた。
お陰で、嫌と言うほど、次の言葉を皮切りに、襲撃が来る事を予測出来た。
ポロポロと涙を溢しながら、ジェンユ君は叫んだ。
「だからっ…ねぇちゃん達、…逃げて…っ!」
その瞬間を、私は耳をピンとそばだてて、尻尾でタシタシとタイミングを計り、アリ君とカイル君に伝える。
決められていた合言葉とは、違うであろう言葉を選んだ、自分の身より私達を逃がす事を優先させる優しいジェンユ君を。私達がむざむざ見捨てる筈も無く。
「今ですっ…!」
と、小さく発した私の声に含ませた意味を、アリ君とカイル君の二人は正解に認知して。
バタンっという大きな音がした、次の瞬間には。
ジェンユ君の身柄を確保して、扉と窓から離れた部屋の奥に移動するアリ君。
扉を蹴破って入って来るであろう侵入者に一撃を加え様と待ち構えるカイル君。
窓からの侵入者にも対応出来るように、中央で抜刀の準備を整えた私。
三人が三人とも、阿吽の呼吸で行動を終わらせていた。
「小僧!てめえ、分かってんのか!?お前の役目は、コイツらに死んで貰うって伝える事だったよな!?それが出来ねぇって事は、てめえの命も此処までだなぁ!」
廊下で、襲撃者達を纏めていると思われる輩の、怒鳴り散らす声が聞こえる。
自分達の武力が、こんな小娘率いる小さな集団に負けるとは、微塵も思っていない、傲慢な男の声に、そして、バタバタと部屋に押し入ろうとする破落戸(ごろつき)の姿に、アリ君の後ろのジェンユ君はビクリと身をすくませた。
けれども。カイル君の強さは、街の破落戸(ごろつき)程度でどうにかなる程弱くは無い。
カイル君は、侵入者を射程に収めたと見るや否や、腰を落とし、中段に構え、横凪ぎに一閃する。
廊下に居た突入待機部隊を、壁もろともに、カイル君は切り伏せたのだ。
いきなり切り伏せられた第一陣に、侵入者達はパニックを起こした。
その隙を見逃す程、私も甘くは無くて。カイル君の体勢が整う僅かな時間に、パニックになった集団に剣を打ち据えて行く。
結果。
20秒と掛からずに、部隊を鎮圧し、リーダーと思われる男を拘束する事に成功する。
これ以上、宿に迷惑が掛からない様に、私は慎重に男達に縄を打って、全員を室内に閉じ込めた。
「さぁ、ゆっくり聞かせてもらいましょうか?何故、貴方達は、私達を襲ったのですか?目的と、貴方達の組織について、お話ししてくれるかしら?」
カイル君により、後ろ手に押さえ付けられている、リーダー格の男の横に屈み込んで、私は尋ねた。
「上に逆らうと、俺が兄貴にどやされちまうからだよっ。」
忌々し気に私を睨んだ男が、短く答えた。
「詳しく、聞かせて貰えますか?」
私は言葉を重ねる。
「知らねぇよ…。俺も、荊州の支部から連絡も無く抜け出した小僧に制裁を加えろとしか聞いてねぇしっ。」
ジェンユ君に加える『制裁』、とやらが、私達をジェンユ君の目の前で殺す事、なのだろう。その上、恐らくは、ジェンユ君の命までも奪う心積もりだったに違いない。
私がそう感じる位には、男の目は濁っていた。
「ほぅ。『荊州の支部』ね。成る程。という事は、全国規模の組織なのですか?」
男の下衆な様子に嫌気が射すが、それを堪えながら、私は言葉を紡いだ。
「へっ。俺らはなぁ、古臭い嵐帝(らんてい)なんかとは違う。あいつらみたいに皇帝に媚びへつらうなんて、真っ平だ。俺らはなぁ…今に新しい裏社会を牛耳る様になる、『紅蠍』のもんよ!」
「ふぅん。で、規模は?」
粋がる男に、私は冷めた口調で聞いた。
「誰が小娘なんかに教えるかよっ…」
「結構ですよ。教えて頂かなくても。貴方の口振りだと、更に上位組織があるみたいですしね。…何処にあるのかしら…?」
答えようとしない男に、私はちょっと考えて、
「まぁいいわ。ありがとう。十分ですよ。おやすみなさい。」
と告げた。
私の言葉を確認したカイル君が、男の後頭部に手刀を落とすと、男はあっさりと意識を手放した。
「ジェンユ君、もう安全ですよ♪怖かったですね。」
私は、ジェンユ君と目線を合わせて微笑みながら告げた。まだ、恐怖で竦んでいるジェンユ君の頭を、アリ君がポンポンと撫でる。
「トリス?お前、分かってるか?お前の尋問、ジェンユを怖がらせてるぞ?」
「本当だぜ!ちょっとは殺気を抑えろよな、トリス。」
「ええ!?私は穏やかに、お話し合いをしたんですよ?」
「『お話し合い』、ねぇ…。アレは立派な尋問じゃねぇか!」
「違いますよ!じゃあ、カイル君ならどうしたって言うんですか!?」
「決まってるだろ?アリに一任だよ。」
「丸投げじゃないですかっ…。よく人の事言えますね!」
「落ち着け、二人とも。トリスだけでなく、カイルの行動も含めて見ると、尋問に見えると言うだけの話だ。それに、だ。トリスのお陰で、上手く情報が集まったんだから、情報収集としては上々だろう。」
そんなやり取りをしていたら。
「ふふっ…ハハハハハハハっ…にぃちゃん達、おっかしいのっ…。おいら、にぃちゃん達が強すぎて、平然とあんな事するから、ちょっと怖かったんだ。でも…にぃちゃん達はにぃちゃん達なんだなって思ったら…ふふっ…笑いが止まらないよぉ…。」
ジェンユ君は、一頻り笑うと、
「あぁ、可笑しかった。腹痛ぇや。」
と、漸く落ち着きを取り戻したのだった。
宿屋に事情を話し、破落戸(ごろつき)達を警備隊に引き渡して、私達は改めて部屋を移した。こちらの落ち度では無かったと認めて貰えたので、壁の修理代や新しい部屋代は勿論、襲撃者持ちである。
途中だった食事をすませる。
「さて、解散する前に、ミーティングをしておくぞ?」
食事を終えた所で、アリ君が口を開いた。
「ミーティング?何か話す事なんてあったか?」
「ありますよっ!カイル君。」
「まず、ジェンユのいた組織は、新興組織の『紅蠍』の下部組織である。ここまではいいか?」
「はい。大丈夫です。」
「そして、トリスの引き出した情報から、裏社会一の組織は、『嵐帝』が支配している事が分かるな。」
「ええ。」
「すると、だ。裏社会の秩序を乱しているのが、この『紅蠍』である事が分かるよな?」
「はい。」
「しかも、この『紅蠍』、いまいち統制が執れていないな?」
「そうですねぇ。」
「つまり、だ。この、『紅蠍』を潰せば、次なる相手が接触を求めてやって来る、と、予想できる。よって、明日から私達がとる行動は、だな。」
アリ君の発言に、集中する、カイル君と私。
「明日には、今日捕らえた連中の情報を元に、手下が街中に配備されているだろう。だから、やる事は簡単だ。」
「「それは…?」」
私とカイル君の声が重なる。
アリ君は、ニヤリと笑うと、楽し気に告げた。
「それはな。街の散策をしながら、裏社会についての、情報収集だ。簡単だろう?」
「どう言う、事ですか…?」
「まぁ、トリスは深く考えなくて良い。」
いつもの様に、アリ君は、私の頭をポンポンと撫でて言った。
いつもの私なら、嬉しくて、それだけでほだされてしまう所だが…、先程のジェンユ君と宥め方が一緒なのに気付いた私は、
「もぅ!馬鹿にしないでくださいよ!私にも事態を把握する権利があると思います。」
と、常ならしない、駄々を捏ねてしまった。そして直ぐに自己嫌悪に陥る。
(ジェンユ君に焼き餅、なんて…私は馬鹿ですかっ…こんな態度を取ったって、アリ君にも、皆にも、迷惑かけるだけなのに…。私、酷すぎです…。)
私は内心、こんな事を思っていたのに。私の態度にアリ君は、自分の説明不足のせいだと思ったのだろう。
はあ。と一つ溜め息を吐くと、
「仕方無い。簡単に解りやすく言うとな。自分達の組織を嗅ぎ回ってる連中の情報と、自分達の組織を虚仮にした連中の情報が合致すれば、敵は向こうからちょっかいを掛けてくるという事だ。」
と、本当に、解りやすく、噛み砕いて説明してくれた。
「成る程な。つまり、何時も通りの行動をしてりゃ良いって事だな♪」
カイル君が納得して、そう言った事で、数瞬過った私の自己嫌悪は、見事に吹き飛ばされてしまった。
「じゃあ、明日に備えて解散だ。ジェンユは疲れてるだろうから、ゆっくり休めよ?私達冒険者は、こう言う襲撃も慣れてるからな。何かあっても、守ってやるからな。私達の部屋にはトリスは居ないが、カイルが居るからな。不意討ちは受けんし、遅れも取らんさ。」
「まぁ、隣室ですから、異常があれば私も直ぐに気付きますしね。安心してくださいね?」
「うん!ありがとう。そうさせて貰うよ。実はおいら、こんな宿屋初めて泊まるからさ、内心わくわくしてたんだ。」
「それは良かったですね。それでは、おやすみなさい、皆さん。」
パタン、と、扉を閉める。
まだ気を抜いてはいけない。
自分を叱咤しながら、割り当てられた自室まで、ふらふらと私は部屋に戻った。
扉を閉めた途端、ずるずると崩れる様に、床にへたりこんだ。
(こんな想いは、きっと、疲れているからですね。お風呂、入って寝ちゃえば、きっと何時もの私に戻れる筈です。)
お風呂に浸かりながら、一人想いに耽る。
「どうして…?」
思わず溢れる独り言。
(どうして、こんなにアリ君に振り回されるの…?独り善がりにも程があるわ…。こんな自分、滑稽過ぎる…。格好悪いな、私…。でも、どうして…?どうして…惹かれる心を止められないの…?自分に自信なんて…欠片もないのに…どうして…『好き』って気持ちだけは、溢れてくるのかしら…?)
「寝てしまいましょう。きっと、それで、いつも通りになれる筈です。」
答えが出ないまま、私は眠りに就いたのだった。