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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~セリカ~
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9  帰路~セリカにて.8~


9、セリカにて 8







 紫禁城。そこは、巨大な場所だった。何処までも続くかの様な、長い長い壁が、これまた巨大な門の左右に延びている。塀の高さは、中を伺い知る事の出来ない程に高く、天高く飛ぶ鳥でもってしても、侵入するのは難しいのではないかと思わせる程である。

 流石は皇帝陛下の居城と言うべきか。

 広い広い、西安の都の中心に、四角く区切られたその場所は、圧倒的な存在感でもって、鎮座していた。





「大きい門ですねぇ…この城壁、街が2つくらい入りそうです…」



 あんぐりと口を開けて門を見上げながら、思わず私は、そう呟いた。



「トリスのねぇちゃんの言いたい事は分かるぜ?実際に、宮仕えしてたり、軍属だったりする奴は、この城壁の中に自分の居住地があるし、更にその方達の家人も住んでる。そいつら相手の店なんかもあるしな。それに、ここは、紫禁城の城郭の一番外側に当たるんだ。下端の為の街が一番外側にあると思って間違いないぜ。ここは、比較的入りやすいんだ。」



「入りやすい?」



「そうさ。門番の所で受付を済ませれば、後は簡単なチェックだけでその日の内に通れるんだぜ?簡単だろ?」



「すみません。私が理解する為にお聞きしますが、中に入るための手続きって、そんなにかかるんですか?」



「掛かるぜ。まず、移動距離があるから、時間も食うし、帳簿なんかの書類チェックとかもあるし、何より、身分証の提示は必須だよ。勿論、特別な紹介状とかでの身分の保証がしっかりしてる人ってのは、すんなり通過出来るのは、当然だけどさ。」



「セスさんの置いて行ったメモ書き…、役に立つのでしょうか?ジェンユ君、実は、私達、長江を遡上してきたから、入国手続きとかしてないと思うんだけど…。」



 不安気な私の呟きに気付いたアリ君が、有難い事に、アドバイスをくれた。



「馬鹿か貴様は。セスが指定したんだから、行ってみるしか無かろうが。手掛かりはそれしかないんだからな。それに、入国手続きについては、港でジェラートがしていたぞ。だから、大丈夫なんじゃないか?多分。」



「アリ、お前、そんな所までチェックしてやがったのかよ。」



「当たり前だ。馬鹿者が!色々な事柄に精通していないと、軍師は勤まらん。特に、お前らの軍師はな。」



 ビシっと、私とカイル君を指差して、アリ君は断言した。



「え…そんなに私達は、扱いが難しいんですか?」



「極めて難しい。カイルもだが、特にトリ〜ス!お前の場合はな!戦略的有利は端から期待出来ないし、やりたい事も、行きたい場所も、その場で決めるだろうが。二人とも。準備する立場の私がどれ程苦労するか、お前達には解らんだろうな。まぁ、だからこそ、私ほどの軍師でなければ、お前らの軍師は出来ないのだが。」



「うっ…アリの言う通りだぜ。」



「ううっ…カイル君、反論出来ません…。」



 アリ君の発言に、図星を指された私達二人は、しゅんとなった。



「分かったか?」



「はい。いつもありがとうございます、アリ君。」


「感謝してるぜ、アリ。」


「分かればよろしい。」


 私の疑問に答えた後で、アリ君は、改めて自分の興味のある事柄、つまり、西安や紫禁城の様子について思いを馳せている様だった。



「しかし…流石は強大な国だけあって、西安の守りは万全だな。隙のない見事な街並みだ。更にこの紫禁城だ。幾重にも築かれた城郭も、迂闊に進軍出来ない様な構造も、容易に皇帝の下まで辿り着けない複雑な経路も、計算しつくされている。名城だな。」



 ぶつぶつと呟くアリ君に触発されて、男の子の魂に火が着いたのか、


「でっかいなぁ…。デカイ国は、考えることもでっかいぜ。」



と、カイル君も、紫禁城の大きさに感激している。



 案内人のジェンユ君を先頭に、そんなアリ君とカイル君を引き連れて、私は、受付の門番さんの所に向かった。


 長い受付の列に並んでいると、ジェンユ君が思い付いた様に言った。



「トリスのねぇちゃん。あのさ、もしかして、おいらの慣れ親しんだ、スラムやあまり観光向けでない所にも、興味があったりするのか?さっきのアリのにぃちゃんの話振りから、嫌な予感がするんだけど。」



「あっ…馬鹿っ…!トリスにそんな話を聞かせたら…」



 アリ君が言い終わらないうちに、私は勢い良く断言した。



「何ですって!そんな場所まで案内出来るんですか?是非行きたいです!」



 アリ君とカイル君が、あちゃ〜と額に手を当てている。



「ほらな。言わんこっちゃない。仕方無い。ジェンユ。ここは、私達だけでも見学くらいは可能だろう。すまないが、その場所の下調べだけでもやっておいてはくれないか?無論、危ない真似はするんじゃないぞ?出来る範囲でいいんだ。多分だがな。コイツは、面白そうな事を見逃す性格をしてないからな。後で必ず向かうはずだ。」



「分かったよ、アリのにぃちゃん。…苦労してんだな…。」



「私はコイツらの軍師だからな。出来るだけ、準備は万端にしておきたいんだ。だから、頼む、ジェンユ。これが、調査資金だ。くれぐれも、無理はするなよ?お前に何かあったら、トリスは絶対見捨てないからな。」



「心得たぜ。じゃあ、おいら、行ってくるね!」


 ジェンユ君はそう言うと、颯爽と駆けて行った。





 ジェンユ君を見送って、いよいよ私達の順番が回って来た。私は懐から、セスさんのメモ書きを取り出した。そして、受付にそのメモ書きを渡そうとした。

 その時だった。


「お待ちしておりました。トリスティーファ・ラスティン様御一同様ですね。お伺い致しております。此方へいらしてください。主のもとへ、ご案内させて頂きます。」


と、声を掛けられたのは。

 振り返ると、其処には、かなり身形の良い上級女官と思われる女性が立っていた。セリカのヒトに多い、一般的な黒髪、黒目の平凡な顔付きをした、これといって特徴の無い容貌をしている。

 門番達は、彼女を確認すると、さも当然の様に、


「はっ!猫娘(まおにゃん)様。此方の方々の入城を確認しました!どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ!」



と、私達を城内へと入る事を認めた。

 その事によって、私達は、疑問はあれど、猫娘(まおにゃん)と呼ばれた彼女に着いて行くしかなくなった。


「疑問はあるかとは存じますが、どうぞ、今はわたくしの案内にお任せくださいませ。悪い様には致しません。」


 にこやかに微笑んで、彼女は私達が着いて行く事を疑わない足取りで、先へ先へと歩き出した。見失う訳にはいかないと、私達は慌てて彼女の後を追う。

 上級女官らしい彼女は、香を焚き染めたと思われる薫りを漂わせていた。更に、城内は、様々な香を焚いてあり、嗅覚を遮断するかの様な空間だった。

 けれども、不思議と、私の鼻は、薫りを嗅ぎ分けられた。

 だから気付いたのだが…猫娘(まおにゃん)さんの通る道には、ヒトが通った形跡が無かった。

 何処か特別な場所に、特別なルートで案内されているらしい。





(何故かしら…?彼女が私達を知っていたのは…。私に会いたいという、彼女の主って、何方なのかしら…?セスさんのメモ書きって…どれ程の効力を秘めているのかしら…?)




 ぐるぐると巡る思考をさ迷わせながら、私は考えた。

 と、ある部屋の前で、猫娘(まおにゃん)さんが立ち止まった。



「此方の部屋へ、お入りください。詳しい事は、この中でお話し致します。」



と、またもにこやかに、彼女は言った。私は、彼女のその笑顔を見て、違和感を覚えた。ほんの微かで、以前にもあった感覚だった。


(また、試されてる…。)


 そうは思ったものの、まだ、指摘する時期が来ていないと言う事も直感した。

 だから、私は、


「分かりました。ありがとうございます。」


とお礼を言って、室内に入った。






 私が部屋に入り、罠などが無い事を確認すると、アリ君とカイル君も入室し、最後に猫娘(まおにゃん)さんが自ら扉を閉めて、中に入って来た。




「どうぞ、お掛けになって、暫し、此方でご歓談ください。」



 彼女はそう言うと、奥の間へと入って行った。


「なあ、どう思う?」


 カイル君が、この厚待遇に疑問の声を上げる。


「もう暫くは、要観察、だな。敵と結論付けるのはまだ早い。」



 アリ君にとっては、既に仮想敵な様だ。



「私が思うに…。」



と、私が意見を言う前に、奥の間から、人影が現れた。



「やあやあ。よく来てくれたね♪みんなのアイドル、セスちゃんだよ♪普段は皇帝陛下の女官をしてるんだ。陛下の目となる為に、アイドルを兼任しているのサ♪」



 明るい口調で現れたのは、既にお馴染みのセスさんだった。彼女もまた、高級女官の格好をしていた。先程の猫娘まおにゃんさんとは、違う香を焚き染めている。



「やはり、セスさんでしたか。高級女官との兼任はお忙しいのではないのですか?」



「そんな事は無いよ♪色々情報を集められて楽しいんだ。ぼくの正体もはっきりしたろ?改めて、トリス、ぼくとお友達にならないかい?」




 彼女はそう言うと、右手を差し出してきた。


 社交性の薄いと自負している私である。友達になってくれると言う申し出は、とても嬉しかった。


「此方こそ、お友達になって頂けるなんて光栄です。ありがとうございます。」


 ニコニコしながら、彼女の手を取り、握手した。


「良かった…。拒まれるかと思ったよ♪」



「まさか。お友達になって頂けるなんて申し出、私が断れる訳ないじゃないですか!」



 私のその言葉を聞いたセスさんは、にこやかに微笑んだ。私は、直感的に、


(まだ、試されてる…。)


と感じた。



「良かった!で、実はね?ぼくのお友達を、陛下に紹介しなきゃならないんだよ。陛下も、君らに注目しててさ。悪いけど、謁見してくれるかい?」



「皇帝陛下と、謁見、ですか?一介の旅人である私達が、陛下のお言葉を賜るのは、異例なのではありませんか?」



「そうだね。でも、さ。」



 すっと笑みを深めて、セスさんは言った。



「陛下に逆らうなんて不敬、ぼくらに出来ると思う?」



「…ー無理、ですね。セスさん、嵌めましたね…?」



「ふふふ。ごめんね?トリス。こうでもしないと、君らは陛下との謁見、なんて、してはくれないだろ?ぼくの顔を立てると思ってさ、ちょっとだけ、付き合ってよ♪」



「ふぅ。分かりました。見られるのは緊張しますが、他ならぬお友達の頼みですもの。腹を括りますよ。セスさん。」



「トリス。セスちゃん、かセスでよろしく。さん付けは、背中がムズムズする。…友達だろ?」



「分かりました。セスちゃん、ですね。」



「うん♪それでこそ、友達だよね♪じゃあ、ぼくは、キチンと女官として案内するからさ。身形を整えて、謁見の間に向かおうか。」



 セスちゃんはそう言うと、置いてあった鈴をチリリンと鳴らした。

 すると、猫娘(まおにゃん)さんをはじめとした女官の皆さんが、タイミングを見計らっていたかの様に、様々な衣装道具を手に部屋へと入って来た。


 そして、有無を言わさず、私達は、セリカ風でこそ無いものの、ハイルランドでも上等な絹の礼服に着せ替えられ、髪を整えられ、ピカピカの靴を履かされ、最後にメイクアップまで施されて、謁見の間へと、導かれたのだった。






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