表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~セリカ~
60/151

6  帰路~セリカにて.5~


6、セリカにて 5






 狼鷲人(おおかみわし)であるグリーンヒル先生が結婚していた事実に、私達が驚愕したのには、訳がある。

 狼鷲人という種族は、基本的に険しい山奥にしか棲んで、めったに下界に下りてこない。《神々の欠片》を宿した人物が、『欠片を空へ還す』という使命を果たす為に稀に人里に下りてくるのである。更に、彼らは、基本的に、自種族としか番わない。

 なのに、グリーンヒル先生は、桃李小老師と結婚していたのである。

 しかも、明らかに強者である李小老師と。

 以上の理由により、グリーンヒル先生の結婚の事実は、私の常識をガラガラと崩してくれた。

 しかし、それは、いい意味での、目から鱗が落ちる事例だった。

 何故ならば、どんなに困難な恋愛に見えても、成就する目があるかも知れないと、思わせてくれたからである。


(私のアリ君への恋心も、捨てずに大切にしていてもいいのかもしれませんね。)


 そう、肯定的に自分を見つめ直すきっかけにもなったのだ。



 さて、私は、ハイルランド語での手紙を書き、ミールック便にそれを託した訳だが、他国に来て、言葉に不自由した様子が無いのを疑問に思わなかっただろうか。

 言語に不自由しない事。実はそれには理由がある。大学で言語学を学んだ事もあるが、それ以上に、《神々の欠片》を宿した事が大きく関係している。《神々の欠片》を宿した人物の多くが、あらゆる言語を理解する、という特殊な力を有するのである。中には、動物とも会話が可能になる者も存在する。私もまた、その一人である。

 それもあり、私の鋭敏な聴力は、様々な人の言葉を拾い、様々な動物の会話を拾う。その多様な音は私の精神を、圧迫する。私が人混みを苦手とする由来の一つでもある。





 それはさておき。


「さてジェンユ君。私達の用は一応終わりました。しかし、時間がまだたっぷり余っているのですよ。という訳で、セリカ観光をしたいのですが、何処か楽し気な所はありませんか?」


 神拳寺での修行体験を終え、私達は、暇になってしまった。だから、当初の予定通り、セリカ観光をしようと言うことになったのだ。


「せっかくだから、西安の動物園なんてどうかな?セリカでも珍しいパンダが居るので有名なんだよ。」



 ニコニコしながら、ジェンユ君が答えてくれる。

 私は、カイル君とアリ君に目配せして、意思を確認する。カイル君もアリ君も、私と想いは一緒みたいである。首を縦に降って意思を表明してくれた。

 私は二人の意思を確認すると、うん。と頷いた。


「ジェンユ君、是非行きましょう、動物園!」





 そして、向かった西安の都は、人でごった返していた。



「うぇぇぇぇぇ…人混み…怖いし…酔うし…クラクラしますぅ…」



 私は、生来、人間社会というものが苦手だが、この国は別格で人口が多かった。ハイルランドでの祭日以上に人が犇めいているのだ。

 アリ君(保護者)の背後にしがみつきながら、私は震え上がっていた。


 そんな私を見て、ジェンユ君が呆れながら教えてくれた。


「トリスのねぇちゃん、この国、セリカの人口を甘く見てないか?戸籍に載ってるだけでも、1億人の人口を抱えているんだぜ?主都の西安に住んでいるのは、凡そ300万人だよ。動物園の人数なんて、そのほんの一部にしかならないぜ。」



「…何…だと…!!」



 この情報に、一番驚愕していたのは、人混みの多さに怯える私でも、カイル君でもなく、ハイルランドとの余りの国力差に唖然とする、軍師アリ君だった。



「つまり、軍事力は一軍10万人では足らんと言うことかっ…!」



 軍師として、戦術を修める者として、捨て置けない情報だったらしい。

 アリ君の呟きに、ジェンユ君は律儀に答えてくれた。



「皇帝ウラディミカ陛下の近衛である禁軍の常駐兵だけで、80万人だね。その他に、英雄の名前を受け継いだ12の将軍、12神将っていうんだけど、その方々が、それぞれ独立して20万人は常駐軍を抱えているんだぜ。」



「なっ…!」




 珍しく、アリ君が絶句して固まっている。



「凄い事、なのですか?」



 戦術と戦略の素質は無いと楊先生に太鼓判を押された私には、その凄さが分からなかった。だから、素直に、アリ君(その道のプロ)に教えを乞うた。


「トリス。あのな。バルヴィエステ神国を基(はじめ)としたハイルランド及びその周辺国の総人口が幾らか、知ってるか?」



 ぐぎぎっ…と顔をぎこちなく此方へと向けて、アリ君が聞いてきた。



「いいえ、知りません。どの位なのですか?」




「驚くなよ?ハイルランドだけで凡そ300万人くらいだ。バルヴィエステ神国を併せると凡そ800万人だな。それでな、集められる総兵力だがな、雑兵も合わせて、まぁ、権力争いで絶対力を合わせる事は無いんだが、それでも無理矢理色々と力を集結できた、と仮定するだろ?それでも、精々20万人くらいだ。この中には、無論、民兵も含まれる。」



 (…ん?何かおかしな数字差があったような…?)




 私の頭が真っ白になる。



「え?ハイルランド全土の人口、西安の都の人口より少ないのですか…?更に、ハイルランドの軍事力、セリカの禁軍より全然少ないんですか…?しかも、民兵も含めてって…。訓練されていない民兵は、訓練を受けた兵より弱いんですよね、確か。」



「そうだ。」


 青い顔をして、アリ君が答えてくれた。


「勿論、自国や自領を守る兵力も併せて、の数字だからな。実際に動かせる兵力は更に低い。更に言うとな。資金と糧食の問題もある。ハイルランドは涼しいからな。作物が育ちにくい。つまり、長くは軍隊を維持出来ない。それにな。国と言うものは、余力さえあれば、あ~…隙さえあればな、領土を拡大しようとするものなんだ。もし、絹国(セリカ)とハイルランド全土が近い距離だったら、ハイルランド地方なんて、あっという間に征服されているぞ。」


 そんな話をしていたら。



 後ろから、明るい女の子の声がした。



「それは無いよ♪セリカは他国不干渉で、技術流出を防ぐ、鎖国の国だからね♪」




 その声に振り返ると、セミロングの黒髪を靡かせた、ボーイッシュな美少女が立っていた。上等過ぎないけれど、品格を損なわない、なのに庶民的な空気を纏った女の子だった。


「あ~!セリカ1のアイドル、セスちゃんだっ!おいら、初めて会ったよ!サインくださいっ!」


 ジェンユ君が、取り乱して、真っ赤になりながら言った。



「わぁ、嬉しいな。ぼくのファン?でも、今、ぼくはオフだから、出来れば静かにして貰えると助かるな♪」



「もっ…勿論ですっ!」


 ジェンユ君が余りにも狼狽えるので、私は、


「すみません。せっかくなので、何処か個室で話しませんか?周囲の視線も痛いですし、先程のお話を詳しくお教え願いたいですから。」


と、申し出た。声を掛けてくれる、という、縁を繋ぐ行為を、私はとても尊いモノだと認識している。だから、せっかくの機会を無駄にしたく無かったのである。



「いいけど、パンダを見てからにしようか♪せっかくセリカに、しかも動物園に来くれているんだし、ね?異国の方♪」



 小首を傾げて、可愛く誘う、セスさんに。私はハッとした。挨拶を忘れて居たのだ。



「すみませんっ!申し遅れましたっ!私は、ハイルランドから来ました、トリスティーファ・ラスティンと言います。よろしくお願いいたします。」



と、慌て名乗った。私の流儀に合わせて、アリ君達も名前を告げた。



「アリだ。先程の話、是非とも詳しくお聞かせ願いたい。」



 アリ君にしては珍しく、丁寧な物腰。私は心の中が、微かにどろり。とする感覚に見舞われた。恋心とは儘ならないモノである。ちょっと自己嫌悪に陥りかけた私の空気を、


「俺はカイル。よろしくな。」



と、ニカッと笑った、カイル君の挨拶が払拭してくれる。



「おいらは、ジェンユ。トリスのねぇちゃん達を案内してるんだ!」



 今度は自分の番、とばかりに、ジェンユ君も名乗りを上げた。



「ジェンユ少年も言っていたけど、ぼくは、皆のアイドル、セスちゃんだよ♪よろしくね♪」



 決めポーズを取って、セスさんが改めて挨拶してくれた。



「さっ、セリカ名物のパンダはこっちだよっ!いそごっ♪」



 彼女はそう言って、私の腕を掴み、目的のパンダの前まで連れて行ってくれた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ