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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
帰路~セリカ~
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5  帰路~セリカにて.4~


5、セリカにて 4







 荊州から首都西安に向けて馬車に揺られ、グリーンヒル先生の意外な婚姻関係に驚き。私達は、ついに、神拳寺というセリカ特有の武術、八極拳の一門派の総本山に辿り着いた。


「この山の天辺にあるお寺が、神拳寺だよ。セリカ特有の武術、『八極拳』には、『アーツ』と呼ばれる奥義があるんだ。一人につき一つの型しか修得出来ないけど、セリカの魔物とかには、『アーツ』でしか止めを刺せない奴が多いんだよ。」


 そう言って、ジェンユ君が案内してくれた先にあったのは。


 遥かな高みにある山門へと続く長い長い階段だった。


「高いですね。」


 遥か上方彼方に見える門を確認しながら、私が言うと、


「そうだな。」


アリ君も同意した。


「行くの、か?」


 ごくりと、息を飲んだのはカイル君。

 カイル君がそう言うのも無理はない。

 入り口へと続く階段は、軽く見積もっても千段はあるだろうと思われるのだから。


「グリーンヒル先生のご紹介だから、ある程度は覚悟していましたが…、凄まじく敷居が高いお寺ですね。」


 思わずそう漏らすと、


「全くだな。」


「そうだな。」


と、二人も同意してくれた。


「でも、師の期待には応えるのが弟子の努めです。私は行きますよ。」


「トリスが行くなら俺も行くぜ?修行だろ?楽しそうじゃん!」


 カイル君はノリノリだった。流石は己を鍛える事に貪欲なオニッツ家の一員である。


「なぁ。私も行かなきゃ駄目か?私に利は無いように感じるのだが。」


 アリ君が気弱な台詞を口にした。

 私は対アリ君用のとっておきの一言を使ってみる事にした。



「古いお寺には、貴重な古書も保管されているモノとお聞きしています。そして、この神拳寺は武闘派のお寺。もしかしたら、見知らぬ戦術書の一つもあるかもしれませんが、アリ君は気にならないのですね。でしたら、どうぞ街でお待ちください。私とカイル君だけで行ってきます。」


 そこまで言うと、


「それは私に対する挑戦か!?挑戦だな!?戦術書、見せて貰おうじゃないか!」


 アリ君は奮起して、猛然と階段を駆け上がって行った。


「あるかも、ですからねぇ?」


と言う、私の強調は、彼の耳には入っていない様だった。




 そして、息を切らせて階段を昇りきった私達の目の前には、大きな鉄の門が扉を閉ざして聳え立っていた。



《身の丈に合った門より入るべし。何人の前にも門は開いている。》



 門前には、上記の様な内容の立て札があった。


 門は、込めた力の段階毎に開くような細工が施されていた。



「文面を読む限り、鍵は掛かっていないようだな。私は非力だからな。こちらの通用門を潜る事にしよう。」


 アリ君は、正面の扉ではなく、横にある、使用人の潜る小さな木戸を潜った。


 私は、カイル君と目を見合わせて、


「どうします?」


と問いかけた。


「勿論、ここは挑戦を受けるべきだろ!」


 カイル君は迷いなく言って、正面の鉄の門に手を押し当てた。グググッと盛り上がる筋肉。ズリズリと地響きをあげながら、少しずつ開いていく扉。結局、カイル君は、250キロ近い扉を開けた。

 アリ君が入り、カイル君が入った後、私も、此れは修行の一環だと割り切って、カイル君の様に、扉に手を掛けた。

 私はあまりパワーは無いので、75キロの扉を開けるのがやっとだった。



 やっとの想いで山門を潜ると、すぐに受付があった。受付で、コロンさんからの紹介状を差し出し、待つこと暫し。

 現れたのは、均整のとれたスラリとしたシルエットの女性だった。年の頃は、肌艶や表情、印象から、『若々しい成人女性で、私より歳上』、という事しか判断できない、そんな美人である。

 彼女からは、深い経験と、知性、そして、流水の如き武を感じた。

 私は、いや、私達は、即座に胸の前で左掌に右拳を当て片膝をつく礼をとって、挨拶をした。


「はじめまして。荊州は猫手飯店のコロンさんよりご紹介頂きました、ハイルランドのグリーンヒル先生の弟子トリスティーファ・ラスティンと申します。体験修行をさせて戴きたく参りました。よろしくお願いいたします。」


「トリスの旅仲間のカイル・オニッツです。セリカの武術に興味があってきました。よろしくお願いします。」


「アリス・トートスだ。アリでいい。二人の軍師をしている。戦術についての書物があるのなら拝見させて戴きたい。」



 挨拶をする私達を見渡し、彼女は告げた。


「私は、ここで師範をしている、桃李小(とうりしょう)といいます。君たちの要望、聞き届けました。どれだけついてこれるか、楽しみにしていますよ。」


 すぅ。と息を吸うと、桃李小老師は、それぞれに指示をだした。


「神拳寺に入るまでの様子は見ていました。その上で、それぞれにあった修行を致しましょう。まず、アリと言いましたか。君には、体力や素早さの修行より、知識面での強化の方が向いているでしょう。彼方の書房にて、写本をなさい。終わるまで、出ることが出来ない様になっていますので、心してかかるように。次に、トリスとカイルでしたか。あなた方には、この滝を登って貰います。では、始め。」


 さらりと、凄い難題を告げられた様な気がしますが、それぞれ課された課題に取り組んだ。

 アリ君だけ、書房へと向かう。

 私は、木陰で入浴着に着替えると、激しい流れの川底の石を足の裏で掴む様に蹴りながら、進む事にした。

 冷たい水の水圧で、身体が重い。

 だけど、遣り甲斐がある、と感じた私は、滝の壁面にある出っ張りに手を掛け、足を掛けしながら、素早さにモノを言わせて登りきった。

 30メートルくらいある滝を、私は約5分、カイル君は約3分くらいで登ったのだが、登った先には、既に李小老師が待っていた。


「よく出来ましたね?リタイアも考えていたのですが、がんばりましたね。ご褒美です。焚き火で身体を暖めていいですよ。」


「「はいっ!老師!」」



 そして服が乾く頃。

 次は陸上での修行だということで、私はいつもの服に着替えた。

 待っていたのは、岩を割る、と言う修行だった。

 武器の使用は可能、という条件だった。


 型を教えてもらい、ひたすら岩と向き合う。


 残念ながら、私にはあまり適性が無かったらしく、5つ目を境に、先には進めなくなった。

 逆に、カイル君は、どんどん岩を破壊していく。斬鉄剣は伊達ではない。

 そうして、日が傾こうかと言う頃、カイル君が、桃李小老師に申し出た。



「手合わせをお願いします。」




と。




 カイル君が、桃李小老師との手合わせを望んだので、私も、何か八極拳の修得は出来ないかと、ドキドキしながら訊ねてみた。

 桃李小老師曰く、


「トリス。貴女には、生きる気力、生気と言うものが足りません。闘気も弱い。まずは、貴女に足りない、『生きたいという意志』を身に付ける事から始めてください。手合わせも、それらが身に付いてからですね。」


と、有難いお言葉を賜った。

 つまり、一刀両断で断られてしまったのだ。


 桃李小老師の見立てによると、私には全く、『武徳』というか、八極拳の、その素養、というか、適性が無いらしい。

 どうも、覇気や闘気や生気の類いが不足している、との事である。

 思い当たる節はある。というか、納得である。なにせ私は、誰かと相対したら、闘う前に親睦を深めたいし、相手の立場や心情を慮るし、戦闘向きの性格をしていないのである。更に、自分より他者の方に重きを置き、尚且つ。常に消滅願望が心の片隅にあり、『自分』と言う意識を保つ事に全力である。そんな私に、覇気や闘気がモノを言い、生気を高める為の武術である八極拳と相性が良いわけが無いのである。


 だが、他者の戦闘、手合わせ等を見学する事により、学べる事もあるので、カイル君と老師の手合わせを見学する事になった。見識を深める、という事もあるが、他者の闘気や覇気に触れて、私の生命力をパンプアップする目的もあると説明を受けた。


 そんな訳で、カイル君と桃李小老師の手合わせが開始された。



「よろしくお願いします!」


 カイル君が頭を下げ、礼をする。

 老師も礼をし、手合わせの開始である。



「始めに言っておきましょう。私からは攻撃しません。君が私に一撃当てられたら君の勝ちです。じゃあ、来なさい。」


 肩幅に軽く足を開き、腰を落とす、そんな構えすら執らず、老師は悠然と立ってカイル君を見据えている。


 カイル君は、


「どっからでも、こいってか。やってやるさ!」


と、小さく気合いを込めて、愛剣を握り、老師に向けて打ち据えた。

ブンッと唸りを上げて打ち払われたカイル君の一撃は、けれど、老師の流れる様な足さばきで以て、紙一重で避けられる。

「まだまだいくぜ!」


 挫けないカイル君は、連続して攻撃を重ねて行く。

 そんなカイル君から次々と繰り出される一撃を、その都度最小限の動きでヒラリヒラリとかわして行く老師。


「甘いですね。そんなモノですか?」


 諦めずに、老師に立ち向かうカイル君に、挑発的な言葉を投げ掛ける老師。その顔には余裕の笑みさえ浮かんでいる。



 二人の攻防は、10分以上に渡った。



 その間、一撃も、桃李小老師には当たらなかったのだ。


「まだまだあぁ!」



 いくらかわされ、捌かれても、諦めずに立ち向かうカイル君に、老師は嬉しそうに、少し口の端を上げる。


「まだ、諦めませんか?」



「当たり前だ!くっそっ!意地でも一撃当ててやるっ!」


 そう言って突っ掛かるカイル君。



 更に時間は流れて。


 カイル君が、汗だくで呼吸も上がってきた頃。


「頑張りますね。では、試練です。私からの一撃を捌いてみてください。殺さない様に加減はします。うまく受け切れれば、貴方に新しい力を教えましょう。」


 ニッコリ笑って、老師は言った。


と、カイユ君の了承を得る前に、ビュッという風音と共に、右手でカイル君の剣を鍔元から跳ね上げた。そして、左手でカイル君の腕を押し上げた。そのまま、カイル君をぐるりと回転させるように地面へ向けて、老師の右肘が、カイル君の腹に叩き込まれた。

 まるで、お手本の様な、舞いを見ているような、華麗な肘鉄だった。

 カイル君はなすすべもなく、地面に叩き付けられた。



 私は目を見張った。

カウンターの得意なカイル君が、カウンターを掛けれなかったからだ。



「いいでしょう。合格です。」



 ガハッと胃液を口から漏らしながら膝を着くカイル君。

 そんな彼に、老師は合格を言い渡したのだった。


 ゼイゼイと呼吸を整えて、カイル君は老師に問うた。


「カウンターをしようとしたんだが、出来なかった。腹筋を絞めて構えるだけでやっとだったんだけどさ、あの技は一体何なんだったんだ?」


 不思議そうにカイル君は尋ねた。


「あれが、君が習得出来そうな技。八極拳奥義の一つ。名を『外門頂肘(がいもんちょうちゅう)』と言います。覚えられる機会は生涯に一度だけ。今だけ、君にはこの技を修得できる可能性があります。やりますか?」


「ここまで来て、引き下がれるかよ!やってやらぁ!」




 そうして、カイル君は、『外門頂肘』という技を修得した。



 私は、見修という形で体と精神の修行を、アリ君は、写本という精神修養を学ばせて頂いた。




 セリカとは、奥深い文化に支えられた国だと感じた修行だった。



 私は、早速手紙に今回の成果やお礼を認めると、グリーンヒル先生に定期報告を送る事にした。ついでに、奥様の凄さに感服した事も綴ったのは、当然の事だと思う。






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