3 北極圏編~氷の女王|《クリムシューゼン》~
3.氷の女王《クリムシューゼン》
結論から言うと、アズライトさんは、いつの間にか一緒に行動する、という事になっていた。それは、流氷の海を航るまで、という条件の下で、ではあったのだが。
出航を楽しみにしていたその夜。
事態は急変した。
豹頭の神シュレノスの情報が、グインさん達の下へと舞い込んだのだ。
正確には、その情報を持っている人物が、陸づたいの集落に向かって出発した、という情報が、である。
「グイン、君の大事な情報だよ!追いかけようよ!」
マリウス君がグインさんに必死で奨める。
「だが…。」
言い澱むグインさん。
私は見ていられなくなって、つい、口に出していた。
「グインさん。私も、グインさんのその情報は重要な気がします。グインさんも気になっているのでしょう?なら、心のままに、直ぐ行動すべきです!」
グインさんは数秒思案すると、
「ああ、そうだな。そうさせて貰おう。」
と、力強く頷いた。
そうして、グインさん達は、急ぎ出発することになった。彼に追い付くために、
「安心しろ。彼らは安全に近くの漁港まで連れていってやる。」
と、カメロン船長が請け負ってくれた。
それに対し、
「では、うちはトリス達の旅を手伝おうかのぅ。楽しそうじゃし♪」
と、私達の方も、ジェラート副船長がいや、ジェラート船長が乗せてくれると確約してくれた。
「またな。マリウス。グイン。ちょっとの間だけど、共に過ごせて楽しかったぜ。」
「私も、良い経験をさせてもらいました。お互いの旅路に、幸運のあらんことを。」
「ああ。こちらこそ、だ。よき旅路を。」
「いつか、君らの耳に届くくらいのグインのサーガを詠うからね♪」
「ああ、楽しみにしているぞ!」
慌ただしくではあったけれど、それぞれに、別れを告げ、グインさん達とは、違う旅路を行く事が決まったのである。
その夜。
ジェラート船長の部屋で、私とジェラート船長は、地図を眺めながら、行き先に着いて話し合っていた。
「トリス、お主は何処に向かっておるのかのぉ?」
「私は私の運を試しながら、世界を見て回りたいんです。」
「なるほどのぉ。楽しそうじゃ♪とことん付き合ってやろうかの。」
「ありがとうございます。ジェラート船長。という訳で、とりあえず、コレで方角を決めようと思います。」
そう言って、私は懐から取り出した木の棒をパタリと倒したのだった。
行くべき先は決まった。
翌朝、出航の準備が整うと、私は目的地を指差して言った。
「次の路はあちらです!」
その方角は、来た路を背にした時(南を向いた時)、やや北を指し示していた。
「ちょっと待て、トリス!戻ってないか?戻ってるよな、どう考えても!」
若干頭を抱えながら、アリ君が言う。
けれど、間違っていないのだ。
何故ならば、私の旅の目的は、『自分自身を好きになれるように、取り敢えず何でもやってみる事』なのだから。
だから、満面の笑みで答える。
「え?戻ってなんかいませんよ♪先へは進んでいます!やだなぁ♪」
若干、顔を引き吊らせながら、カイル君も言った。
「トリス?南を目指して文明圏に行くんじゃないのか?」
「違いますよ?自分を試す為の旅なのです。ゆっくり戻る予定です♪」
やはり私は笑顔で言い切った。
「ではゆくのじゃ〜!」
ジェラート船長が、高らかに宣言して、船は出航した。
そうしてかれこれ五時間が経過した頃だったろうか。
私達は、寂れた港跡地の様な場所に突き当たった。
ちょうど、ジェラート船長の船を停泊できる位の桟橋が、氷の大地にポツンと設置されていたのである。
そして、桟橋から丘に上がった正面に、キラキラと太陽光を反射して輝く、神殿を発見したのだった。
こんな場所を見つけて、黙って引き返せる私では無い。
冒険してみたい、探検してみたい、という好奇心でいっぱいになった。
「アリ君、カイユ君、ジェラート船長、アズライトさん。私はこの遺跡?神殿?に興味があります。探検しても、いいですよね?」
散歩を待ちわびるワンコみたいに、興奮を抑え切れない私。
「私は、君がここに導かれている気がする。トリス、行くなら私も一緒に行こう。」
アズライトさんが真っ先に賛同してくれた。
「トリスが行くなら、俺も行くぜ?俺も、探検は楽しそうだと思うしな。」
カイル君も賛同してくれた。
アリ君は…。
「はぁ。」
と、何か諦めた様に溜め息を吐いて、
「仕方あるまい。お前らだけでは不安だからな。着いていってやろう。決してこの遺跡の様式が気になったからとかではないぞぅ。仕方無く、着いて行ってやるんだからな!」
と、断言して、着いて来てくれる事になった。
神殿の中に入ってみると、そこは一面、クリスタルで出来ているかの様に何処までも透き通っていた。どうやら、透明過ぎて、蒼く見える氷で出来ている様だ。
細かなレリーフがびっしりと柱や壁を埋め尽くしている。
今まで見たことも無い様な不思議な柄だった。
あらゆる言語に精通している私でさえ読めない様な文字で記されているらしい。
様々な神話や、叙事詩を綴ってある事は理解出来るが、神や英雄の名は解らなかった。
扉などは無く、吹き抜けで出来ている構造なのに、暖かい。決して荒らされる事の無い魔法が施されているらしい。
…残念ながら、私達は、魔術の才能を持っていないので、これは憶測になるのだが。
『よくぞ辿り着きました。』
不意に、私達の頭に響く声と、頭に浮かぶ女神の姿。その姿は、月の光を凝縮したかのような、神々しいオーラを纏っていた。
『邪悪なる、炎の悪魔と相対する定めの者よ。貴女方が来るのを、待っていました。』
急に聞こえてきた声と姿に、私は背筋を伸ばして、
「はじめまして。私はトリスティーファ・ラスティンと申します。どういう事なのか、ご説明頂けますか?」
と、聞いてみることにした。
『いきなり言われても困るでしょうから、まずは此方へお越しください。大丈夫です。罠は在りません。』
彼女がそう言うと、来てほしい順路を示す様に、床に矢印が浮かび上がった。
私が、
「此方ですね♪」
と、わくわくしながら進もうとすると、其れを阻む様に静止の手が行く手を塞いだ。
「おい。私はこいつ(トリス)と違って用心深い性格をしているんだ。お前の言う通りにして、此方に害は無いのだろうな?」
アリ君が、私を指差しながら、彼女に問う。
彼女はニコリと微笑み、
『私は邪なる者では在りません。その様な事は致しません。勿論、順路を外れてしまわれる方には、それなりの対応をさせて頂いておりますけれども。信じるか否かはそれぞれにお委せ致しております。』
と、それはそれは慎ましやかにおっしゃった。
アリ君は…。
「それは私に対する挑戦か?挑戦だな!?いいだろう。受けて立つ!」
だそうで、行く手を塞いだ手を解放してくれた。
私は微塵も疑いもせずに、彼女に導かれるままに、足を進めたのだった。
何事も無く、神殿の最奥まで案内されると、其処には、一際大きな氷柱が、クリスタルの様に聳え立っていた。
其処は、祈りを捧げたくなる様な、厳かな空間だった。
彼女は、正面に立ち、昊に祈る様に、氷柱の中心に、氷漬けになっていた。
間違い無く、此処が彼女の為の神殿であることがうかがい知れた。
彼女は、御神体であり、女神なのであろう。
皆一様に、唖然として、この光景に魅入っていると、彼女が語り始めた。
『ご覧の通り、私は此所に眠る存在。私は永きに渡り、炎帝ベリアルと相対する宿命の者を待ち続けていました。私の名は氷の女王《クリムシューゼン》。炎帝ベリアル、今は魔神ベリアルでしょうか。かつて、彼と激しく相対していた者です。』
脳裏に映像と声とが浮かぶ。
魔神ベリアルと、氷の女王クリムシューゼンが、激しく戦っている。
大地は砕け、氷と炎がぶつかり合い、もうもうと水蒸気が上がっている。
その映像の中でさえ、魔神ベリアルは強かった。ふてぶてしくも不敵な笑みを浮かべ、配下を引き連れて。
『…ですが、彼は余りに強大でした。私は力の殆どを使い、彼を何とか封印する事に成功しました。代償として、私は此所に眠りに付く事になりましたが。』
残念そうに微笑む、クリムシューゼンさん。
キッと強い眼差しで私達を見詰めると、彼女は話を続けた。
『今でこそ、私は自力では動けない存在になってしまいましたが、出来る事もあります。私は、その為に、今も尚、ここに居るのですから。』
そう言うと、彼女は私とカイル君を指差した。
『貴女と貴方。武器から、魔神ベリアルの波動を感じます。最近、彼と刃を交えましたね?此方に来てください。』
私とカイル君は頷き合い、クリムシューゼンさんの前に進み出て、片膝をついた。
『貴殿方の、愛剣を頭上に掲げてください。貴殿方が魔神ベリアルと呼ぶ存在に、真の死を与える《希望の光》を付与します。もしまた魔神ベリアルと相対した時の、切り札となるでしょう。』
そうして、私とカイル君の愛剣には、氷の女王クリムシューゼンさんの祝福による加護、《希望の光》が授けられた。
『私は、また暫く眠ります。どうか、魔神ベリアルと相対する機会があれば、役立ててくださいね。そうそう。この神殿は、私が眠りに就くと、島ごと沈む仕様になっていますので、早めに脱出してくださいね。具体的には、あと五分もすると出られなくなるでしょう。では、幸運を祈ります。』
言うだけ言うと、クリムシューゼンさんの思念体?は消えた。パラパラと、氷の欠片が降ってきた。
「不味い!急ぐぞ!脱出だ!」
逸早く状況を飲み込んだアリ君が、皆を覚醒させる。
その後はダッシュで、ジェラート船長の待つ船へと滑り込んだのだった。
無事に人心地に着いて、私とカイル君は、改めて自分の愛剣を見ながら興奮の溜め息を吐くのだった。
何しろ、女神の祝福なんて、初めての経験だったのだから。
その夜は遅くまで二人して愛剣について、話し込んだのだった。
次回、あの人再登場です。