17 放浪|(たび)の始まり~賢者ロカンドロス様~
よろしくお願いします。
7.賢者ロカンドロス様
キタイを抜けて、3日が過ぎた頃。
「周辺住民によると、この峠を越えれば、賢者ロカンドロス様の隠凄なさっておられる場所に辿り着ける様だぜ。」
案内人のフェイフェイ君が言う。
そのフェイフェイ君曰く、ここは既に北極圏に入っているらしい。見渡す限り、真っ白な世界である。
但し、夜には空に光の帯が舞い踊り、幻想的な星空を見る事が出来た。
生活物資には乏しそうな土地ではあるが、ロマンチックな景色は絶景と言えるだろう。
(住むのには勇気のいる土地ですが、こんな夜景の中で好きな人と過ごせたら、素敵でしょうね。)
夜空を見ながら、そんな事を考えた。
しかし、直ぐに天候が変わるのが、この北極圏と言うところの恐ろしい所である。
晴れていた夜空は、10分としないうちに曇りだし、たちまちブリザードに襲われた。
私達一行は、テントのなかで、恥も外聞もなく、皆一様に肩を寄せ合い、少しでも暖を取ろうと塊になった。好きな異性と密着☆ラッキー♪とは、間違っても思えない程の寒さである。
ブリザードは、その後2日に渡って猛威を振るった。
漸く峠を越えると、フェイフェイ君の言った通り、一軒のログハウスが見えて来た。
遂に、目的地に、辿り着いたのである。
「久しぶりにお会いするロカンドロス様。緊張しますわね。トリスちゃん、わたくしは身仕度をしてからご挨拶致しますわ。先に行ってて頂戴。時間はかけないわ。」
この中で唯一、直接賢者ロカンドロス様にお会いした事のあるおねえ様がテントから首だけ出して告げた。
「わかりました。では、先にご挨拶しておきます。」
私達は、ログハウスの前に立ち、姿勢を正した。
スーッハーッと、深呼吸して、動悸を整え、扉を叩く。
「こんにちは。此方に賢者ロカンドロス様がいらっしゃると伺って参りました。トリスティーファ・ラスティンと申します。ロカンドロス様にお目通りさせて頂く事は可能ですか?」
私は、できるだけ礼儀正しく、はっきり大きな声で来訪を告げた。
程無くして、ギィっと扉が開いた。
中から、暖かな空気と共に人影が出てきた。年の頃は70を過ぎたくらいの、中肉中背の矍鑠としたご老人だった。ふさふさとした白髯と、ゆったりとしたローブが、とても賢者然としている。
「ここまで、よく足を運んでくれたね。歓迎するよ。ラスティン家の者と、その仲間達。お主も、久しぶりじゃな。領主夫婦は息災か?長い話になりそうじゃし、一度中に入るがええ。」
ロカンドロス様がそうおっしゃったので、私達は、部屋へと足を踏み入れた。
順に席に着いた後。
カツカツカツ。
私達の前を、足音を鳴らして、颯爽と歩を進める人影があった。唖然とするフェイフェイ君とアリ君とカイル君を尻目にキリリと顔を上げている。
その人は、さらさらの腰まで届く金髪を貴族の子弟らしく後ろで一括りに結い、家紋入りの貴族の正装をしていた。
ロカンドロス様の前まで来ると、すっと一礼して告げた。
「突然の訪問、失礼致します。私は、ラスティン家当主代理、エリオス・ラスティンと申します。妹、トリスティーファをお救い頂き、ありがとう存じます。一族の代表として、お礼申し上げます。」
彼は、アリ君の前を通りすぎる時に、意味ありげにウインクをした。
一瞬、呆けるアリ君とカイル君。
そして、彼らは絶叫した。
「「うぇぇぇえぇぇ!!!エリス、お前男なのか!?」」
「そうですが、何か?私は一度たりとも、トリスの姉だとは名乗っていませんよ?勘違いしてもらっては困りますねぇ♪」
イタズラ成功♪とばかりに、嬉しそうに告げるエリオス。
出会い頭に頬にキスされていたアリ君は余計にショックだった様だ。顔面蒼白である。
種を明かそう。
そう。おねえ様は、我が家の長男、エリオス・ラスティンという、立派な成人男性である。女性になりたい、という願望がある訳ではなく、自分の容姿に相応しい格好をするのが好きなだけの、困った性格をしている男なのだ。
私が彼を『おねえ様』と呼ぶのは、女性の名と姿をしているときは、それに相応しいように振る舞え、という、お兄様の要望に応えようとの妹心の現れである。
間違っても、『オネェ様』ではない。
因みに、兄と双子の姉もいるのだが、彼女はそんな兄を毛嫌いしている。
兄は不死者である。不死者とは、《神々の欠片》をその身に宿した、輪廻転生の環を外れた存在であり、歳を取らずに永遠を生きる者の事である。その為、彼は、十代後半の姿のままで、女装をしているのである。
歳を重ねる姉とは違い。
そのふざけた性格も、姉の逆鱗を逆撫でするので、余計に質が悪い。
そんな彼が、我が家の長男であり、当主代理なのである。
「ホッホッホッ。エリオス殿も大きゅうなられて、なりよりなにより。トリスティーファ・ラスティンの身体の方も問題無いようじゃな。ちと、精神面に不安があるようじゃが。まぁ、何はともあれ、先ずはスープでもお上がり。外は寒かったじゃろう。暖まりながら話をしようかの。」
ロカンドロス様は、そうおっしゃって、皆を席に案内してくれた。
はっきり言って、私には、ロカンドロス様が自分の創造主である、という認識は無い。記憶のあるところから学園入学まで、自分の身体は普通だと思っていたからである。
だが、身体がクレアータ(生人形)だと理解した今も、自分は自分という認識であり、機械だから創造主の命令は絶対である、とかいう認識は無いのである。
なので、はっきり聞いてみた。
自分が何者であるか、という、私にとって、根幹を為す疑問を。
「ロカンドロス様。まず、貴方が私の身体の蘇生に携わって下さったのは、本当ですか?私は、トリスティーファ・ラスティンの生を奪ってここにいるのではないですか?」
「確かに、儂はトリスティーファ・ラスティンの蘇生に関わっておる。あれは、君が拐われ、自力で逃げ出した後の事。自宅まで後少しの所で、お前さんは馬車に轢かれる事故に遇っての。一度命を落としたんじゃ。その三時間後くらいじゃったかな。偶々通りかかった儂は、お前さんの両親たっての願いで、三日三晩かけて、その身体を造り上げた。まだ、その身体は暖かかったからな。そこに、お前さんのご両親が術式を込めて、生命を定着させたんじゃ。じゃからな。その身体はお前さんの物じゃ。その精神も、ここまでの冒険でしっかりとした自我が宿っておる。じゃから、お前さんのもんじゃと、儂は考えるがの。儂の見たところ、そう見えるの。のう。ラクウィーク?」
不意に、ロカンドロス様は、私の胸元にいるラクウィークさんに話を振った。
『おいらも、トリスはトリスとして、しっかり自我があると思うぜ?』
胸元からラクウィークさんが這い出てきて答えた。
この会話を聞いていたアリ君が口を挟んだ。
「ちょっと待て。なんでここで、その鼠に話を振るんだ?」
もっともな疑問である。
それに対して、ロカンドロス様が答えてくれた。
「それはな。ラクウィークが儂のエルスで、情報を共有できるからじゃな。外界と隔絶しとっても、情報というのは大切じゃからな。彼には、儂の目となり、耳となって貰っとるんじゃよ。」
『トリスの嬢ちゃんがキタイに来た時に傍に居ようとしたのも、ロカンドロス様の指示なんだぜ♪』
えへん。
と胸をはるラクウィークさん。
「じゃあ、トリスの胸元に居ろと言ったのも、ロカンドロス様なのかよ?」
怒気を抑えた声で、カイル君がラクウィークさんを摘まみ上げて聞く。
『いや、それは…ちょっとした男のロマンというか…。』
目を游がせて、ラクウィークさんがしどろもどろに答えた。
「トリスの胸元にいる必要、無かったんじゃないか!」
カイル君は、ラクウィークさんにデコピンをした。
「まあまあ、終わった事ですし、良いじゃないですか。」
私は、二人のやり取りを止めに入った。
そして、ラクウィークさんの秘密が分かったところで、更に私は問い掛けた。
「では、この心の奥底から沸き上がる、『消滅したい』という願望は、何処から来るのでしょう?」
ロカンドロス様は、ちょっと寂しそうな表情をして、
「それは、お前さん固有のモノじゃなぁ。ここまでの人生で、少しは払拭されてはおらんじゃろうか?あまり深刻になるでないぞ?目の前の事一つ一つに集中するんじゃ。周りを見てみい。お前さんを大切に思ってくれておる者もおるじゃろ?それを大切にするんじゃ。」
ロカンドロス様は、はっと思い付いたように付け加えた。
「お前さんを縛っとる、胸の傷も、跡形もなく消すことだってできるんじゃし、生を楽しむ事じゃ。」
私は、意を決して答えた。
「ありがとうございます。ロカンドロス様。お申し出は嬉しいのですが、この胸の傷も、私の一部なのです。この悩みもまた、私の一部であるのと同じ様に。きっと、私はぐるぐる同じ事で悩むんだと思います。でも、消えたい想いに負けない生き方が出来たらと思います。」
「そうか。傷痕を消したくなったら、いつでも訪ねて来るがいい。治してやろう。」
こうして、私のロカンドロス様を訪ねる旅は終わった。
自分自身と折り合いを着けたい、という希望を持つ事で。
第四部これにて終幕です。
次回からはまたちょっと変わります。
お付き合い戴ければ幸いです。
ありがとうございました。