12 放浪|(たび)の始まり~キタイの事2~
よろしくお願いします。
6.キタイの事 2
「良くいらっしゃいました。さぁ、早く中へお入りください。」
中から澄んだ少年の声でお招きがあった。
私達は、失礼の無いように、素早く中に入った。
奥に通されると、其処に居たのは、車椅子に乗った、15才くらいの少年だった。
「ようこそお出でくださいました。私が、この辺りの者の相談役の、リー・リンレンと申します。リーと呼んでください。」
礼儀正しく名乗る少年。その姿からは、傲る事なく、ただ担ぎ上げられた役目を果たす、という真摯な姿勢を感じられた。自然と周囲の信頼を集める、そんな印象だ。
「私は、この一行の旗標というか、この旅の言い出しっぺで、トリスティーファ・ラスティンと申します。宜しくお願いします。ここを抜け、北を目指す事を目標にしています。」
私は緊張しながらも、自己紹介した。
「トリスさんですね。北へは、何故向かうのですか?」
リーさんは、すんなりと私達の目的を聞いてきた。
私は、
「賢者ロカンドロス様にお会いする為です。この街の入り口で、シャオロン君に誘われて此方へ参りました。私達で協力出来る事は致しますので、どうか、私達にも、御協力願えないでしょうか?」
と、更に、この旅の目的、それから、ここに来た経緯、そして要望を伝える。
「勿論です。我々にも、貴殿方の協力が必要ですからね。」
彼はにこりと笑ってそう言った。
友好的な関係が結べそうだったので、話を進める事にした。
「一行の自己紹介をしていませんでしたね。」
そう言って、私は皆を見回す。
「私はアリス・トートス。アリでいい。宜しくな。」
「俺、カイル・オニッツ。宜しく!」
「わたくしは、エリスティーファ・ラスティン。この子達の保護者よ。」
何時もの様に、みんなは挨拶をした。
それから、小一時間ほど、お互いのやりたいこと、出来ることを話していった。
リーさんの話は、次の様なモノだ。
・まず、ここキタイは、ある日突然、幾つかの地域が融合する形でくっつき、壁で覆われた事。
・それをしたのが、竜王と名乗る者である事。
・竜人達は、人を人とも思っていない事。
・リーさんの願いは、竜人(竜王)の支配の無い、人だけの生活圏を造ること。
その為に、竜人以外の勢力を纏めたい。
その勢力は二つ。
・一つはホームレスを中心とした一派。
・もう一つは街の裏を仕切っている一派。
私達が繋ぎを付けてくれると助かる、という話だった。
「竜王は、どんな奴ですの?わたくし、気になりましてよ。」
話が一段落したところで、おねえ様が、切り出した。
「名前は言えませんが、人を人とも思っていない、強大な力の持ち主です。我々人間を、エネルギー吸収の為だけの家畜としか考えていない様な節があります。そもそもが蜥蜴(竜)を人型にした様な人達ですからね。竜人って。竜王にはお会いした事はありませんが。」
リーさんが、丁寧に答えてくれた。
『因みに、キタイに入っちまったら、容易には外に出れねぇんだぜ?』
胸元で、ラクウィークさんが言う。
「え?シャオロン君は門の所に居ましたよね?」
「俺は、此所が壁で囲まれる前に、リーの指示で外に出てたんだ。リーの占いの卦に出てたからな。『禍が来る』事と、『北へ向かう者が解決の鍵』だって。隠れ家自体は、街の配置が変わっていなかったから判ったんだよ。」
ぷいっと顔を逸らしながら、つっけんどんに言うシャオロン君。
「どうしても出たいなら、竜王に直接会わなくちゃいけません。気に入って頂ければ、無事に通れるハズです。」
リーさんが、申し訳なさそうに追言する。
「おねえ様。私達で、ニ派にお会いしてみたいと思います。情報が集まり次第、おねえ様の気になる事をお調べになってみる、というのはいかがですか?」
私の言葉に、はぁっと溜め息を吐いて、おねえ様はアリ君達を見た。
「トリスちゃんは、もう彼らの味方をする気でいるわね。どうお思いかしら?我らが軍師サマは。」
アリ君は、顔をしかめながら、
「リーダーが乗り気なんだ。叶えるのが軍師というものだ。私は今、トリスの軍師なのだからな。」
と私を肯定してくれた。
「え?当然の流れなんじゃねぇの?」
とは、カイル君の言である。
「カイル君、違いますわよ。リーさん達の願いを無視して、竜王に会いに行って突破する、というパターンもあるという事を申し上げたのですわ。でも、可愛いトリスちゃんのお願いですものね。協力致しますわ。リーさん。」
おねえ様のお許しが下りた。
私達は、それぞれのトップへの会い方をリーさんに教えてもらい、シャオロン君を案内人にして、情報収集に向かったのだった。
シャオロン君がまず案内してくれたのは、寂れた教会跡だった。
この地域は、ハイルランドに近い雰囲気の場所だ。
ホームレスの人達に炊き出しを行っている一団がいた。
その中に、とても見知った、そして、私にとって、記憶に蓋をしたい相手がいた。
そう、聖騎士ランスロットさんが居たのである。
私は、素早くアリ君の後ろに隠れ、おねえ様をズズイっと前に差し出した。
背中を嫌な汗が伝う。
カタカタと震える身体。
「大丈夫か?トリス。何だか顔色が悪いぞ?まさか、まだ根に持っているのか?」
アリ君が、優しく話し掛けてくれる。
「だっ大丈夫ですよっ。ちょっと動悸が激しくて目が廻るくらいですっ!」
そう言って、深呼吸した私は、アリ君の服の裾を掴みながら、ランスロットさんに挨拶をした。
「おっお久しぶりですっ。ランスロットさんっ。トリスですっ。この街を纏める為に、お会いしていただきたい方がいるんですが、ご都合つきますか?」
ランスさんは、人好きのする爽やかな笑顔で、
「お久しぶりだね。トリスさん。君の頼みは断れないな。それに、治安を良くする為の事なんだろう?協力するよ。」
と快諾してくれた。
そんなランスロットさんに、腰が引けて、挙動不審だったのは内緒である。
ランスロットさんをリーさんに引き合わせた後。
私は今、路地を歩いている。
頼りにしているのは、芳しい珈琲の香りである。クンクンと、香りを追っていると、不意に広場に出た。
そこには、珈琲豆を量り売りしている屋台群があった。
喉の渇いていた私は、一番いい香りを放っているお店の店主に声をかけた。
「スミマセン。凄く美味しそうな香りですね。豆も欲しいのですが、まずは一杯もらっていいですか?」
と話し掛けた。
「おう。嬢ちゃん、良く分かってんな♪どうぞ。」
ごつい見掛けのおじさんが、丁寧な手つきで珈琲を淹れてくれた。
サイフォン式で淹れらたその珈琲は、熱かったけれど、口に入れた瞬間、薫りが鼻を抜けて僅かな苦味が舌に残る、素晴らしい味をしていた。
「はふぅ。美味しいですねぇ♪ところで、例の豆を100gお願いします。」
私がその台詞を口にした瞬間、テントの奥からとてつもない闇の波動が漂って来た。
優しそうだった店主さんの様子も一変する。
急に表情を無くし、真顔で聞いてきた。
「お嬢ちゃん、それが何か知っててきいてんのか?」
私はニコニコしながら答えようとした。
しかし、私が何か言う前に、テントの奥から一人の男性が出てきた。全身を黒い色調で統一した、物腰の優雅な、苦労を滲ませた深い彫りを顔に刻んだ、燻し銀みたいな人だった。
その人は、右手をすっと上げておじさんを黙らすと、
「まぁまぁ。あの方からお話は伺っております。どうぞ中へお入りください。トリスティーファ・ラスティンさん。」
と、名乗ってもいないのに私の名を言い当ててきた。
びっくりしている私をよそに、彼は続けた。
「中でゆっくりお話いたしましょう。どうぞこちらへ。」
私は、彼の誘導に従い、素直にテントの中へと足を踏み入れた。
中に入ると、見た目以上に広い空間が広がっていた。
私は、最奥の部屋の円卓に座した。
「まずは、自己紹介といきましょうか。私はヤン・ゲラールといいます。この組織の代表代理です。さて、合言葉を知っていた、という事は、リー・リンレンの差し金ですか?」
「よく、分かりましたね。」
「あの方から貴女についての連絡は来ていませんしね。」
にこりと笑うヤン・ゲラールさん。
私は、この特異な空間に覚えがあった。北に来る前に、私にとって大事な約束を交わした場所にそっくりだからだ。
「この空気の感じ。やはり、貴殿方は、ダァト君と繋がりのある方々なのですか?」
「ご明察通りです。私共は、ダァト・ナイアール・アー様と共にこの世界に堕ちてきた者です。我が主、ダァト様の手足として、帰郷の手立てを探す一団です。名を、『望郷教団』と申します。」
「あの、私がリーさんの差し金と分かっていて、尚招き入れてくださったのは何故ですか?」
ヤン・ゲラールさんはにこやかに笑いながら答えてくれた。
「トリスさんは我が主のご友人。彼の方より、何かあった際には力になるよう、通達があったのも一因ではありますが、何より、今は、リー一派との闘争は避けたい、という事が大きいですね。私共、裏社会は、今回の件は傍観とさせて戴きます、とリー・リンレンにお伝え頂けますか?竜人との抗争はお任せする、と。」
ヤン・ゲラールさんは、私が一瞬、
(正確に伝えられるかしら…?)
と不安に思ったのを察知した様で、
「ああ、口頭だとすれ違いがあるかも知れないですね。一筆認めますので、お渡し頂ければと思います。」
と、書状を認めてくれた。
そんなわけで、人間社会の方針は、表をリーさんが纏める方向で話がついたのだった。
ありがとうございました。