10 放浪|(たび)の始まり~冥界の洞窟(後編)~
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5.冥界の洞窟(後編)
私とカイル君の体力も戻ったので、旅を再開する。
洞窟内は暗さを増していった。
私達は、どうやら洞窟の最奥に辿り着いたようである。
何故なら、目の前には、豪華な宮殿があり、明らかに今までとは雰囲気が違ったからである。
更には、そんなモノは無視して進もうとする私達一行を、まるっとした球体状の力場で包み、自分の前に運んだ輩が居るのである。
状況から見て、どう考えても、冥界の神ハデスに間違いは無いだろう。
穏便に先に進みたい私は、冷静に事態を把握すると、優雅に貴族としての礼をとった。
「初めまして。冥界の神ハデス様とお見受け致します。隠し伊達しても、あなた様には情報が筒抜けでございましょう。私はトリスティーファ・ラスティンと申します。お騒がせして申し訳ございません。」
彼はおもむろに口を開いた。
「礼儀がなっているな、トリスティーファ・ラスティンよ。ここは、生者の居る場所ではない。何故に、我が領内に足を踏み入れるや?」
「北の賢者ロカンドロス様にお会いしたく、旅をしている途中にございます。決して、害意があっての事では無いのです。どうか、通過させては頂けませんか?」
「条件があるな。」
「条件、とは…?」
「お主の死後で構わん。お前の『器』を私に譲って貰おうか。その承諾さえ貰えれば、通っても構わんよ 。勿論、全員無事に、な。」
多分、とんでもなく破格で、とんでもなく魅力的な提案なのだと思う。
けれど。どうしても。
私には、その条件を飲むことが出来ないのだ。
だって、悪い輩に活用されない様に、私の亡骸はダァト君に破壊してもらう契約を結んでいるのだから。
そして、その契約こそ、私を『私』として支える柱なのだから。
お腹に力を込めながら、勇気を振り絞って答える。
「残念ですが、そのご提案には、乗れません。私を、私以外のヒトに使わせる訳にはいかないのです。例え、私の死後であっても、です。ごめんなさい。」
誠意を込めて、お辞儀した。
「よく言ったな、トリス。」
「よくやったわ、トリスちゃん♪」
「それでこそ、トリスだな!」
私の、『自分を認める』力の低さをよく理解している3人が、私の意見を肯定してくれた。
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、場違いにも、ちょっと嬉しかった。
ハデスは、尚も続けた。
「では、この場で直ぐにその『器』を寄越せ。」
私は言った。
「それは、もっと出来ません。決して死に急がない、奈落にも行かないと、大切な人と約束しましたから。…消滅願望は消えませんが、その誘惑に屈する訳にはいきませんもの。」
そうして、冥界の神ハデスとの戦いが始まった。
おねえ様の魔導書の記録によると、ハデスは、冥界にいる凶悪な死者達を意のままに操る事ができる様だった。
実際に、無数の魔神や魔物がその脅威をぶつけようと、気焔を噴いていた。
だが…。
私達の行いは、間違って居なかったのだ。
圧倒的な戦力差で、勝てる見込みの無い戦いに見えたそこでも、最期まで戦い抜こうとした私達を、希望の光は見捨てなかったのである。
じわりじわりと縮まる、ハデスの手先に寄る包囲網。
ジリジリと削られる、私達の体力。
切れるカードもそのほとんどを使いきり、冥界の淵にその身を投げ出さんとするばかりになっても。
私は諦め無かった。
動ける手はないか、出来る限りの事はやれたか、必死で考えていた。
それは、私だけでなく、パーティー全員がそうだった。
ハデスから見ると、瞳から光の消えない、嫌な集団だったかも知れない。
だからこそ、だろう。
心の奥底から、暖かい光が溢れ、声が聞こえた。
『私を救ってくれた、心優しき少年、少女よ。今こそ、力を貸そう。光の加護で、君たちを支援しよう!』
何処かで聞いた様な声が頭の中に響き渡り、カッと閃光が迸る。
目の前に、青い宝玉を胸に輝かせた、光の巨人様がいた。その身体は、赤と青のラインが綺麗に交じわった、シャープな姿をしていた。
光の巨人様の出現と共に、辺りが光で満ち溢れ、疲労も傷も無かったかの様に回復していた。消耗していたはずの体力さえ、回復していたのだ。
光の巨人様は、
「ジュワっ!」
と言う気合いと共に、腕から光線を出すと、私達の周りを囲んでいた魔神や魔物達を一掃した。
そして、こちらを見て、大きく頷いてくれた。どうやら、雑魚は任せろ、と言うことらしい。
私達は、有り難く思いながら、ハデスに集中する事ができた。
そして、暫くの苦戦の後、何とかハデスを撃退し、隙を見て冥界から脱出する事に成功したのである。
光の巨人様は、胸の宝玉を赤く明滅させながら、
『また困っていたら、遠慮なく呼ぶといい。仲間も救ってくれた様だし、君たちの行く手には、まだまだ闇との戦いが待っているだろうからな。では、さらばだっ!』
と言い残し、空の彼方へと飛び立って行ったのである。
こうして、私達はまた一歩、賢者ロカンドロス様に近づいたのだった。
ありがとうございました。