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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
放浪の始まり
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9  放浪|(たび)の始まり~冥界の洞窟(前編)~

よろしくお願いします。

5.冥界の洞窟(前編) 







 旅の消耗品を補充した私達は、進むべき道を歩む。

 ここから先は、全くの白紙地帯である。

 目の前には、地底深くに続いていそうな、氷の壁に覆われた暗い穴が続いている。

 だが、周りの水晶の様な氷の壁は、外からの光を仄明るく反射し、洞窟内を照らしている。

 真昼、とまではいかないが、幻想的な明るさで、ロマンティックにさえ感じられる。


「ここは、『冥界の洞窟』、と謂われている洞窟ですわね。」


 おねえ様が、魔導書をパラリと捲りながら話してくれる。


「ここから先は、はっきり言って、異界ですわ。幽世(かくりよ)と言っても過言ではあるませんわね。そしてこの洞窟には、冥界の門番、ケルベロスがいる通路がありますわ。そこを潜り抜け、冥王ハデスを遣り過ごして抜けた先に、外への道が続いていますわ。心してかかりましょう。」


 おねえ様の顔が、緊張で青くなっているのが分かる。


 おねえ様の忠告もあり、私達は、足音を立てずに静かに進む。

 半日ばかりも進んだろうか?

 洞窟内を長々と進むが、まだ先が見えない。

 私達は、広場のあった地点まで戻ると、キャンプを張る事にした。

 そこは、暗くて高さが分からないほどの大空洞になっており、キャンプを張るのには丁度良い具合の空間だった。

 外からの風が無いので、洞窟内は外より暖かく、テントを張る程の寒さではなかったので、火を焚き、持ってきた燻製肉をスープにして食べる。レーションも出した。

 決して、この地で採れた食べ物は口にしない。

 何故なら、ここは死者の国だろうと予想されるからだ。生ある者が死者の国の食べ物を口にする事は、死者の国から出れなくなる事だ、と、かつてスサノオ君に聞いた事があるのだ。

 持ってきた食料はどれも美味しく、マリウス君のリュートの調べも素晴らしく、和やかな時間が過ぎていった。


 こうして、洞窟内での夜は更けていった。




 翌朝。先に進む私の耳は、異様な息遣いに気が付いた。独特な獣の臭いもする。


「何だか、異様な息遣いの獣がいる様です。」


 私が言うと、カイル君が、


「俺には、女の人の唄う様な声が聞こえるけどな。」


と、進行方向とは真逆に耳を澄ませて言った。


「それは、外からの吹雪の音ですわね。きっと。」


「風の音だろう。」


「風の音では無いでしょうか?」


「風の音ですよ。カイルさん。」


 皆見事に意見が揃った。


「おっかしいなぁ。確かに聞こえたんだけどなぁ…。」


 カイル君はぶつくさ呟いていた。



「気になるので、偵察に行ってきます。」


 そう言うと、私は先行して、様子を探る事にした。

 森の中を行く、エルフの様に、真夜中の道を行く、猫の様に。私は足音を殺してソッと偵察をした。

 息遣いは、とても規則的で、3匹分の呼吸音に聞こえた。

 複数相手はキツイなぁ…と思いながら、目を凝らす。

 すると、通路の先の、広場ににいたのは、おねえさまの魔導書にもあったケルベロスが踞っていた。2つの首は眠ったまま脚に首を置き、もう1つの首は退屈そうに欠伸をしているところだった。ケルベロスのお尻の脇に、奥への通路が見える。

 私は、必死でケルベロスの伝承を思い出した。



 ケルベロス。冥界の門番。3つ首がそれぞれ独立して攻撃してくる。前肢も左右で独立して攻撃をする。クリーチャー推定レベル50。冥界の神、ハデスの僕。特色として、美しい歌声に弱く、清らかな音楽で大人しくなり、眠りにつくという習性がある。



 思い返して見ると、昨夜のマリウス君のリュートの調べは素晴らしかった。ケルベロスは、それで襲ってくる気配を見せなかったのかもしれない。

 そんな推測をして、私は、ソッと、だけど急いでキャンプを張った皆のところふ戻った。

 そして、見てきたモノを報告する。


「でかした!トリス。マリウス、出番だ。お前の歌声に全てが掛かっている。何、心配するな。私が指揮してやろう。」


 アリ君が、偵察の成果に満足げに頷き、私の頭をポンポン撫でてくれた。頑張った甲斐がありました。

 その後、彼は嬉々として皆に作戦を伝えた。アリ君は、指揮をする事になった。

 私も、心ばかりの応援する事にした。



 簡単に言うと、マリウス君の歌唱は大変素晴らしく、貴族の屋敷どころか、王宮で奏でても遜色無いレベルであった。だから、その歌声で、ケルベロスを眠らせよう、というのだ。



 ケルベロスの居る広場の前で、おもむろに演奏が始まる。



ポロロン♪



 マリウス君の、リュートの音色が優しい子守唄を奏でる。

 洞窟内は、程好い音響効果を以て、彼の演奏を響かせた。

 それに続く、彼の歌声と言ったら!

 天上の歌声とは斯く謂うものか、というような、素晴らしいモノだった。テノールの伸びやかな張りのある声はリュートの音色と戯れ、光のない洞窟内を光が満たすかの様な心地好い空間を造り出していた。


 私達は、旅の疲れも、現在の状況も忘れて、マリウス君の音楽に身を任せる。夢の様な時間だった。



 それは、ケルベロスにとっても同じだったらしく。

 ぐっすりと深い眠りに落ちたケルベロスの横を、私達は難なく通過する事に成功したのでありました。




 ケルベロスの脅威をくぐり抜け、先に進むと、先程迄とは様子が変わって来たのが見てとれた。

 氷の壁の中に、様々な魔物がまるでオブジェの様に閉じ込められているのだ。

 その内の何体かに、私は見覚えがあった。

 それらは、かつて私達が倒したはずの魔神達だった。

 そんな中に、一際気になる存在があった。

 以前夢で見た、光の巨人に良く似た、けれど、別の存在だと分かる姿だった。


 じっとその姿を眺めていると、カイル君もそれに気付いた様で、一緒になって光の巨人(?)を眺めた。すると、光の巨人(?)の額の宝玉の様な飾りが、微かに光った。

 思わず、氷の壁に手をついて凝視すると、頭の中に声が響いた。


『心優しき少年、少女よ…。希望の光に満ちた心の少年少女よ…。私に、エネルギーを分けてはくれないだろうか…。この先に居る、冥界の神ハデスは強大だ。君たちの力になるためにも、私に力を分けて欲しい。お願いだ。』


 弱々しい声だった。けれど、力強い決意に満ちた声だった。

 その声に悪意は感じず、光を信じる使命感を感じる意識だった。


 私はカイル君と目配せすると、


「どうすれば、いいんですか?」


と、協力する事を快諾した。



『額を壁に着けて、この宝玉に意識を同調して欲しい。あとは、私が何とかする。』



「意識を、同調?」



『ああ。光を額に集めるイメージをしてくれればいい。頼む。』



 頭に響く、穏やかな声に従い、イメージを膨らませる。

 すると、夢に見た儀式をヴィスさんにした時の様な、くらりとする酩酊感があった後。私とカイル君は、へたりと座り込み、暫く動けなくなった。


『ありがとう。』



 そう聞こえたかと思うと、光の巨人は、額の飾りの宝玉を赤く明滅させて、氷の壁から姿を消した。




 体力が回復するまで、私達はキャンプを張って休息を摂ることにした。


 事情を説明したら、アリ君とマリウス君は怪しがり、おねえ様だけが、魔導書を見て、ほくそ笑んでいた。









ありがとうございました。

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