1 放浪(たび)の始まり~出生の秘密~
第四部 開始します。
よろしくお願いたします。
【第四章 放浪の始まり】
1.出生の秘密
「はい。有り難うございます。ご苦労様でした。」
ミールック便で届いたのは、私の実家からの手紙だった。
今回は宛先も差出人もはっきりしていたので、すぐに手紙を読むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
親愛なる娘 トリスティーファ・ラスティン へ
今回の騒動は、大変だったわね。
あなたが、自分についての疑問を抱いている事も、大変な思いをしている事も、私達両親は承知しています。
貴女が悩んでいる、胸の傷と、機能についての事も、きちんとお話する時期が来たと、私達は考えます。 一度、お家に顔を見せに帰っていらっしゃい。
待っているわ。
お父さんも楽しみにしているからね。
ジャスティン・ラスティンより。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんな手紙をもらったので、一度実家に戻ろうと思います。」
ピラリと手紙を皆に見せると…。
「お前は、色々気にしてるからな。いい加減、はっきりさせて、悩み事をなくすのは、いい機会ではないか?」
グリーンヒル先生が背中を押してくださった。
「その上で、お前の精神状態を見て、卒業を考えようか。お前の欠点は、その精神的未熟というか生への執着の薄さだからな。」
…。そういえば、まだ卒業も出来ていませんでしたね。忘れてました。
「なあ、俺も寄っていいかな。(トリスの悩み事が減れば、俺への事も考えてくれるかも知れないし。)」
カイル君が、ポツリと言ったのを皮切りに、何時ものメンバーがこぞって、
「「「「私(俺・あたし・ボク)も。」」」」
と、後に続いた。
「面白い事は無いと思いますよ?」
「それはね。トリスちゃん。野次馬するのが面白いのよ。」
クレアさんの言葉にうんうんと頷く一同。
…。皆さん、お暇なんですね…。
大学から馬車で揺られる事、およそ2日。
辿り着いた実家には、私の通常使用ルートから入らず、一般人用ルートを通って帰る事にした。
私の通常使用ルートだと、裏庭を抜けて、獣道を通り、壁の蔦を辿って二階の私室へというコースになる。
お客様を連れての場合、適切ではないだろう。
という訳で、玄関で呼鈴を鳴らし、始めのトラップを解除。
屋敷の扉迄の道をトラップチェックしながら通り抜け、重い扉をゴゴゴッと開けて、
「只今戻りました。トリスです。お客様がいらっしゃいますので、お茶の用意をお願いします。」
と声をかけた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。」
使用人の皆が迎えてくれるなか、
「お帰りなさいトリスちゃん。おねえちゃん心配してたのよ♪」
と、フリルたっぷりのドレスに身を包んだ、ビスクドールみたいな人影が飛び付いてきた。
更に後を追うように、父と母も出てきた。
「良く戻って来たな。トリス。ようこそ、皆さん。此方へどうぞ。」
応接間にて、お茶を飲みながら、父が聞いた。
「皆さんは、トリスの大事なご友人だとお見受けするが、どうだろうか?」
「私達は、大事な戦友だと、思っています。」
「アリの言う通りだぜ?」
みんな、一様に頷いてくれた。
「では、これからお話する事は、くれぐれも、外部に漏らさないでくれるかね?」
珍しく、真面目な顔をして、父が言った。
「これから話す事は、この子が事故にあって、治療した時の話だ。私達夫婦は、その時、持てる限りの力を使って、錬金術と魔術、秘術を用いた再生治療をしたのだが、今一歩の所で力が及ばなかった。だが、偶々通り掛かった賢者ロカンドロス様がお力を御貸しくださり、トリスは復活した。ロカンドロス様のご助力で、元々の身体と、さまよっていた魂が複合され、トリスに定着したんだ。だからこそ、トリスは神をも降ろせる器なんだよ。」
「…。推測通りですか…。でも、それなら余計に、私は、トリスティーファ・ラスティンとして生きてもいいんでしょうか?」
「当然よ?トリス。貴女は、ちゃんと、家族なの。」
母が、ニッコリ笑って応えてくれた。
「なぁに、トリスちゃん。私の愛情を疑うのかしら?」
おねえ様が羽扇子をピシリと此方に向けて小首を傾げた。
私は、家族の愛情に充たされて、何だか面映ゆくなった。
だけど。私はやっぱり自信が無かった。
「お父様、お母様、おねえ様。それでも、私は、自分が何者か、分からないのです。存在していい意識なのか、この魂は本物か、分からないのです。」
私は、ようやく家族に、長年の悩みを口にした。
「どうしても、お前は悩むんだね。トリス。どうしても気になるなら、いっそ、ロカンドロス様に会ってみたらどうだい?お前の造り主、と、言えなくもないぞ?」
父が言った。
私は、天啓が降りてきた様な気がした。
「行きます。」
私が答えると、待っていたとばかりに母が言った。
「トリスちゃん。悩める貴女に、取って置きの自信作をあげるわ。これよ。」
ゴトン。
机の上に置かれたのは、シックな革の旅行鞄だった。
「困った時の、助けになるわ。銘を『パンドラ』というの。パンドラは、記憶媒体装置にして、貴女専用の武器よ。人間らしさ…つまりヒトとしての気力を捧げると、好きな武器に変わるの。どう?欲しい?」
「要ります!ください!是非使わせてください!」
私はその説明を聞くなり、飛び付いた。
深刻な悩み事も、すっ飛んだ瞬間だった。
「じゃあ、トリスはロカンドロスって奴の所に行くんだな?」
カイル君が真剣な瞳で真っ直ぐに見つめていた。
私は、決意を込めて頷いた。
「ええ。自分のルーツをきちんと知って、私なりの『自信』が欲しいの。生きていてもいいっていう、確信が。」
「分かった。なら、俺も着いて行くよ。心配なんだ、トリスが。」
カイル君が、そう断言してくれた。…個人的には、アリ君に言って欲しかった台詞である。胸が、キシリと痛んだ。
「俺とリースは、潜りたい遺跡があるから、今回はパスな。」
「ごめんね。トリス。」
アルヴィン君とリースさんの離脱が決まった。
「私も、フォルフェクス君との約束があるから、力になれないわね。ごめんなさいね。」
クレアさんの離脱も決まった。
アリ君は、未だに何やら考え込みながら、無言を貫いていた。
「仕方がありませんよ。私事ですもの。お気持ちだけで、十分です。ありがとうございます。」
心を込めてお礼を告げた。
そして、アルヴィン君、リースさん、クレアさんが去った後。カイル君が、
「で、ロカンドロスって奴の居る所は、一体何処なんだ?」
と、お父様達に聞いた。
「それが…行方不明なんだよ。隠者として、世俗を離れてお隠れになっているんだ。」
申し訳ない、と、お父様とお母様が謝罪した。
だが、おねえさまがニヤリと不敵に笑って答えた。
「お〜っほっほっ。わたくしの手に掛かれば、判らない事なんて御座いませんわよ?」
そして、手にした魔導書に、
『全記の書よ。ロカンドロスの居場所を示せ。』
と、おねえ様とっておきの魔導書を使ってくれた。すると、本が光を発し、パラパラと捲れたかと思うと、あるページで止まった。
其処には、こう記されていた。
『賢者ロカンドロスは、北の果てに居る。北の城壁を越え更に北へ向かうべし。数多の困難の果てにその居城顕れん。』
行く先が決まった。
私は、パーティーを組んでくれる事になったカイル君と目を会わせると、お互いに頷いた。
そしてアリ君の方を見ると、声を揃えて嘆願した。
「「アリ君!私達(俺達)にはどうしても軍師が必要の(なんだよ)!!どうか、お願い。私達(俺達)の軍師になって欲しいの(んだ)!!」」
「イシュトヴァン王の軍師の方が魅力的で、貴方の力を活かせる所なのは十分承知しているの。でも、もし良かったら、一緒に来てはくれないかしら?」
「「お願いします」」
私とカイユ君は、アリ君の右と左から、同じ内容の嘆願を、同じタイミングでした後、揃って土下座した。
それくらい、私達には、彼の存在が必要だったのだ。
暫くの沈黙の後、アリ君は徐に口を開いた。
「…。分かった。いいだろう。大事な妹分の頼みだしな。それに、お前らを二人だけで野放しにでもした日には、一瞬でトラブルに巻き込まれて、直ぐに立ち行かなくなる事は想像に難くない。」
はぁ。
と溜め息を吐き、何かを諦めた様に続けた。
「それに、トリス。お前、また『戦いたくありません』とかって真っ正面から敵に挑むんだろう?」
私は、真摯に応えた。
「はい。自分の意志は伝える事が大事だと思っていますから。」
「つまり、奇襲等端から考えず、戦略的不利な状況での戦闘になる確率が高いんだよな。そんな戦略的有利を無視して戦況をひっくり返す程の軍師は、確かに私にしか務まるまい。その挑戦、受けて立つ!」
私とカイユ君は、ぱっと顔を煌めかせた。
「じゃあ、一緒に来てくれるんですね!ありがとうございます。嬉しいです。」
「助かるぜ。アリ!俺とトリスじゃあ、考えるって分野は無理だもんな。有り難う。」
二人して、アリ君に、しきりに感謝を伝える。
そんな私達のやり取りを横目に、お父様がおねえ様にいつものおねだりをしていた。
「なぁ、エリス。掘り出し物の武器があるんだが、手に入れて来てもいいかなあ。100クラウンくらいなんだが。」
当主代理のおねえ様は、毎度、お父様やお母様のこんな無茶を受け止めてくれているのだが、今回はちょっと様子が違った。
いつもなら、多くても50クラウンくらいが精々なのだが、今回は如何せん額が高過ぎた。
ぷち。
という音がして、遂におねえ様がキレたのである。
「もう耐えられませんわ!暫くわたくし、休暇を取らせていただきます。お父様、お母様、わたくしが戻るまで、ご自分で領地経営なさってくださいませ。経営状態が悪化していたら、ただではすませませんわよ?」
おねえ様は、くるりと此方を向いて、にっこり笑うと、
「っという事で、わたくしも、トリスちゃん達とご一緒するわよ♪宜しくね?」
ちゅ。
と、何の前動作もなく、突然アリ君のほっぺにキスをした。
「「「!!!!」」」
「何をするっ!」
「あ゛あ゛っ!」
「アリ、役得じゃねぇか!こんな美人とっ!」
慌てる私達3人の度胆を抜いて、おねえ様はパーティー参加を表明してみせた。
やっと彼女の旅が始まります。
長かった…。
お読み頂きありがとうございました。