12 教皇庁と私~最強の刺客(後編)~
12、最強の刺客(後編)
ギルデンスさんが去った後、気付くと先程の襲撃者と思しき奴らに、ノノさんが人質に取られていた。
そこには更に、新たなる勢力が、加わっていた。
「無駄な抵抗はやめるっす。お前が関わっている事は調べがついてるっす。」
見た事のある、特徴的な熊のフォルム。
その口調。
間違いなく、エステルさんだった。
そして、その後ろには、油断なく剣を構えた聖騎士ランスロットさんの姿もあった。
私は、ランスロットさんを見ると、とっさにアリ君の後ろに隠れてしまった。
まだ、あの時の、半裸体を見られた、という羞恥心に打ち克てずにいるのだ。
まともに話せなくなっている私を余所に、会話は続く。
「俺の依頼主に、なんの様だ?」
フォルフェクスさんが威嚇を込めて問う。
「我々教皇庁に関わる、重大な証言者として、彼女の身柄の確保が必要だ。君という護衛を雇ったのはいい判断だと思う。けれども、君に事情を話さないのは、感心しないな。君が賞金首だって事も貴女には、解った上での行動なのだろう?そこの君には悪いが、彼女には一緒に来てもらわなくてはならない。」
冷静なランスロットさんが、フォルフェクスさんとは別な方角を警戒しながら、フォルフェクスさんの説得をしていた。
「はははっ。莫大な賞金首がいるんだ。それを狙うのが賞金稼ぎの本業ってもんだろっ。さあ、女の命が惜しければ、とっととくたばっちまいな。フォルフェクスよぉ。お前の大好きなお姉ちゃんもきっと喜ぶぜ?っヒャッヒャッヒャッ!」
「貴様、許さん。」
フォルフェクスさんは、何やら珍しく、我を忘れているかの様に一人語ちた。
状況を整理すると、賞金を狙う、賞金稼ぎさん一派がノノさんを捉え、
↓
ノノさんに一緒に来てほしいランスロットさんとエステルさんが乱入し、
↓
ノノさんを守るべく、周囲を威嚇するフォルフェクスさんがいる。
という事らしい。
私は、ランスロットさんはまだ苦手だ。しかし、状況を鑑みるに、賞金稼ぎの人が次々襲って来るこの状態は、極めて鬱陶しい事この上ない。
だから、アリ君が私に指示をくれた。
「トリス、私達は、今、彼ら賞金稼ぎの認識の範囲外に居る様だ。わかるな?だから、彼らが話している今のうちに、賞金稼ぎからノノを奪取するんだ。教皇庁の二人より先にな。いいな?」
「はいっ。解りました。」
私は、アリ君の命を遂行統べく、行動を開始した。
そぉ〜っと、でも、確実に。
そう心がけて、私は、エステルさんやランスロットさんが動くより先に、ダッシュで賞金稼ぎの後ろに回り込んだ。そのまま剣の柄で後頭部を強打し、相手を気絶させた。
そして、ノノさんに、
「今のうちに行きましょう。また賞金稼ぎが来ちゃいます。」
と告げると、彼女を抱き上げた。
フォルフェクスさんは、倒れた賞金稼ぎの胸ぐらを掴むと、手荒く頬を強打して気絶から目を醒まさせていた。
「フォルフェクスさん、彼女は守るので、用が済んだら合流してくださいね。」
私は彼に告げると、アリ君達と共にさっさとその場を後にした。
「待つっす!話があるっす!」
と、必死に呼び掛けるエステルさん達を振り切って。
◇
ノノさんを抱っこして走っていると、彼女から、行きたいという場所を指定された。
街に詳しくない私は、誘導されるがまま、右へ左へと、彼女の案内に従った。どんどんと入り組んだ小路に入って行く。
いつの間にか、アリ君達を引き離して走っている事にも気付かないままに。
暫く走り、辿り着いた先には、見知らぬ一人の女性が待っていた。
その姿を見たノノさんは。
「…お姉さま。」
そう、ポツリと呟いた。
にやり。
と、不吉な微笑みを、私の胸元で隠しながら。
◇
一方、その頃。残されたフォルフェクスさんは、というと…。
「だあああっ鬱陶しい!!!とっとと諦めやがれってんだ!!」
次々襲い来る賞金稼ぎの集団を相手に、壁を走り、キックやパンチをお見舞いし、と、大立ち回りをしていた。
そんな彼の様子を見て、
「仕方ない。エステル、加勢するぞ。」
ランスロットさんがそう言い、
「解ったっす!トリスさんに話を聞いてもらう為っすもんね。」
エステルさんと二人、フォルフェクスさんの血路を拓く。
「此方っすよ、お兄さん。一応、今はお兄さんの敵では無いッス。付いてくるっす!」
エステルさんは、ガシッとフォルフェクスさんの腕をとると、やや強引に彼女らの拠点にしている安全な教会へと連れていく事にした。足早に小路へと入って行く。
◇
更にもう一方。
アリ君達はというと、前方を行くトリス達との距離が、徐々に開いていくのに気付かなかった。
何故ならば、ノノさんの巧みな誘導により、トリスがスピードを徐々に上げさせられていたからである。その結果、後ろとの距離が離れていると、トリスには解らなかった。そして、沢山の小路を曲がらされていくうちに、アリ君達には、その姿を確認出来なくなってしまったのである。
尚悪い事に、アリ君達が小路を曲がったところ、
ドンッ。
と、前方からくる集団にぶつかってしまった。
「わあっ!」
「うわっ!」
同時に響く二つの悲鳴。
アリ君が顔を上げると、そこには、見たことのある熊の着ぐるみと、見知った男が二人、道を塞いでいた。
「痛いわねっ!何するのよっ!」
クレアさんは、勢いに任せてそう言った。次いで、あまりの事態に暫し茫然とした後、
「何であんた達が一緒にいるのかしら?事情を聞かせて貰える?」
と、その場にいた全員の疑問を口にしたのだった。
◇
路地裏でクレアさん達が出会った集団。それは、賞金稼ぎの集団から逃げ出した、フォルフェクスさんとエステルさんとランスロットさんだった。
フォルフェクスさん達の来た方からは、バタバタと走り回る音が聞こえていた。
この状況から、一番始めに冷静になったのは、エステルさんだった。
トリスとノノが居ない事、更に追ってくる足音を察知すると、直ぐに決断を下したのだ。
「皆さん、それぞれ疑問はあると思うっす。でも、ここは一先ず安全な場所まで移動するっすよ。話はそれからっす!」
その言葉に一同は、それぞれ同意した。
そして、ランスさんとエスターさんの案内で、裏路地にある、小さな教会へと場所を移した。
◇
キィ…。
エスターさんが扉を開く。
「ここっすよ。」
コツコツと足音を立てながら先導するエステルさん。ステンドグラスの前まで来ると、振り向いて告げた。
「これから起こる事、話す事に、驚かないでほしいっす。それから、これが一番大切っすけどね?冷静に判断して欲しいっすよ。」
トリスを見失って焦っていたアリ君とクレアさんに、然り気無く釘を刺すエステルさん。
一同を前にして、両陣営に一番馴染みのあると思われるエステルさんが、ぐるりと皆を見回した。
一拍おいて、すぅっと息を吸い込むと、おもむろに彼女は口を開いた。
「これから、重要な話をするっす。その為に、一番重要な人物を待たせてあるっす。」
ここで一度、話を止め、彼女は、教会の司祭室の扉を見た。
「もう出てきていいっすよ。」
キィ…。
「そうかね。では、失礼するよ。」
そう言って、司祭室から出てきたのは、先程別れた、ゲンスルー四天王が一角、ギルデンスサンさんだった。
「ここから先は、この方に話をしてもらうっす。」
エステルさんは、出てきたギルデンスサンさんに丸投げした。
こほん。
と咳払いを一つして、ギルデンスサンさんは語り始めた。
「さっきの今、では少々格好がつかんが、まあ、そこは勘弁していただく事にしよう。改めて、諸君、儂はギルデンスサンと言う。先ずは、アリス君に、先程の非礼を詫びよう。すまんかったな。トリス君には穏便にゲンスルー閣下の下にお越し願いたかったんじゃが、失敗してしまったようじゃ。」
残念残念、といった風に告げると、次にフォルフェクスさんを見て言った。
「さて、フォルフェクス君といったか。儂がここに居る事で、どういう事態が起きておるか、お主には判るかね?」
フォルフェクスさんは、むぅっと唸ると、
「…どうしても、しっくりこねぇんだ。何か、ピースが揃ってねぇ気がする。じいさんの行動と、ゲンスルーの動き、それから他の四天王の様子…。どれもバラバラで統一感がねぇ。」
「…君は、近くにいる者にも油断無く注視する質のようじゃが、今回はちいと油断しとる様じゃな。さて、儂は、ゲンスルー閣下にトリスティーファ・ラスティンを連れて来る様に命じられとった訳じゃが、今、彼女は何処かね?」
「あ?ノノを安全な場所まで連れて行くために逃走中…って、まさか!?」
「まさか、何かね?」
「ノノが、主犯なのか!?」
「何の、かね?」
「いや、だから…今回の、トリスという『器』の奪還の。」
「何のメリットがあって、かね?」
「ゲンスルーの命で、トリスを連れていく一翼を担っているんじゃないのかよ?」
「ふむ。惜しいな。それでは、儂がここに居る意味は何かね?」
「命令の重複か?だとしたら、何であんたが此処にいるんだ?ゲンスルーが狂ったとしか思えねえ。でも、あの、精密機械が狂うとか、あんのかよ?」
「フォルフェクス君。君にはよく解っとるんじゃないか?どんなに滑稽でも、不可能に見えても、しらみ潰しに可能性を消していって、残ったものが真実だということを。」
「まあ、それが信条だからな。」
「では、後少し。ヒントはいるかね?」
「悔しいから要らねぇよ。ちょっと待てよ…。」
30秒ほど熟考して、フォルフェクスさんは結論を出した。
「何者かの手によって、ゲンスルーが狂った。これは間違いないよな?」
「ふむ。それから?」
「ノノは、その黒幕の手下である。」
「それで?」
「じいさんは、それを止めようとしていた?」
「よかろう。荒削りじゃが、正解じゃ。」
長いギルデンスサンさんとフォルフェクスさんの問答の末、アリ君達は答えにたどり着いた。
目を見張るアリ君達に向かって、ランスロットさんが言う。
「我々も、トリス殿を安全の為に確保しようと動いていたのですが、間に合いませんでした。」
エステルさんは、
「まさか、密かに追っていた組織に繋がる相手を庇護下に置いているとは思わなかったっすからねぇ。」
と、からから笑った。
「私の大事な(妹分の)トリスに、何をしやがるんだ。許せん。フォルフェクス、エステル、ランスロット、クレア、ギルデンスサン力を貸せ。奪還し返すぞ。」
こうして、トリス奪還のパーティーが結成された。