11 教皇庁と私~最強の刺客(前編)~
11.最強の刺客(前編)
プロフェッサーDの襲撃を撃退した私達一行は、ようやくの想いで、ゲンスルー閣下のお膝元、首都ペイレネイアにたどり着いた。
いつも通り、フォルフェクスさんとノノさんは、レクスギルドに情報収集に行った。
ノイマンさん達は、ゲンスルー四天王としての会合がある、とかで別行動する事になった。なんでも、報告せずに私を襲撃した事について、話し合いがあるみたいだ。
その間に、私達が何をしていたかというと、先ずは宿屋に部屋を取りに向かった。無事に部屋を取れたので、その足で、特に賑やかな酒場で昼食を摂ることにしたのだ。
つまりは、いつも通り、である。 ここ、ペイレネイアは、流石に大都市だけあって、料理には品があるものが多かった。味も見た目も洗練されている。
その分、お値段も若干高めだ。
生ハムとルッコラのサラダに牛蒡のポタージュスープ、牛フィレ肉のオレンジソース、川魚のポワレクリームソース添え、ウニとカラスミのパスタ、木苺のジェラート等々、酒場ではあまり見掛けないメニューに驚いた。
勿論、私は名物をお願いしたので、こんなメニューになったのだが、普通の、臓物のごった煮や、塩漬け肉のスープ等も提供されていたのだが。
そんな美味しい食卓を満喫していると、フォルフェクスさん達が戻って来た。
「どうでしたか?何か掴めました?フォルフェクスさん。」
「あー…ちょっと言いづらいんで、ノノとテイクアウトして、中央広場に居る。食べ終わったら、そこまで出向いてくれると助かる。」
何やら、非常にバツの悪い顔をして、フォルフェクスさんはノノさんと出て行った。
「どうしたんでしょうね?へんな顔して行っちゃいましたけど。」
私が真面目に心配を口にすれば、
「あの二人、できてるとか?」
クレアさんが色恋沙汰の方向へと茶化し、
「いつも二人で行動してるもんな。」
納得した、というように呟くカイル君。
「阿呆。依頼人と護衛以外なかろうが。」
そして、アリ君が突っ込む。
「そういえば、フォルフェクスさんはちょくちょく個人行動してますもんね。」
「馬鹿か。そりゃ皆それぞれにやる事があるんだから、当然だろうが。」
それから約一時間後。
私達は、フォルフェクスさんの指定した中央広場に来ていた。
広場には、様々な屋台が並んでおり、中々に華やいでいた。
せっかくなので、名物らしいチュロスと、お肉をたっぷり挟んだ揚げパンを味見してみたりしながら、フォルフェクスさん達を探す。
広場の外れの方で、何やら人だかりが出来ていた。
喧嘩でもしているんだろうかと見に行ってみると、騒ぎの中心に、フォルフェクスさんがいた。
30人ばかりの賞金稼ぎと思われる冒険者がフォルフェクスさんを囲っている。
「貴様が賞金700クラウンの賞金首、フォルフェクスだな。野郎ども。奴を倒したら賞金山分けだぜ!かかれっ!」
いつの間にか、彼は賞金首になっていたのだ。
フォルフェクスさんは、5分とせずに、賞金稼ぎの人達を熨してしまった。
「フォルフェクスさんって、賞金首だったんですか?」
疑問に思って、聞いてみた。
「…。話せば長くなるんだが…。」
「短くていいわよ。面倒くさいし。」
事情を説明しようとしたフォルフェクスさんの出鼻を、クレアさんがあっさり挫いた。
フォルフェクスさんは、唖然とした後、
「あー…簡単に言うとだな、ある魔神を倒す時に、そいつが教皇庁のお偉いさんの姿を隠れ蓑にしててな、教皇庁に目を付けられているんだ。」
と、簡潔に説明した。
「待ってくださいよ?じゃあ、襲撃の一部は、私でなくて、フォルフェクスさん狙いだったんですか?」
私は、更に疑問を口にする。フォルフェクスさんは、
「そういう一面も、あるな。だが、その時の額は350クラウンだった。」
と、何処か遠い目をして言った。
「何で増えているんですか?」
「ゲンスルー四天王の、とどめを刺したのが彼だからな。みんな、彼のせいになってるから、額が跳ね上がったんだよ。」
私が、口を開いたところで、背後から近寄って来た影が、私の疑問に答えた。
振り返ると、そこには、一人の男性が立っていた。年の頃は、7〜80代くらい。丁寧な物腰で、マントとモノクルの似合う、霜髪の老紳士である。
彼は、右手で帽子をくるりと一回転させ、ステッキを持った左手と共に胸の前で交差させると、品よく一礼した。
「お初にお目にかかる。私はギルデンスサンという。ゲンスルー四天王の一角を担っておる。」
彼は、一度言葉を切ると、帽子を被り直し、此方の反応を見ながら言葉を続けた。
「あー…トリスティーファ・ラスティン殿。悪いことは言わん。私と一緒に、ゲンスルー閣下のもとに来てはくれんかね。代わりに、此方からは君のパーティーメンバーには手を出さん事を約束する。」
この時、私には、
ゲンスルー四天王=何度も敵を仕掛けてきた
つまり、
ゲンスルー閣下=敵
という、もの凄くシンプルな図式がインプットされていた。
なので、ゲンスルー四天王が、『倒す』、でなく、『会話を重視して交渉を持ち掛けて来た』、という事は、『情報戦で、此方を攻撃してきている』、という図式しか浮かばなかった。
早い話、ギルデンスさん(めんどくさくなって、トリスの中ではこの呼び方で定着した)との交渉は、私には難しい、と判断したのだ。
「ご丁寧にありがとうございます。けれど、私に言える事はありません。ので…。」
私は、頼りになる頭脳、アリ君の判断を求めるべく、彼をちらっと振り返った。
アリ君は、『好きにやっていいぞ』と言わんばかりに頷いた。
このやり取りを見ていたギルデンスさんは、
「ああ、そこに居るのは、アリス・トートス殿だったか。君はこんな所に居ってもいいのかね。君の仕えとるイシュトヴァン王の所の方が君の力を必要としとると思うがねぇ。今まさに、窮地に陥っとるのではないかね?」
と、事もあろうに、私の目の前で、アリ君に対する侮辱を行ったのである。(と、トリスの残念な脳ミソはそう変換した。)
すっと、私の目が据わる。
「お引き取り願いましょう。私を貶めるならまだしも、優秀なアリ君に対するその物言いは、許せる物ではございません。」
「良く言った。嬢ちゃん。ここは、俺の戦場らしいな。嬢ちゃんの意図は理解した。後は任せな。」
ぐいっと私の肩を押し退けて、フォルフェクスさんが、矢面に立った。
「爺さん、仲間のチームワークを乱すのが狙いか?」
フォルフェクスさんが、落ち着いた声で問う。
そして、何やら二人で口論を始めた。
そんな二人の、落ち着いているけれど、白熱した声をバックミュージックにして、私が何をしていたかと言うと。
私は、お話しに付いて行けなかったので、次なる戦闘に備えて、手持ちの武器を確認していた。ケルバーソードの煌めきも、ツインソードの重みも、虚空刃の輝きも、どれもこれも、魅力的で。私はそちらに気を取られていた。
だから、一瞬の隙に、こちら迫る凶刃に気付くのが遅れた。
ヒュッという風音とともに、数本の刃が、飛んできた。
適当に掴んだ剣で、
キキンッ
金属音と同時に、それらを弾く。
間に合いはしたが、それは、確かに隙だった。
「何者ですかっ?」
誰何するが、応えは無い。
私が顔をあげると、
「おっと危ないねぇ…。これがあんたの手かっ!?」
フォルフェクスさんが、ギルデンスさんに食って掛かっていた。
「違うと答えても、この状況では説得力が足りんかのぅ。邪魔が入ったようじゃ。ここは一旦引こう。青年よ。忠告じゃ。もっと己が眼を開かんと、真実は遠ざかるぞ。」
ギルデンスさんは、そう言うと、くいっと杖で帽子を持ち上げて、こちらを見た。
「嬢ちゃん、また会おう。」
そう言うと、くるりと向きを変えて、彼は去って行った。