9 教皇庁と私~次なる刺客~
よろしくお願いします。
9.次なる刺客
ノイマンさんの襲撃後、同窓会で盛り上がった翌日…。
私は、楊先生の研究室内にある仮眠室にいた。
ここは、在学中、アリ君が勝手に作って、そのままになっているスペースである。ベッドはアリ君が使っていたので、私はソファーをお借りしたのだ。
「夜更かしし過ぎました…。頭が痛いです…。」
ぼんやりと目を覚まし、辺りを見回す。
日は高くなっていた。
何とか身だしなみを整えて、楊先生の研究室に出ていった。
「漸く起きたか。体調は万全か?」
アリ君の第一声がコレだった。
「おはようございます。勿論ですよ。ちょっと寝過ごしちゃいましたか?」
謝罪の意も込めて返答する。
「いや。カイルとアルヴィンもまだ来てないからな。大丈夫だぞ?」
「トリスさん、お疲れだったみたいですからね。簡単な軽食をご用意致しましたわ。作戦会議中でも摘まめましてよ♪」
準備の良いレヴィちゃんが、先回りして用意しておいてくれた。
私は有り難くそれを摘まみながら、
「これから、どうしましょうか…?」
と、疑問を述べた。
同じく、軽食を摘まんでいたアリ君が、
「カイル達が揃ったら、そこのノイマンから情報を聞き出す、でいいんじゃないか?ああ、フォルフェクス達も居るんだったな。」
そんな事を話ながら、時間は過ぎていった。
そうこうするうちに、皆が集まって来た。
ノイマンさんから話を聞くことになった。
「つっても、大したことを言えるわけでもねぇんだけどよ…。」
と、話始めた彼の言葉を纏めると、ゲンスルー閣下の四天王と呼ばれる人達は、個々でばらばらに動いているらしいということと、それぞれ特技が被らない独特な方々らしいということくらいしか聞き出せなかった。
「…ってことで、お前の近くには戦闘の匂いがする。ゲンスルー閣下よりも面白そうだから、そっちに着くぜ♪」
「なっ…本気ですか!?あなたは!いつも私に相談もなくそんな重要な事を決めて!!」
「いいじゃねぇか、カレン〜固ぇ事言うなよ。俺とお前の仲じゃねぇか。」
「ですからっ…」
「決まりったら決〜まりっ。」
此方の了承も、カレンさんの抗議も無視して、彼は決めてしまった様だ。多分、この人は梃子でも動かないだろう。
「アリ君、仕方ありませんよね?ノイマンさん達はこれ以上の敵対をしないって事ですよね?」
力なく、自分の軍師に意見を求めてみる。
「まあ、そうだな。」
アリ君らしい同意が返ってきた。
じっと考えた私は、考えを纏めながら、思考を口に出した。
「次の襲撃が、いつ、来るか解りませんよね。だから、私は、大好きな大学にこれ以上の迷惑をかけたくありません。居心地は良すぎるくらいいいですが、この街から一度離れましょう。」
すると、真剣な眼差しのアリ君が、
「なるほどな。で、お前は何処に行くか当てはあるのか?」
と、尋ねてきた。
「あるわけないじゃないですか。アリ君、何処にしましょうか?」
そう答えた瞬間、
ごちん。
と、拳骨が降ってきて、
「馬鹿か貴様は!考えてから口に出せと何度も言っとるだろうがっ!!!」
久し振りに、怒られたのだった。
「仕方無い。ノイマン。ゲンスルーが居るのは、教皇庁だな。」
アリ君が、ノイマンさんに確認をとる。
「それは間違いねぇな。」
ノイマンさんはニヤリと笑って答えた。
ふぅ。
と溜め息をついて、アリ君は続けた。
「では、海路を使って、本拠地に殴り込みだ。四天王とやらも、道なりに出て来るだろう。と言う訳で、ジェラート。船を出せ。」
「アリ君、それでは…」
私が言葉を続けるより早く、アリ君は此方を見て、
「お前は大学に迷惑を掛けたくない。で、街の外で交戦、となると、本拠地を叩くのが早いからな。」
と、頼りない奴を生暖かい目で見詰める様な、微妙な表情で言った。
「成る程のう。カメロンの船より、うちの船の方が戦闘力も高いしのう。」
ジェラート船長が言う。
「あ、いや、それだけではなく。カメロンは、イシュトの軍に必要だからな。こちらで借りる訳にはいかないんだ。」
と、アリ君は律儀に話した。
そのやり取りを見ていた楊先生が、
「決まった様だね。君たちがそう決断するなら、私達は、後方で支援をしよう。」
と、穏やかに告げた。そして、
「おう。そうだぞ、トリス。困った事があったら、いつでも俺達を思い出すんだぞ。」
グリーンヒル先生がバンバンと私の背中を叩く。
「せや。味方がおるっちゅう事を、忘れたらあかんで。ええな?」
ジョン先生は、滅多に見せない真面目な表情で励ましてくれた。
「あたしは着いていこうかな。見たところ、サポーターが足りてないみたいだし。」
この一言で、クレアさんの参入が決まった。
「じぁあ、俺とリースは、情報収集して、適宜伝える事にすっかな。」
「そうだね。」
仲睦ましげに二人は言った。
私には、沢山の支えてくれる仲間がいる。
その事が、無性に嬉しかった。
私達は、ゲンスルー閣下の居城へ乗り込むため、ブリタニア港を目指すことになった。
だが、気候の関係で、明日まで船が出せないとのジェラート船長の判断により、その日は港のある街で一泊する運びとなった。
「また、何か情報がつかめるかも知れないから、俺はレクスギルドで調べものをしとくぜ。」
フォルフェクスさんが述べる。
「私もご一緒しますわ。一人は危険ですもの。」
と、当然の事ながら、ノノさんは、フォルフェクスさんと行動を共にする様だ。
「護衛されてるんだから、当然だよな。」
カイル君が納得したように言う。私もその通りだと思った。
「では、私達は宿屋を取っておきますね。」
私も何か手伝いたくて、率先して行動指針を口にした。
「わしは、船におるからの。明日、時間になったらきてくれると助かるのじゃが。」
「分かりました。」
と、それぞれが決めて、行動を開始した。
数時間後…。
宿屋の一階の酒場で、夕食を摂っていると、フォルフェクスさん達が帰ってきた。
因みに、今のメンバーは、私、アリ君、カイル君、クレアさん、フォルフェクスさん、に加え、おまけのノノさん、何故か味方宣言したノイマンさん、その副官のカレンさんの8名である。
皆で一緒に食事を摂るのは無理があったので、ノイマンさんとカレンさんの二人は部屋にいた。
「お待たせしたな。新たな情報を持って来たぜ。」
椅子に腰掛けながら、麦酒を手にしてフォルフェクスさんは話始めた。
「四天王の情報を提供する。名前までは掴めなかったが、どんな奴かは掴めたぜ?」
にやりと笑ってフォルフェクスさんは続けた。
「と、いっても、二人分だけなんだけどな。」
「どんな方々が居るんですか?」
モグモグと、アクアパッツァを食べながら、私は尋ねた。余談だが、ここのアクアパッツァは、ホクホクの白身魚に白ワインの風味の染みた、身体の暖まる一品だ。
「一人は、鉄壁のドワーフ。その防御力は追随を許さない堅さを誇るらしい。もう一人は、マッドサイエンティスト、だな。」
ふぅふぅと、具に籠った熱を冷ましながらフォルフェクスさんが告げる。
「極端ですね。」
続いて、浅蜊のバター蒸しを頬張りながら、相槌を打つ。バターの旨味と浅蜊のだし汁、ほんのり香る檸檬の酸味が絶品である。
「ああ。」
同じく、浅蜊のだし汁を貝殻に掬って飲みながら、アリ君も相槌を打つ。
「旨そうだな。俺にも頂戴。」
「こっちにも。」
皆でうまうまと舌鼓を打ちながら話を進める。
「でな、こいつら、個々の独自判断で動いているらしい。統一性のない動きしか追えなかった。」
残念そうに告げるフォルフェクスさん。
「じゃからのぅ、ノイマンの真似をしてみたんじゃ。ちぃと、わしの相手をしてくれんかの。嬢ちゃんや。」
いつの間にか、食卓を共にしていた、髭の似合う小男が麦酒を煽って、告げた。
取り敢えず、食事中だった私は、
「ゲンスルー四天王のお一人ですか?戦闘は、お話を伺ってから、でも良いでしょうか?具体的には、食べ終わるまで、待って貰えます?」
一旦、食事の手を止めて、御爺さんに言った。
「ああ、良いとも良いとも。こちらこそ楽しい食事を邪魔して悪いの。」
御爺さんは、此方を見て謝ると、
「せっかくじゃから、自己紹介しとこうかの。わしは、ゲンスルー四天王が一角、シルバと申す。お見知り置きを、お嬢ちゃん。ああ、店主こちらに麦酒追加じゃ。つまみもな。」
と、勝手知ったるなんとやら。一緒に食卓を囲み始めた。
私は、浅蜊のバター蒸しにパンを浸しながら、聞いてみた。
「シルバさんと仰るんですね。私はトリスティーファ・ラスティンと言います。何故、ゲンスルー四天王の皆さんは、私を狙って来るんですか?」
「おぅおぉこれじゃこれ。」
と二杯目の麦酒に嬉しそうに口をつけながらも、彼は答えてくれた。
「お嬢ちゃんも知っとるじゃろ?お前さんが、神をも降ろせる優秀な『器』じゃと言うことを。ゲンスルー閣下はの、お前さんのその『器』を、教皇庁で回収、保護する事にしたんじゃよ。儂らに下知された命では、生死は問わん事になっとるのぅ。」
こんがりと焼けたバターの染みるパンを口にしつつ、更に疑問点を追及してみる。
「保護?それなら、何故私は、教皇庁からお誘い、ではなく、命を狙われねばならないのですか?」
「血気に逸った脳筋男が早とちりしただけじゃて。」
枝豆を美味しそうに摘まみながら、ノイマンさんを揶揄する、シルバ老。お話が出来そうな方なので、これ幸いと、質問を続ける私。
「それにしては、魔狩人さんが襲って来るのはおかしくないですか?」
「ふむ。そこは閣下にしか預かり知らん処じゃな。少なくとも、儂は関与しとらん。」
「では、私は戦いたくないので、お引き取り頂く事は出来ないでしょうか?」
切なる願いを口にしてみる。
「そういう訳にもいかんのじゃ。そなたが、既に魔神の手に堕ちとらんとも限らんでな。」
残った食料を黙々と平らげて、最後に3杯目の麦酒を煽ったシルバさんは言った。
「という訳で、お相手願おう。トリスの嬢ちゃん。」
「言葉は、無意味なんですね?」
「そうじゃな。嬢ちゃんの実力も見んといかんからのぅ。」
「分かりました。戦いたくはありませんが、致し方ありません。せめて、場所は指定させてください。お店や住民に被害が出てはいけませんから。」
「あい分かった。では、参ろうか。」
奇妙な晩餐は、こうして幕を下ろした。
ザーン…
ザザー…ン
打ち寄せる波の音が響く、此処は、宿屋から程近い港の埠頭である。
「この辺りならば、出歩いている人も居ないでしょう。シルバさん、埠頭や船を傷付けない様にお互い注意しませんか?」
「そうじゃな。それで良いとも。お主らが、儂の盾を破ったら、儂の負けでよいじゃろ。」
「分かりました。では、参ります。」
5メートル程の間を空けて対峙する。
アリ君が、慣れた調子で指示を出す。
「トリス、カイル、行け。」
クレアさんが、
「頑張ってね。」
と、それぞれに応援してくれる。
「変身」
ジャキンっと言う音と共に、傾国のゲンスフライシュ(彼の人の造る品はどれも国を傾ける、と言われる、凄腕の錬金術師さん)製の特殊なベルトを起動させたフォルフェクスさんが呟いた。
すると、彼はいつの間にか、見たことの無い、全身鎧を身に纏っていた。
カイル君は何時もの通り、愛刀を構えている。
私も、何時もの様に、二本の魔剣を中空に浮かべる。
シルバさんも、両手にケルバーシールドを構えていた。
勝負は一瞬だった。
誰よりも速く動いたのは、フォルフェクスさんで、その攻撃は、《神々の欠片》を宿す者である私達の目を持ってしても、あっという間の出来事だった。
彼は、上空高くに飛び上がったかと思うと、ベルトに手を添え、何やら力を溜めると、一気にシルバさん目掛けて蹴り込んだのだ。
眩い光の軌道が一直線にシルバさんの盾を砕き、気付くと、シルバさんは倒れていた。
私たちは素早く彼を介抱した。
結果的に、私の出る幕は無かったし、シルバさんも無事だった。
「そんなに強い仲間がおるんじゃ。嬢ちゃん、あんたは、あんたになら、ゲンスルー閣下をお止めする事ができるやも知れん。」
そう、謎目いた言葉を残し、シルバさんは去っていった。
「…。アリ君、どうしましょう?」
困った私は、アリ君に聞いてみた。
「どう、とは?」
アリ君から、短く先を促された。
「何が何やら、私にはさっぱり理解が出来ていないんですよ。これから、どうしたらいいんでしょうか?」
素直に状況が解らないと伝えてみる。
「深く悩むな。お前は、ゲンスルーの下に赴いて、その疑問をぶつければいい。」
「つまり?」
「ゲンスルーは敵!!!って事だろ!考えすぎだって、トリス♪」
カイル君が、明るく結論を言った。
「カイルの言う通りだ。」
ぽんぽん、と、頭を撫でる、あやす様なアリ君の手の優しさが、私に考えさせる事を忘れさせるのだった。
ありがとうございました。