5 教皇庁と私~告白~
青春成分投入。
よろしくお願いします。
5.告白
きちんと身繕いした私は、今、アリ君の部屋の前にいる。
すーはーっと呼吸を整えると、意を決した。
コンコンコン。
「アリ君、トリスです。今、大丈夫ですか?」
ノックして、声をかける。
キィッと扉が開いた。
お風呂上がりらしく、いつもセットされている髪が下ろされて、普段より幾分 ラフなイメージのアリ君が、姿を現した。
ホカホカと湯気を立ち上らせた彼の色香に、くらりとするが、なんとか理性で押し留めた。
「なんだ、トリスか。どうした?こんな時間に。」
「えっと、久しぶりにお会いしたので、腹を割ってお話ししたいなって思って。中に入れてもらえますか?」
少し緊張しながら言うと、彼は快く、部屋の中に招き入れてくれた。
「ありがとうございます。中に入れてくれて。」
「ん?何か、吐き出したい気持ちでもあるんだろう?お前の事だから、またしょうもない事を溜め込んでるんだろ?だったら、聞いてやるのが兄貴分の役目だろ。」
クスクスと笑いながら、懐かしむ様にアリ君は言う。
「あはははは。バレてますねぇ。所で、アリ君。貴方は成人してますよね?ワインとか、所持してたりしませんか?」
敵わないなぁ…と思いながら、聞いてみる。
「ああ。持っているぞ。なんだ?飲むのか?」
「ええ。私は、飲んじゃいけない年齢ですが、今晩だけは見逃してくださいな。お酒の力をお借りしたいのです。お互いの、抱えているモノをはっきりさせるために。」
決意を込めて、アリ君を見上げる。私の緊張はさらに増し、耳まで赤くなっている自覚がある。
「仕方ないな。今日だけだぞ?」
「ありがとうございます。アリ君。」
トクトクとグラスにワインを注ぐ。
「何に乾杯するんだ?」
アリ君が問う。
「久しぶりの、再会に。」
「なるほど。では、久しぶりの再会に、乾杯」
チンとグラスを鳴らして、私は舐める様に一口ワインを飲んだ。
混乱の為か、ワインのせいか、それとも緊張のせいか、解らないまま、ドキドキする胸の鼓動が高鳴っていく。
「アリ君、今では凄い出世しましたよね。付き合ってる人とか、出来ましたか?」
初恋の終止符になるかも、と、私は彼に探りをいれてみる。
「いないが、気になるか?」
私の目を見て、アリ君が問いかける。
相も変わらず、ときめく胸の内を隠しながら、私は精一杯『普通』を装い、答える。
「ええ。気になります。久しぶりに会ったんですもん。どれだけ変わったかって、やっぱり気になりますよ(笑)」
カランとグラスを傾けながら、事も無げにアリ君は溜め息と共に呟く。
「モーション掛けてくる奴もいるんだが、私は今、それどころではなくてな。」
「と、言いますと?」
期待交じりに、続きを促す。
「はぁ…。なぁ、トリス。私が以前、お前に話した、仇敵の話を覚えているか?」
虚空を見詰め、思案する様に、ポツリポツリと語る、アリ君。彼に見惚れながら、友人としての笑顔を崩さずに相槌を打つ。
「はい、覚えていますよ。(アリ君の事ですもの。)それが?」
ぐっと拳を握り締め、アリ君は言葉を紡ぐ。
「私には、実の妹の、『仇』とも言えるやつがいてな。名を『アレス・トートス』というんだが。…私の、実の兄だ。」
アリ君の真剣な眼差しに、私は無言で先を促した。
「昔、私の家は、エクセターの一領地でな。私は、多方面で優秀な兄を誇りに思い、二人で妹を守るんだと誓っていた。そんな幼い子供の頃。突如として、領地は襲撃を受けた。父も亡くなり、後継ぎの優秀なアレスの指揮の下、我々は戦ったんだ。領民の為にな。非常に効率的で、策自体は優れていたよ。でもなぁ、その策で、…妹は…、ルナミスは…死んでしまったんだ。」
二人の間に、沈黙が落ちる。
ふぅっと、息を吐いて、何かを吹っ切る様に、アリ君は続けた。
「だから、私は今、妹の仇、アレス・トートスを伐つ事を至上の目標としてるんだ。」
一拍おいて、アリ君は更に続けた。
「ルナミスは…何処かお前の様なところがあってな。」
アリ君は、私の瞳を見ながら言った。
「トリス。私はお前に、妹の面影を見ている。勝手に、な。すまない。でも、どうしても、お前にルナミスの面影が重なってしまうんだ。」
辛そうな顔をして笑うアリ君を見て、私は後悔した。
「そうだったんですね。凄く親身になってくださるのも、妹さんに似てるから、ですか?」
話を聞きながら、グラスを傾け続ける私。
「ああ。そうだ。」
私は、見た事も無い、『ルナミス』さんに、嫉妬した。此処に居るのは、『私』なのに、アリ君が、余りにも『彼女』を見ているから。
ずきずきと痛む胸。
溢れそうな涙。
それらを抑えて、私も、言葉を紡ぐ。
「私は、妹ではありませんよ?」
どんどん鼓動が速くなっていく。
「ああ、分かっている。俺が、勝手にそう思っているだけだ。」
そして。
度重なるアリ君の言葉に、私の我慢は限界を越えた。
空になったグラスをテーブルに置くと、私はアリ君の頬をぐっと両手で挟む様に固定した。そして、思い切って、その唇に自身のそれを押し付けた。…『好き』と言う私の想いが伝わればいい、と、思いながら。
1秒、2秒、3秒…。
反応の無いアリ君から、ゆっくりと唇を放して、私は断言した。
「こういう意味で、私はアリ君が好きです。」
泣きそうな心を吐露する様に、私は、渾身の想いで告げた。
だが、私の意識が持ったのも、ここまでだった。
ふっと目の前が暗くなり、私の意識はぷつりと途切れたのだった。
朝。
目が覚めると、私はアリ君のベッドに、一人寝かされていた。
綺麗に整ったベッドで、寝乱れていると言う事もなかった。当然、身体に違和感などあるわけもなかった。
事が起こっていても、アリ君相手なら全く不満なんて無い私としては、物凄く紳士的に扱われて、残念な気持ちが大きかった。けれど、同時に、大切にされている、という事も、骨身に沁みて理解したのである。…あくまで、彼にとっては『妹』として、ではあるが。
私はそっとベッドから降りてアリ君を探した。
アリ君は、ソファーで寝息を立てていた。
寝顔を眺めながら、私は、考えた。
トラウマであろう過去の記憶を話してくれた信頼を、壊さない為の振舞い方を。
大好きで仕方ないけれど、彼の負担にならない様に、私ができる、最大の敬意の表し方を。
恋心が漏れでてしまうかも知れない。男性恐怖症もまだ若干引き摺って居る。けれど、私は、彼の友人として、これ以上自分が女性であると、意識させまい、と心掛ける事にした。
…なんて、格好いい事が出来たら良かったのだが。私には、そんな小器用な真似は出来ない。感情を抑えて、以前みたいに壊れそうになって、余計な心配をかけるよりは、…自分の気持ちをぶつけて、『私』を意識させよう。怒るかも知れないし、きっと迷惑をかけるだろう。
でも、それでも彼らは。
私を導いてくれた、大学の皆は。
きっと、私が感情に目覚めた事を、自己主張する事を、否定なんてしないはずである。喜ばしいと、逆に誉めてくれるはずである。
だから、覚悟してね?
アリ君。
私、トリスティーファ・ラスティンは、貴方が好きです。
個人的には、ある種の山場なのですが…。彼女と彼では、これが限界でしょうね。
ありがとうございました。