2 教皇庁と私~合流~
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2.合流
カランカラン。
何時もの様に、私は湧水亭の扉を潜る。
何時もと違うのは、連れがいる事と、私の髪が黒髪に変化している事だろうか。
こうするだけで、私を狙う賞金稼ぎも、アミョアさんへの侮蔑の目も、かなり欺く事が出来た。
だが、ここ、清水亭ではちょっと違う。
「アーサガさん、リューネさん、今日は。宿、空いてますか?」
私は、経営者のご夫婦に声を掛けた。
元冒険者のお二人は、それだけで、私が訳有りだと気付いた様だ。
「おう。大分可愛らしい格好だな。見違えたぜ。それも似合うな。さて、二部屋だな。空いてるぜ。カイル、ご案内しろ。」
尚且つ、私が、『トリスティーファ・ラスティン』である事も看過なさったらしい。流石である。
「はいよ。親父、部屋に案内、だな。」
二部屋用意して貰って、カイル君の案内に着いていく。
部屋に着くと、私は変化を解いて、カイル君に声を掛けた。
「カイル君、私、また、厄介事に巻き込まれてるみたいです。何か、『トリスティーファ・ラスティン』に関する情報、入ってないですか?」
「うわぁっ!似てると思ったけど、やっぱり、本物かぁ。びっくりした。」
よほど驚いたのか、呼吸を整えるカイル君。
「親父なら詳しく知っていると思うけど、俺が知っているのは、そんなにないなぁ。トリスに賞金が掛かったくらいかな?」
頬をポリポリ掻きながらカイル君は答えた。私はちょっと考えると、アミョアさんへの紹介がまだである事に思い至った。
「そうですか…。カイル君。紹介しますね。こちらアミョアさん。北に戻る途中の豚人の方。《神々の欠片》を宿しています。お互いに一人だとキツい旅路になりそうだったので、協力中。」
「え?豚人!?」
カイル君が慌てているが、構う事無く、私はアミョアさんにもカイル君を紹介する。
「アミョアさん。こちらは、私の信頼する仲間、カイル君。そしてこの酒場兼宿屋は、カイル君のご両親で、元凄腕の冒険者のお二人が営んでいる湧水亭というの。種族や宗教、固定観念を気にせずに商売をしている、冒険者ギルドみたいなところよ。酒場だけあって、情報収集も出来る場所なの。」
「そのようやな。でも、わいが酒場に行くと人目につくさかい、情報収集してきてもろてええか?あと、食べるもんと酒も恋しいわ。運んでんか?」
そういう訳で、カイル君に、アミョアさんの食事(酒付き)の用意を頼んだ。
そして、また髪を黒く変化させると、アーサガさんに情報を教えて貰う為に、酒場へと舞い戻った。
「リューネさん、アーサガさん、お久しぶりです。」
そう声をかけて、カウンターに腰掛ける。
「あんたも変わりないみたいだな。カイルも喜んでたろ。んで、注文は?」
「あはははは。リューネさんのクロワッサンと、アーサガさんのオススメランチ、あと、果実水をお願いします。それから…現状を教えてください。何がどうなっているんですか?」
「まいどっ!」
そう言ってアーサガさんとリューネさんはランチを用意してくれた。
アーサガさんは、小声で教えてくれた。
まず、私の『器』としての情報がリークされ、レクスギルドに流れた事。
(秘密にしていたのにおかしいですね。誰にも話していないハズですのに。)
その情報は、一時的なもので、今は流れていない事。
(不思議ですね?誰かが情報を止めたとしか思えません。心当たりが無いから、余計不気味です。)
僅かな噂を聞き付けた教皇庁から、魔狩人が差し向けられている事。
(魔狩人、さん?何方でしょうか?)
賞金首として狙っているのは、教皇庁ともう一つ、その対立している組織であろう事。
(人を道具扱いする神経が嫌だわ。逃げよう。)
賞金首としてではなく、『トリスティーファ・ラスティン』を捜している人物がいる事。
(そんな酔狂な人がいるなんて…誰でしょうね?)
そんな事を考えていたら、アーサガさんが思い出したように付け加えた。
「…あと、ついでだが、草原地帯に新しく国が出来たらしいぞ?イシュトヴァンってのが立ち上げたらしいな。で、さっきの話に関わるんだが、件の『トリスティーファ・ラスティン』を捜している人物が、ここの軍師だ。『アリス・トートス』と言うらしい。」
その名を聞いた瞬間、私は、グッと喉を詰まらせた。
ゴホゴホッと呼吸を整えながら、平静を装う。
だけど私は、動悸が激しくなり、ついで、血の気が引くのを感じた。
懐かしいアリ君の名前を聞いて動揺したのだ。
『彼』が『私』を捜してくれていると聞いて、大切に仕舞っていた想いが、溢れ出てくるかの様な気がした。
過去の想いだと思っていたものが、終わっていない事に気づいて舞い上がってしまった、自分が嫌になった。
でもそれ以上に、物凄く怒った、般若の様なアリ君に、盛大な
「馬鹿か貴様はっ!」
と罵声を浴びせられるであろう事を思うと、久しぶりに、冷や汗が出た。
そして、私は覚悟した。
アリ君に会いに行く事を。
…下手に変装して会いに行かなかったら、凄い勢いで退路を絶たれて、無理やり対面させられる未来が見えてしまったのだ。
彼は、とても、優秀だから。
「アーサガさん、貴重な情報をありがとうございます。」
もぐもぐとクロワッサンを食べながら、お礼を言う。
「お、トリス、俺も一緒にいいかな?」
カイル君が、賄いを持って来て、私に尋ねた。
「良いですよ?」
ご飯を一緒に食べる事に異論は無い、と思い、私は頷いた。
カイル君は、アーサガさんに言った。
「親父、許可も貰ったんで、俺、トリス達に着いていくわ。好きな娘の護衛くらい自分でやりたいし。」
ニコニコと機嫌よく言うカイユ君。
私の認識が甘かった。きちんと趣旨は確認すべきだった。
しかし、もう遅い。
「トリス、これ食い終わったら、俺も旅支度するから!久しぶりに一緒に冒険出来て嬉しいよ。」
声も弾ませて、意気揚々とし出した彼に、私は何を言えただろうか。
私は、カイル君を危険に晒すかも知れない事に戸惑いつつ、貴重な戦力が増えて安堵もしていた。
そこに、更にアーサガさんが助言をくれた。
「ケルバーを出る前に、この探偵を訪ねるといい。きっと君の力になってくれるはずだ。ああ、君らの情報は他には漏らさないから、安心してくれよ?」
私は、渡されたアドレスを確認し、今後のプランを練るのだった。
「アーサガさん、この探偵さんは、どんな方なんですか?」
行動プランを練るにあたり、少しでも情報を得たい私は、躊躇いつつも尋ねた。
「ああ、そいつな。名前をフォルフェクスと言って、あの、シャナイアさんの付き人だった奴だ。なんでも、独立して開業したはいいが、客が来ねぇんだとよ。」
「シャナイアさんって、あの、シャナイアさんですか?」
「ああ、あの、シャナイアさんだ。」
『シャナイアさん』とは、数年前、南方のエクセター王国での戦争を、《お茶会》と言う手段で縮小させた、伝説の舞姫の名前である。ケルバーのみならず、ハイルランドでも有数の高級娼婦なのである。
「アーサガさん、何処でそんな大物とお知り合いになったんですか?」
「まあ、ちょっと、な。」
胡散臭いなあ。と笑いながらも、アーサガさんの顔の広さに感心する。
「じゃあ、その、フォルフェクスさん?ですか、彼は信用出来るのですか?」
「依頼人を裏切る様な奴じゃあないな。使う奴の度量によって、信用度の変わる奴だ。名前通りにな。」
「名前?ですか?」
「そう。奴の名は『フォルフェクス』。『鋏』って意味なのさ。」
アーサガさんは、ウィンクしながら教えてくれた。
(なるほど、馬鹿と鋏はってやつですね。)
妙に納得したトリスだった。
その日の夜。今後のプランを話し合う為に、私とカイル君は、アミョアさんの部屋に集合していた。
「…という訳で、探偵のフォルフェクスさんとやらに会ってから草原地帯に行くか、草原地帯に行って、アリ君というブレインを確保するのが先か、という事になるわけですかが…。」
どうしましょう?
と二人の意見を求める。
「戦力的にはどうなんや?」
「俺は重戦士で、トリスは軽戦士だな。アミョア、あんたはやっぱり、豚人らしく戦士なんだろ?」
「アホかい!人を見掛けで判断したら、痛い目みるで。わいはな、バリバリのサポーターや!魔神カース様の信奉者にして、帰依者や!人間で言うところの司祭やがな!王とは後ろから手下をけしかけるんが仕事や。先頭で闘うリーダーは、エレガントやない。視界内の味方に支援を飛ばせてなんぼやと思うとる。」
チッチッチッと人差し指を横に振ってアミョアさんは、衝撃的な告白をした。
「アミョアさんは、王様なんですか?」
「ここまで来てお嬢ちゃんに黙っとるんも得策やないな。せや。シルトマウアー以北の豚人の王や。」
「そうですか。北荻は怖いですが、アミョアさんは怖くありません。無事に北へ送り帰せるように、改めて、協力を約束します。よろしくお願いしますね。」
「わいも、お嬢ちゃんみたいなんは嫌いや無い。ええやろ。暫く、よろしうな。」
「ありがとうございます。さて、話を戻しましょう。フォルフェクスさんが、どのような戦闘スタイルなのかは解りませんが、探偵さんらしいので、情報収集の為にも、近場から行くのが合理的、でしょうか?」
「せやな。情報に精通しとる奴がパーティーに一人おると、身の安全は謀りやすいな。坊主もそれでええか?」
「よっし、決まりだな。フォルフェクスって奴に合う、旅支度を整える、アリに会いに行く、ってことで。久々に、腕がなるぜ♪」
作戦会議も無事に終わり、翌日、私達は、旅立つのである。
「こんにちは~。」
コンコンと扉を叩いた先は、某所にある、探偵事務所である。
「空いてるぜ。」
扉の向こうから、ニヒルな感じを演出しようとする、三枚目半な印象を受ける声がした。
「すみません。フォルフェクスさんの事務所ってこちらですか?私達、湧水亭のご主人の紹介で参りました。入ってもよろしいですか?」
「間違ってねぇぜ。まあ、先ずは話を聞こうじゃないか。入んな。」
彼はそう言うと、私達を事務所に入れてくれた。
私は、アーサガさんの紹介状を渡すと、彼が書状を読み終えるのを待った。
「成る程な。分かっぜ。君らを追っ手から守りつつ、情報を収集すればいいんだな。」
フォルフェクスさんが了解をしようとしたまさにその時だった。
コンコン。
新たに扉を叩く音がした。
「申し訳ありません。こちらに腕のたつ探偵さんがいらっしゃると伺って参ったのですが…。」
若い女の人の、切羽詰まった声がした。
フォルフェクスさんは、
「嬢ちゃん達、ちっと待ってもらってもいいか?どう聞いても、ほっとけねぇ依頼人みたいだ。」
と、断りを入れてきた。
「ええ、構いませんよ?」
「わりぃな。」
フォルフェクスさんは、ガチャッと扉を開けて、女性を中に招き入れた。
「お取り込み中申し訳ありません。私はノノと言います。追われているんです。逃げるのに、協力しては頂けませんか?護衛と情報収集の出来る方々を探しているんです。逃げる方角は問いません。そちらの方々と一緒で構いませんので、守っては頂けないでしょうか?(か弱い一般人なんです。)」
ノノさんの切々とした訴えに、一同顔を見合わせる。戦闘能力も無さそうな、たおやかな女性だった。
どう見ても、儚げな彼女を前に、フォルフェクスさんが決断した。
「よぉし。二組とも、依頼内容は一致している様だ。纏めて面倒を見させて頂くぜ!」
「専属では無いので、料金は勿論割り引いて頂けるんですよね?フォルフェクスさん。」
私が問うと、フォルフェクスさんは、後ろ頭を掻きながら、
「はあ、今回はしかたねぇな。それで構わねぇから、ノノも一緒に連れていくぜ?」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね。皆様。足手まといにならない様について参ります。」
こうして、《神々の欠片》を宿した4人と、一人の、計5人の道連れが出来た。
いよいよ、私達は草原地帯に向かって出発することになったのである。
ありがとうございました。