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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
記憶喪失
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6  旅の仲間~束の間の休息~

よろしくお願いします。


6、カイル君と私




 大学に戻り、考え事をしていたある日、カイル君に呼び出された。


 場所は、グリーンヒル先生の闘技場である。

 私達はあれから、ルディ先生より、戦い方に問題はないとの判断を頂き、大学に戻って来ていたのだ。


 グリーンヒル先生が言う。


「では、カイル対トリスの模擬戦を行う。はじめっ!」


 私は、カイル君と違い、多数の武器を使う手法での戦闘をする。

 なので、魔剣の力で、武器を浮かす。


「トリス、俺、お前に言いたい事があるんだっ。」


 カイル君はそう言いながら、光の刃を持つ魔剣で、切り込んできた。


「それはっ! 戦いながらでないとっ!出来ない事なんですかっ?」


 浮かせた魔剣で凌ぎつつ、聞いてみる。


「いやっ!勢いが欲しいっていうかねっ。」


 歯切れの悪い物言いである。が、その太刀筋は鋭く、魔剣は弾かれる。


「じゃあ、普通の時にしてください。」


 話しながら斬りかかる。すると、反撃しながら、カイル君が踏み込んできた。


「いやだっ!」


 避けきれない、敗ける、と判断した私は、カイル君の斬り込みに合わせて、必殺・『死んだふり』をしてみた。クレアータである事を生かして、疑似心音も止めてみる。


「きゃああああっ」


 パタリと倒れる私。


「うわあああああっ。どっどうしよう!?」


と慌てるカイル君。

 それを見ていたグリーンヒル先生がにやりと笑い、楽し気に言った。


「カイル、こういう時は、人工呼吸だ。お前が責任を持ってやれ。」



「えっ!?あ…いいのかなぁ…では…っ」


 私を抱え起こし、顔を近付けるカイル君に、貞操の危機を察知した私は、


「良いわけないでしょう。何をしようとしてるんですか。」


と、目を開けた。




「良かったぁ。好きな子殺しちゃったのかと思った。」


 カイル君が爆弾を投下した。




「え?」




 固まる私。




「だから、俺は、女の子として、トリスが気になるの。興味があるの。だから、えっと、好きだから、付き合って欲しいんだ。できれば、一緒に湧水亭に来て欲しい。」




 カイル君が私を好き?




 私は、アルヴィン君に失恋したばかりで、でもまだアリ君への想いを自覚したばかりで、自分に自信は欠片も無くて、消えたいんだけど…。



 ぐるぐる廻る思考の海の中、何とか言葉を紡ぐ。


「気持ちは嬉しいです。ありがとうございます。でも、私は『私』を支えるので手一杯なのです。ごめんなさい。」


 精一杯の誠意を込めて、お断りする。


「うん。で、どうなの?付き合ってくれるの?」


「ですからっ!そういう余裕は無いと申し上げているんですっ。」


「じぁあさ、俺がお前に着いて行くのはいいよな?」


「え?はい。それは、自由ですが…。何故、私が旅立つと思ったんですか?」


「ん?勘かな?」


「よし、トリス、お前は無期限での課外活動で決まりだな。応援するぞ。」




 グリーンヒル先生にも認められ、私は、カイル君と旅立つ事が決定した。







 グリーンヒル先生の後押しで、カイル君との旅立ちが決まったその日。

 私は、自分の気持ちを整理するために、アリ君と二人でお話しをする事にした。

 勿論、初恋を打ち明ける為ではない。

 消えたい衝動との向き合い方を、自信家の彼にアドバイスして貰う事が目的である。


コンコンコン。


 そんな訳で、アリ君の部屋をノックした。


「誰だ?」


 部屋の中から、誰何する声がした。

 緊張しながらも私は声を絞り出した。


「私です。トリスです。アリ君、相談したい事があるんですが、今お時間ありますか?」


「なんだ。トリスか。いいぞ?どうしたんだ?」

 扉を開けながら、アリ君は部屋の中へと迎え入れてくれた。


「えへへ。ありがとうございます。」


 照れ笑いしながら、トレイに載せたティーセットを見せる。


「長くなりそうなので、お茶を持って来ました。飲みながら聞いてください。」


 アリ君は椅子に座り、私はベッドに座りながら、話をはじめる。二人の間には、お茶を置いた机がある。


「改めて聞くが、どうしたんだ?私個人に相談なんて珍しいじゃないか?」


 紅茶を口に運びながらアリ君が聞く。


「そうかもしれませんね。実は、私、カイル君と旅に出る事になりました。旅に出る前に、アリ君に聞いておきたい事があるんです。」


「私にか?」


「はい。アリ君に、です。」


 深呼吸して、続ける。

「『自信』って、どうしたら持てるんでしょうか?」


「『自信』、か?」


「はい。私は、自分が存在しているのが、とても煩わしくて、常に『存在ごと、消滅したい』という衝動を抱えています。自信があれば、そういう想いを、感じなくてもいいのかなって思って…。それで、自信を持っている、アリ君に聞いてみたかったんです。」


「ちょっと待て。『消滅』、と言ったか?それはつまり、我々との繋がりごと、消えてしまう、という事に他ならないぞ?分かっているのか?」


 私は、微笑みを浮かべた。


「ほらね。アリ君は、そうやって、怒ってくれるじゃないですか。私は、それをとても有難いと思うんです。なのに…、『消滅する』、という事に、とても抗えない魅力を感じてもいるんです。その為の手段も、考えてしまうくらいに。」


 言いながら、自分が情けなくて、涙が出てきた。


「手段?」


 アリ君が切り込む様に尋ねた。

 涙を拭きながら、何とか言い募る。


「『奈落』に行けたらって…。そしたら、存在ごと、消えてしまえるのにって…。この考えが、禁忌に触れる事は、重々承知しています。それを自制する為に、ぜひ、自信の持ち方を教えて欲しいんです。」




 『奈落』とは…通常は輪廻転生する魂の、転生できなかった魂達が澱む、虚無の世界。そこには、唯一神に反乱を起こした、邪神シャハスの精神も居るとされている。『真教』の徒である者にとっては、忌避すべき場所であり、死した殺戮者や魔神が吸い込まれる場所でもある。





 暫く深呼吸した後、アリ君は、静かに口を開いた。


「いいか、トリス。私は、お前を大切な仲間だと思っている。だから、お前が存在ごと居なくなるのは、とても嫌だ。故にな…。」


ごちん。


 私の頭に、拳骨が降ってきた。


「間違っても、『奈落』になんか行くんじゃない。必ず、ココに戻って来い。みんな、お前を待っているんだ。分かったか?この馬鹿者がっ!」


「いったぁ…。何するんですかっ!」


「煩いっ!!!!『奈落』だけは、絶対駄目だからなっ!約束だぞ?」


「分かりましたよ。『奈落』には、絶対、行きません。もし行ったとしても、必ず、帰ってくるって、約束します。」


「なら良し!『奈落』は輪廻転生出来ない魂の吹き溜まりで、『虚無』その物とも言われているからな。そんな場所なんか、本当に行くんじゃないぞ?」


 アリ君は、何度も何度も繰り返して、私に念を押した。『妹』ポジションの私を心配しての事なのだと、肌で理解出来てしまう位に、何度も。




 それから後、私は、このやり取りを何度も思い出す。

 そして、必ず、生きてココに戻ろうと、足掻く事になる。



 『消えたい』という衝動は、抱えたままに。










 その後、数日後かけて、私は各所に挨拶を済ませた。

 そして、早朝のまだ誰も起きていない時間に、カイル君と共に大学を後にした。

 皆の顔を見ると、いつまでも出発出来ないと、自分で分かっていたから。





 カイル君とは、行き先を決めずにあちこちを放浪した。地図に乗っている場所は、ほとんど行ってみた。たまに、地図に無い場所もあったりしたけれど。


 時には、カイル君と離れて行動することもあった。


 またある時は、湧水亭に滞在する事もあった。


 その日々は、実に冒険者らしい、《神々の欠片》を宿す者らしい日々だった。


 そんな日々が、2年程続いただろうか?

 丁度一人で放浪していたある日、私は、知らない集団に取り囲まれた。


「お前がトリスティーファ・ラスティンだな。お前の命を頂こうか。」


「どなたですか?物騒ですね。私はまだ死ぬわけには参りませんので、見逃してくださいな。」


「お前には高い賞金がかかっているんだ。見逃せねぇな。」



 そうして、また、私の新しい冒険は幕を開けた。





ありがとうございました。

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