5 旅の仲間~それから~
よろしくお願いします
5.それから
学年は変わってしまったが、レヴィちゃんを初め、皆との交流が消えた訳ではない。
私が不在だった頃の事も含めて、色々雑談を交わしていた時の事である。
お互いの事を話しながら、それぞれのプライベートな話題になった。
前述した人は省くが、新たに二人、個人的に気になる事を告げた人たちがいた。
一人目はリースさん。本名を「暗き陰のリリス」さんと仰り、なんと、さる魔神のご令嬢。その魔神信奉者達の組織する団体のNo.2であった過去を持つと言う。戦闘力と気品と美貌は、その育ちゆえ、な所もあったようだ。ミステリアスな部分は、相変わらずだが。御家騒動は解決済みだそうだ。…関われなくて、非常に残念ではあるのだけど。
二人目は、アリ君。彼は、未来の主君の為に、と日々研鑽を重ねているが、目的が他にもあるという。詳しくは教えてくれなかったが、何でも、憎んでいる相手がいるらしい。妹さんの敵で、どうしても赦せない相手がいると。
それとなく、私のイメージをアリ君に聞いてみた。目が放せない、手の掛かる奴、つまり、…妹ポジション、らしい。
ちくんと刺さる何かを胸に感じた。
私にとって、アルヴィン君とアリ君は、何だか特別気になる人達だ。言動や思考、好みなど、気になって仕方ないのだ。 クレアさんやリースさんに対する気になり方とは違う気がする。 その正体が分かったのは、ある日、アルヴィン君からリースさん以外を集めて、相談を持ち掛けられた時だった。
「近頃、俺、気になる奴が出来たんだけど、どうすりゃいいと思う?」
という、何ともスタンダードな相談である。
私は、相変わらず、若干男性が苦手だった。だけど、大切な仲間のアルヴィン君の役に立ちたかった。だから詳しく聞いてみた。
「誰が、どんな風に、気になるのかを教えて頂けますか?」
と。彼は、
「リースに興味があって仕方ない。女の子個人に対してこんなに気になるのは初めてだ。」
というような事を話してくれた。
私は、逸る気持ちを抑えながら、更に聞いた。
「リースさんが、誰かに狙われたりしてる、とか、リースさん絡みで冒険が始まりそう、とかっていう『気になる』ですか?」
と。
単刀直入に聞かなかったのは、彼ら(アルヴィン君やアリ君)の感性は、若干、物語の本(マニュアル)とは違っているからだ。普通なら、恋愛対象として、なのかも知れないが、彼らはそのあたりがあんまり期待出来ない。
しかし、今回ばかりは違った様で、顔を赤くし、照れた様に頭を掻きながらアルヴィン君は言った。
「そういうんじゃないんだよ。何かな、いつもリースの事ばっかり考えちまうんだよ。どうしちまったんだろう、俺?」
「…。確定の様ですわね。クレアさん。」
「そうね。レヴィちゃん。これは間違い無いでしょうね。」
「安心してくださいね。アルヴィン君。このネタは、極秘にしといてさしあげます。うふふふふ。」
「なんだ?どういう事だ?」
アリ君と私だけが分かっていなかった。
「つまり、アルヴィン君はリースさんが好きなんですわ。恋愛対象として。」
「何だって!良かったな、アルヴィン。」
「お、おう。」
皆のやり取りを聞きながら、グサグサと胸に痛みが走った。そんな私を置き去りにして、話は進んでいく。
「んで、俺、結局どうすりゃいいんだ?」
「好きにしたらいいんですわっ。このリア充っ。」
「ごちそうさま~。」
皆、アルヴィン君を茶化すばかりで、話が進まない。私は胸の痛みに耐えきれず、ついに言ってしまった。
「告白したらいいと思います。アルヴィン君は、黙ってその気持ちを育てられないんでしょう?じゃあ、言ってしまったらいいんですよ。」
「えっ。でも、気まずくなったりしねぇかな。」
「では、その間に、誰かにリースさんを取られてもいいんですね?同じ『後悔』をするなら、やらない後悔より、やった後悔の方がいいのではありませんか?」
「お、おぅ。ありがとな。今から言ってくる。」
そう言うと、アルヴィン君は、リースさんの所へ行ってしまった。
アルヴィン君の背中を押しながら、私は気付いてしまった。
私の、アルヴィン君とアリ君の二人に対する想いは、兄へのソレを大きく越えてしまっていた事に。
私は、アルヴィン君にも、アリ君にも、恋をしていたんだという事に。
正直、私は自分に失望した。初恋が二人同時なんて、あまりにも節操のない、自分の心に。
そして、ますます、私の男性への躊躇は深くなった。
そんな私だが、ただ男性が苦手なだけじゃない。
参考にするケースだってあるのだ。
例えば、ロイド兄弟子との手合わせ。
「ロイド先輩、手合わせ、どうぞよろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀して、私は剣を構える。
今、私は兄弟子のロイド先輩と手合わせをしている。グリーンヒル先生が、ここ数ヶ月の私達の成長を見る為だ。
グリーンヒル先生の号令が響く。
「両者、はじめっ!」
ロイド先輩は強い。私は取り戻した記憶を思い返しながら、攻略方法を考える。
『いいでござるか?接近を得意とする相手には、わざわざ近づいてやることはないでござる。俺達軽戦士は、相手との距離を詰められない為にも、魔剣の力を使ってからの『射刀術』が有効でござる。魔剣で繰り出す力は、己の分身を作り出し、相手を足止め出来るで御座る。そして、遠距離からの抜刀術の一つである『射刀術』は、自分から近づかなくても攻撃が届く、使い勝手の良い技で御座るからな。トリス殿、覚えておくと便利でござるよ。』
かつての同級生、刀十郎さんの言葉が脳裏を過る。彼は、耶都からの短期留学生だった、友人である。
『自分、相手によって、武器を使い分けてるんすよ。隠し種っぽくて気に入ってるっす。』
暫く行動を共にしたエステルさんの言葉も頭に過った。
ロイド先輩は、接近してから切りつけるタイプの戦闘スタイルだったはず。
私はそれらを考え合わせて、ロイド先輩攻略を導き出す。
「行きますっ。」
私はまず、魔剣の力で浮かせた剣を駆使して、自身の素早さを基に、『射刀術』でアタック。魔剣を投げつけた。次に魔剣でない武器を素早く懐から取り出して、二連目の攻撃で押すことにした。
「甘いぜっ、トリス。」
だが、先輩は更に上をいく反射神経で私の攻撃を掻い潜り、一撃で私を熨してしまった。
「そこまで!」
グリーンヒル先生の号令で、模擬戦闘は終了した。
「二人とも、良く鍛練をしてきたな。大分戦闘慣れしてきたようだ。ロイド、お前は新たに筋トレ追加だな。もう、後は自己鍛練でやっていけそうだな。」
グリーンヒル先生はロイド先輩にはそう言って、私の方に向き直った。
「トリスも、記憶を無くしていた割には、スムーズな戦闘だったな。それに、新しいスタイルに目覚めた様でもあるな。自分のスタイルを確立するのはいい事だ。今後は、沢山の実戦を重ねる事が課題だな。また何かに迷う様なら、いつでも言えよ?お前は大事な私の生徒だからな。」
そして、ポンポンと頭を叩いてくれた。グリーンヒル先生のこの行動で、私は、やっと、帰るべき場所へと戻って来たのだと、地面に足が着いた様な気がしたのだった。
それから数日。
私は、久しぶりにグリーンヒル先生の翼の下で、ウジウジしていた。
「先生…同学年の人たちと話が合わないのですが、どうしたらいいんでしょうか?感性が違いすぎて、教室に馴染めないんです。それはまだいいのですが…目の前の感情に振り回されて、辛いんです。私は、ずっと、大切にしてもらって嬉しいくせに、存在ごと、消えたいんです。そんな事を考える自分が情けなくて、辛いんです。」
途中から、支離滅裂になりながらも、私は必死で言葉を紡ぐ。
「なぁトリス、もういっそ、お前は実践授業ということにして、旅で実戦を重ねる形式での単位取得にするか?期間は、お前の悩みが晴れるまで。で、帰って来て、お前の様子を見て卒業を判断する。どうだ?」
ん?
と、グリーンヒル先生は私に問うた。
「勿論、お前の根幹に根差す、その消滅願望の解決は難しいだろう。だが、折り合いをつける為にも、広い世界をみて来い。まぁ、お前はいま、他にも悩みを抱えていそうだがな。お前の指導教官として、ソレが一番お前を成長させるのではないかと思うぞ。」
グリーンヒル先生の言葉は、目から鱗だった。
「…そんな、目の前の問題から逃げる様な行動、してもいいんでしょうか…?直視出来ないどろどろした感情を、見ないでいい所に逃げても、いいんでしょうか?私は、まだ、知ったばかりのこの感情を、持ち続けていいんでしょうか。」
グリーンヒル先生への問いかけの形で、私は感情を吐露する。
グリーンヒル先生は、
「ゆっくりでいい。感じて、行動すれば、いづれ道が開ける。心配するな。私はいつでもお前の指導教官だからな。心が決まったらまた訪ねて来い。この翼の下は、いつでも貸してやる。」
そう言っていつもの様に、私の頭をポンポンと叩いてくれた。
取り敢えず、グリーンヒル先生の提案を試す意味も込めて、課外活動をしてみる事にした。
そんな訳で、私は、今、カイル君の師匠ルディ先生の下、稽古をつけてもらっている。
ここは、学園から馬車で2日の距離にある、森の中。
「トリスさん、これから降ってくる魔物を、自分の判断で倒して行ってくださいね。いきますよ。」
そう言って、ルディ先生は、近くの大木を叩いた。
バサバサバサッ。
凄い数の蜘蛛型の魔物が降ってきた。その大きさ、およそ直径で30cmから50cm。
「ッッッ!!!!!い゛や゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
気が付くと、私は一番打撃力のある軽盾・ラウンドシールド(片手で持てる丸い小さな盾)を用い、射刀術を駆使して、蜘蛛を殲滅していた。
先生や、見物していたカイル君曰く、
「全く無駄のない、非の打ち所のない、素晴らしい動きだった。」
との事だった。
そう。何を隠そう、私は、『蜘蛛』と言う生き物が生理的に大嫌いなのである。…我を忘れて、暴走してしまう程に。
そこに、突如、声が降ってきた。
『お前、素晴らしい『器』だな。私が使ってやろう。クククククッ。』
ギチギチという耳障りな音。
カサカサという不快な移動音。
間違いなく、私の嫌いなアレの気配がした。
『我が名はファントム。小娘。名誉に…「いゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
奴の気配を認識した瞬間、私はソイツを魔剣の力で浮かせた盾(ケルバーシールド…ケルバー水晶製の儀礼盾。鈍器としての破壊力は、武器で最強を誇る)で、これでもかと、叩き潰していた。
数分後。
「ルディ先生、大至急、湯浴みがしたいです。お湯場をお借り願えませんか?あとカイル君。大変申し訳ありませんが、後片付けお願いします。盾は、熱湯で流したうえで、火炎てにて消毒致します。」
そう言って、脱兎の勢いでお湯を沸かし、盾を煮沸し、お風呂の薪を焚くその火の上で盾を燻す。
そして、お風呂が沸くと同時に入浴着に着替えた。着ていた服を薪にくべるのも忘れない。新しい服を取り出して、速攻で身体を洗う。
いつもより丹念に、隅々まで。
奴の気持ち悪さが拭えるまで、徹底的に身を清めた。
ありがとうございました