4 旅の仲間~記憶を取り戻せ~
よろしくお願いします。
4.記憶を取り戻せ
「カイル君、何だかドキドキしますね。」
「トリス、気にしすぎだから。大丈夫だって。ここならお前の事を知ってる奴がいるから。」
散々カイル君に背中を押され、私は恐々と受け付けを目指す。
「こんにちは。すみませんが、この学生証の方をご存知ないですか?関係者の方にお話を伺いたいのですが。」
カイル君の後ろに隠れながら、そう声をかけ、学生証を受け付けに差し出す。
「はいはい。少々お待ちくださいね。っと…。」
受け付けの方は、学生証を確認すると、愕然とした面持ちになると、
「急いでご案内します。こちらへどうぞ。」
と慌てた様子で付いてくる様に言った。
私たちが案内されたのは、理事長室だった。扉を開けると、上品な老婦人が待ち構えており、
「あらあらまあまあ。トリスさん、よく戻ったわねぇ。みんな心配していたのよ。さあ、何があったか知りたいわ。お掛けになって。お茶でも飲みながら、お話を聞かせてちょうだいな。ああ、待ってね。貴女を心配していた皆も呼ぶわ。」
とのんびりとした、しかし有無を言わせない口調で言った。
私たちは、あれよあれよという間に、椅子に座らされ、メンバーが揃うまで待つ事となった。
5分後。
お茶と、複数の方々が理事長室に集合していた。 この広い大学の敷地からすると、驚異的な集合時間ではないかと推測される。
「あらあらまあまあ。皆揃ったみたいね。じゃあ、お話を伺おうかしら。」
理事長先生の、他者の発言を許さない空気に、集まっていた皆さんが言葉を飲み込んだ気配を感じた。
私は緊張しながら、自己紹介をする事にした。
「はじめまして。私は、『トリスティーファ・ラスティン』というらしいです。ですが、ブリスランドの浜辺で倒れていた以前の記憶が全く無いので、この学生証の名前を仮称として名乗っています。こちらは、カイル・オニッツさんとエステルさんです。私の記憶を取り戻す為に付いてきてくださった方々です。私は、本当に、この学生証の人物なのでしょうか?お教え頂けると有難いのですが…。」
申し訳なく思いながら、知らない人達に緊張しつつ、ポソポソと小声で告げる。すると、真っ先に、狼鷲人の方が名乗りをあげた。
「よく戻ったな、トリス。私はお前の指導教官の、グリーンヒルという。記憶が無いとの事だが、とりあえず無事そうで良かった。記憶は無くとも、お前は私の大事な生徒だからな。安心しろ。」
大きな、張りのある声だが、どこか、私の中の深いところで、安心感をもたらす声だった。
「グリーンヒル先生、ですか。ありがとうございます。改めてよろしくお願いいたします。」
私は深々とお辞儀をした。
すると、グリーンヒル先生を皮切りに、集まっていた方々が次々に話し出した。
「なんだトリス、記憶が無くなっちまったって?大変だなぁ。あ、俺アルヴィンってんだ。さん付け不要だぜ?よろしくな♪」
悪戯っ子の笑みをした、明るいお兄さんが、にこやかに告げた。
「アルヴィン君ですね。よろしくお願いいたします。」
「ボクはリース。アルヴィン君が不届きな事をしたら、遠慮なく言ってね。絞めとくから。」
艶やかなストレートの黒髪が似合う、神秘的な美少女が、アルヴィン君限定での制裁を約束してくれる。
「リースさん、分かりました。ありがとうございます。」
「私はクレア・ラ・シール。クレアでいいわ。改めて、よろしくね。」
黒髪をウェーブさせて、リースさんとはまた違った美貌の、妖艶な美女が包み込む様な優しさを滲ませて告げる。
「クレアさんですね。よろしくお願します。」
「私はレヴィア・ターニッツと申しますの。貴女とは親友でしたのよ。困った事があったら、遠慮なく仰ってくださいね。ああ、わたくしもさん付け不要ですわ。レヴィとお呼びくださいな。」
ニコニコと、スレンダーな金髪の少女が、丁寧に自己紹介してくれた。
「分かりました。えっと、さん付け不要、という事は、レヴィちゃん、ですか。よろしくお願いいたします。」
一人一人を確認しながら、私は相手の目を見て自己紹介を受けている。
最初の、グリーンヒル先生から今まで、ずっと、皆さんは優しい眼差しで私を見ているのを感じ、じんわりと心が暖かくなってゆく。
「あー、先ずは、お帰り、かな。私はここにいる君たちの、戦術と戦略の授業教官をしている、楊という。とりあえず、トリス、君が無事で良かったよ。」
黒髪の先生が、皆さんとの関係を簡潔に伝えてくれる。
「楊先生、お気遣いありがとうございます。」
「わいはジョンや。トリス、お前の行方不明になっとった期間は、休学中っちゅう事で処理してあるで。安心しぃ。」
茶髪の先生も、彼なりの気遣いで、私を安心させようと、言葉を掛けてくれた。
「それは気がつきませんまでした。ありがとうございます、ジョン先生。」
こうして、順調にお互いの名乗りを済ませていくなか、一人だけ、微妙なモノを見る目付きの人がいた。
「…アリス・トートスだ。」
何かに衝撃を受けているらしく、その人は言葉少なに言った。
「トートスさんですね。」
と、私が確認しようとしたら、即座に、
「違うっ!」
と、否定が飛んできた。
「じゃあ、アリスさんですか?」
聞き直したら、またも、否定された。
「アリでいい。」
「アリさん、ですね!」
でも、やっぱり否定された。
「アリ、だ。」
「アリ君、では駄目ですか?」
「仕方ない。まあ、いいだろう。」
とっても残念そうな、悲しそうな、何とも言えないという雰囲気でアリ君は呼び名を認めてくれた。
皆さんの名前が分かったところで、私は凄く気になっている事を聞くことにした。
(先生方やレヴィちゃんとの関係性は言って貰えたので理解できましたけど、他の方々とは、どういった関係だったのでしょうか。)
取り敢えず、目の前のアリ君を中心として尋ねてみた。
「ありがとうございます。皆さんの名前は分かりました。先生方とレヴィちゃんとの、トリスさんとの関係も分かりました。分からないのはあと2つです。他の方々は、トリスさんとどんな関係だったのですか?…それから、私は本当に『トリスティーファ・ラスティ』ンで合っているのですか?」
この質問をしたところ、アリ君は何とも言えない顔をして、くるりと後ろを向き、額に左手を添えながら、クレアさんの肩を叩き、
「こんなのトリスじゃない…。私ではうまく向き合う自信はない。クレア、代わりに頼む。」
と静かに言って、後ろへ下がった。
そんな彼を見て、
(私は何か、彼の気に障る事を仕出かしてしまったのでしょうか?)
私はそう考えた。
「しょうがないわねぇ。」
クレアさんは、そう言うと、アリ君の代わりに質問に応えてくれた。
仲睦まじそうなその様子に、私の胸が僅かにざわめいた。その微かな不快感の正体は残念ながら今の私には判らなかったのだが。
「私たちは、貴女が入学した時の同期生で、楊先生の授業で一緒に学んでいたの。残念ながら、貴女が戻って来るまでに学年が上がってしまったけどね。そんな私達だからこそ断言するわ。貴女は間違いなく、トリスティーファ・ラスティンよ。他の誰でも無いわ。」
クレアさんのその言葉が、すとん、と心に入り込んできた。
ぽろり。
私はいつの間にか涙を流していた。
魂が欲していた言葉が、心に染み渡る様な、不思議な感覚だった。
ぽろぽろと涙を溢していると、カイル君から
「よかったなぁ、心配してくれる人達がいて。此処に来るまで、大変だったもんなぁ。」
と慰められた。その発言にまた泣きそうになるところだったのだが、しかし、
「こほんっ。それでな、話を進めたいんで、泣き止んでくれると助かるんだが… 。」
と、情緒もへったくれも無い、容赦のない言葉が続いた。
「ちょっと、あんた、泣かせてあげなさいよっ。分かってないわねっ。」
「そうですわっ。情緒って言葉を学んではいかがですのっ。」
「トリス、こいつ、絞めとこうか?」
カイル君の態度に憤慨してくれる、私の友人達は、とっても優しい人達だった。
私は涙を拭いながら、
「ありがとうございます。皆さん。カイル君の言うことも、尤もですので、泣き止みたいんですが、まだ、ちょっと涙が止まりそうもありません。どうか、もう少しだけ、時間をください。」
と、やっとの事で口にした。
グリーンヒル先生の翼が、私の頭をぽふぽふと撫でることしばし。
漸く、私の涙は止まり、しゃくりあげていた呼吸も、なんとか落ち着いた。
そして、私は、皆に、今までの旅の経緯を話していった。
気付いたら、ブリスランドの浜辺に倒れていた事。カイル君に拾われた事。途中で疫病の街で殺戮者に襲われた事。同情したエステルさんが着いてきてくれる事になった事。
私が話を終えると、カイル君が言った。
「これで、もう、お前が『トリスティーファ・ラスティン』だと納得したよな!?異論はないよな。お願いだから、トリス宛ての手紙をいい加減読んでくれ。全ての元凶のヒントくらいはさ、書いてあるハズなんだよ。」
その発言を聞いた皆が、疑問を口にした。
「「「「「「「「「「トリス宛ての手紙?そんな明らかに状況解明の手掛かり、なんですぐに読まないんだよ(のよ)(だい)(ッスカ)(んや)!!!」」」」」」」」」」
見事におんなじ疑問だった。
私は素直に答えた。
「他人のプライバシーは侵害しちゃ駄目なんですよ?もし、私が、宛名の人じゃ無かったら、読まれた側の人は嫌な気持ちになるじゃないですか。恋文とかだと気まずいでしょう?だから、自分が『トリスティーファ・ラスティン』だとかし確定ない限り読まないと、決めていたんです。」
そう告げたら、後ろに下がっていたアリ君が、呆れたという目でこちらを見ながら、
「はぁ~…馬鹿か貴様は。ってか、トリスってヤツはこういう奴だったな。記憶を無くしても、お前はお前か…。」
と呟き、
「さっきはすまんな。あまりの事に私とした事が、動揺していたようだ。態度が悪かった事は謝る。」
と謝罪してくれた。観察していた限り、この人はあんまり謝罪とかしない人なんじゃないかと思っていたが、どうやら、認識を改め無いといけないらしい。
同時に、皆さんも、
「トリスだしな…。いつもの事だけどな…ははは。」
と乾いた笑いで何やら納得していた。
「ところで、エステル。君はトリスが『トリス』と知ってた筈だろう?どうして伝えなかったんだい?」
楊先生がエステルさんに問いかけていた。
「自分も訊いたんすよ?《自分を覚えているっすか》って。でも自分の事を忘れてたっぽいっすからね。近くで見守った方がトリスさんの為になると思ったっすよ。だから、手紙の事は初耳っす。早く内容が知りたいっすね。」
「トリスの記憶に関するかも知れない手紙だろ?すぐに読もうぜ?」
アルヴィン君の言葉で、手紙を開封する事になった。
私は、表書きには、
『トリスティーファ・ラスティン殿へ』
と書かれていて、差出人の書かれていない封筒を開封した。
******************前略
トリスティーファ・ラスティン殿
突然自分の事も分からない君を、こんな場所に残していく事を、大変遺憾に思う。すまない。
君の名は、『トリスティーファ・ラスティン』という。君は、私の部下の友人であり、学生証の通りの人物である。
さて本題だが、私は、どうしても隠し徹さないといけない、さる組織内の、重要な情報を持っている。その手掛かりを、クレアータである君に託させてもらった。その際、君の安全を守る為、記憶を操作させてもらったのだが、私の未熟のせいで、情報に関する記憶以上に、君の記憶を封印するに至ってしまった様だ。
追っ手が近付いている。解除の時間が今は取れそうにない。君の記憶の封印の解除は、◆◆◆の教会でないと行えない。
申し訳ないのだが、満月の夜に上記教会まで来られたし。君が来るまで、毎月、私はその教会にて待っている。
尚、護衛を送るので、君が襲撃される事はないはずだ。
本名を名乗ると君に害が及ぶので、仮名にて失礼する。
Lより。
******************
「…。トリスよぉ 。今さらだけどな、こういうのは、直ぐに読んどいた方がいいぜ?カイルだっけ?あいつにもすっげぇ迷惑掛けてっから。俺にらもすっげぇ心配掛けてんだぜ?」
手紙をぴらぴら振りながら、アルヴィン君に静かに諭された。
皆も、同意らしく、大きく頷かれた。
「申し開きのしようもございません。」
心底、申し訳無く思った。
そこに、楊先生からの言葉がかかった。
「エステル、君が、この手紙にある、『トリスの友人で護衛』だね。で、手紙から読み取るに、教皇庁がらみの事件に、トリスは巻き込まれた、ということで間違いないかい?」
「そっす。流石は楊先生っすね。ようやく自分も、色々話せるっすよ。良かったっす。」
熊の着ぐるみは、事も無げに言った。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったっすけどね、何とかなりそうで良かったっす。陰ながら護衛するのも限界っぽかったっすからね。」
「じゃあ、トリス、後は指定の教会に向かって、お前の記憶を取り戻せばいいんだな?んで、首謀者をのせば万事解決だな。」
カイル君が言う。
「折よく満月も近いし、指定の教会に行くのにちょうどいい日程になりそうだな。私も同行させてもらうぞ。よくも私の妹のようなトリスにこんな仕打ちをしてくれたな。ただじゃ済まさん。」
怒りを滲ませたアリ君も同行してくれる事となった。
「さて。事にあたる前に、戦力の確認だ。全員がどうやら《神々の欠片》を宿しているな。ならば。トリスは軽戦士、カイルが重戦士、エステルは盾役、指揮は私。後は…支援と回復がいればばっちりだな。というわけで、クレアとレヴィにも来てもらうぞ。異論はないよな?」
「勿論ですわ。」
「しょうがないわねぇ。付き合ってあげるわ。」
と言う感じで、あれよあれよと事態は進み、数日後、私達一行は指定の教会にたどり着いたのだった。
夜の教会。扉を開けると、突然背後から、
「貴様がトリスティーファ・ラスティンだなっ。命が惜しければイスカリオテ機関の機密を渡して貰おうか?なに、しらを切ろうとも、お前が持っている事は調査済みだ!嫌でも吐かせるがなっ!」
何だか良く分からない事を言う人たちに囲まれました。
「すみません。記憶が無いので、解りかねます。お力になれずに申し訳ありません。」
私は誠意を持って、謝った。
「貴様が知らなくても、鍵である事は確かだ。悪いが、捕まえさせてもらうぞ。どんな力を使ってでもなぁ!」
そういうと、リーダー格の男は近くにいた部下の首を突然かき斬った。
「魔神ボリヴァトスよ、贄の血をもて、我に力を与えたまえ。《神々の欠片》を捧げよ!今宵は殺戮の宴なり!!」
首を斬られ、流された血が魔法陣を描き、リーダー格の男の風貌が人外へと変化してゆく。
闇が濃くなり,周囲から生き物の気配が消えた。
そうして、激しい戦闘が始まった。
アリ君の的確な指示と、過剰に戦力を揃えていたこともあり、戦闘自体はスムーズに終えた。
戦闘が終えると共に 、パキンっという音がして、周囲を覆っていた闇が晴れる。
今までよりも多くの光が、キラキラと瞬きながら、空へと昇っていく。
清浄な空気に包まれ、漸く、私達は教会内部へと足を踏み入れる事が出来た。
カツンカツンと教会の奥へと歩を進める。
最奥には、一人の若い、25歳くらいの騎士がいた。
「よく来たね。トリス殿。長い、長い間、君を待っていたよ。エステルも、ご苦労だったな。さて、まずは、自己紹介をしよう。私の名は、聖騎士ランスロット。エステルの上官にあたる。手紙を託したのも、私だ。今まで、君を利用させてもらってすまなかった。先ほど、全ての不穏分子の撲滅が終わった所だ。礼を言う。」
きちんとした騎士の礼をされ、私は言葉に詰まった。
「私の知りうる中で、君が一番安全に機密を保持できるクレアータだと判断して、協力を仰いだのだが、君の記憶も封印するに至ってしまった。これ以上、君に迷惑を及ぼしたくない。君の中にある機密を取り出させて欲しい。」
「私の中にあるのですか?それは、情報的に、でしょうか?」
「いいや。物理的に、君の体内に、機密文章を収納させてもらったのだ。」
「!?物理的に?ですか!!?凄く嫌な予感がするんですが…。」
「怖いことは一切ない。安心してくれ。ただ、ここの地下の施設を使わないと取り出せないからね。エステルと君だけ、ついてきて欲しい。他の者は、すまないが、待っていてくれないだろうか。彼女の為にも。」
「良かったな、トリス、やっと記憶が戻るんだぜ?俺らは喜んでまっているよ。」
カイユ君の笑顔が嫌に眩しい。
「ふんっ。お前は気に食わないが、仕方あるまい。トリス、早く記憶を取り戻して来い。」
「お待ちしておりますわ♪」
「いってらっしゃ〜い♪」
「えっ、ちょっ、まっ…」
「早く行くッスよ〜」
私は、エステルさんに引き摺られる様に、作業場に連行された。
エステルさんに引き摺られるままに連れていかれた地下室では、白い衣服に身を包んだランスロットさんがいた。
「あ…あの…どういった事をするんですか?何だか不安しかないんですが…。」
「ああ、説明が無いと不安だよね。これから君に上衣を脱いでもらって、錬金術で胸元から取り出すんだよ。」
「えっ!?肌を見せるのは、旦那様になる方だけなんで、他の方法でお願いします。」
「と、いっても、他に方法はないからね。例外っていう事で諦めてくれるかな。君の記憶の為にも。エステル、押さえて。」
辛うじて下着一枚にされ、後ろからエステルさんに羽交い締められる。
「いっ…いやぁあ…やめ…」
ふっとブラックアウトする意識。
次に気付いた時には、記憶はもどり、無事に機密情報を取り出せていた。
そして、トリスには、若干の男性不信と男性恐怖症が残ったとかいないとか。
翌日、私は改めて、皆さんにお礼を述べた。
「皆さん、私の記憶を取り戻すお手伝いをして頂き、ありがとうございました。お陰様で、しっかり記憶は戻りました。ご迷惑をおかけしました。」
ペコリとお辞儀をして、レヴィちゃんの後ろに隠れた。
「トリス?何故隠れる?」
アリ君に聞かれ、カイル君やアルヴィン君にも頷かれた。
「なっ…何でもないデスヨッ…?嫌だなぁ。あはははは…。」
そう言いつつも、顔は俯き、目は泳ぎ、汗だくで、しかも、顔が真っ赤だと、自分でも自覚している。
(いくら錬金術技術の為とはいえ、傷痕を殿方に見られたなんて、言えないっ!……というか、殿方、怖いよぉ。もうお嫁に行けないっ。いや、私にそんな資格はないけどもっ。うわーん。)
あははと笑いながら、誤魔化す。
「アリ君、そんなに凄んだら、トリスさんは、ますます小動物みたいな行動をとりますわよ。」
レヴィちゃんが味方してくれた。
気を取り直して、聞いてみた。
「いつの間にか、皆さん学年が上がってますよね。一緒に机を並べられなくなって残念です。」
「そうね。私達も残念よ。だけどね、トリスちゃん。貴女は、長い旅で疲れてるでしょう?少しゆっくりすべきだと思うわ。」
「そうだぞ、トリス。お前の部屋もそのままにしてある。少し休養しながら、今後を考えてみるといい。」
グリーンヒル先生に頭をぽんぽんとされ、一気に緊張が解けた。
「ありがとうございます。では、遠慮なく、そうさせて頂きます。」
「カイルもしばらく滞在したらええ。客室を用意したるわ。ええですよね、理事長先生。」
「あらあらまあまあ。とてもいい案ね。手配は致しましょう。ゆっくり見てまわるといいわ。」
「ありがとうございます。僕も、大学には興味がありましたので、見学させて頂きます。」
そうして、私の記憶喪失事件は終わり、束の間の平穏な大学生活が始まったのである。
ありがとうございました。