29、『アルゴス』さんへ~私から、貴方へ。~
長く開きましたが、漸く纏まりました。
29、『アルゴス』さんへ~私から、貴方へ~
アリ君と合流してからの、私達の闘いは、最早『作業』と呼んでも差し支えのない、あっさりとしたモノだった。
特筆する事もなく、淡々と、《電脳神・クラスター》を屠る。
そうして、体感で2週間、現世時間にして3日をかけて、私は、遂に目的地の手前まで辿り着いた。
「お帰りの際もデウスライナーをご利用でしょう?せっかくです。サービスで、お待ちしておりますよ。さぁ、お嬢さん。目的を果たしていらっしゃい。」
奈落との間の、薄い壁の狭間への揺らぎをステッキで示しながら、車掌が私に告げた。
アリ君も、私の両肩を抱いて、
「ほら、行ってこい。お前の旅の、終着点なのだろう。」
と、後押ししてくれた。
「そうだぞ!旅は、いつかは終わらせるモノだゾ!!!」
「待ってるゼ。」
…、幾つもの声が、私の背中を押してくれる。
私は、くるりと皆の方を向いて御辞儀をする。
「ありがとうございます。行ってきます。」
そう告げて、奈落まで届かない様にソッと薄い次元の膜を破いた。
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目の前に広がるのは、赤い夕空に包まれた、広い校庭。野球をやるためのコーナー。石で出来た整地用のトンボ。使い込まれたマウンド。ボール。倉庫らしき建物の壁に、縄跳び用の跳び縄や、グローブ、筋トレ用の器具の数々。
幾つもの、体を鍛える為の道具が綺麗に整理されて、置いてあった。
その、どれもが、使い込まれ、いつか誰かが来ても良いように、隅々まで、磨き上げられていた。
カラスでも鳴いていそうな夕焼けに、このだだっ広い空間で、何年間もの間、ただ独り飽くことなく、ただただ戦闘の為だけに自己鍛練を繰り返していたアルゴスさんを思うと、心がぎゅうっと、締め付けられるかの様に痛んだ。
ただの感傷だと、分かっている。
ただの自己満足だと、分かっている。
けれども。
私は、ここに、貴方が居た場所に、辿り着けた。
世界の運行に、著しく安定を欠くと、神々に判断され、閉じ込められ、挙げ句に他者との交流も出来ない様に、遂には追放されてしまった、アルゴスさん。
喩え『世界』を離れて、繋がれなくなってしまっても。
喩えリアルタイムに届かなくても。
いつか、私の想いが、彼と交差できる様に、祈りを込めて、私は、唇を開いた。
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アルゴスさんへ。
はじめまして。私は、トリス。トリスティーファ・ラスティンと言います。
まず、謝らせて下さい。
間に合わなくて、ごめんなさい。
この『世界』は、誰かと繋がる為の空間だったというのに。
爪弾きにされた者達の、セーフティラインだったというのに。
貴方が独りきりで居るのに気付けなくて、ごめんなさい。
私は、未だ見ぬ貴方とも、話して、交流して、互いに『何か』を響かせ合ってみたかった。
それは、和やかなモノには成らなかったかも知れない。
それは、穏やかには、いかなかったかも知れない。
それでも。
独りきりで、終わらせて欲しくなかった。
もっと早くに、行動して、『世界』を運行している神々にも納得の行く形で、貴方の『世界』を、他人という名の『世界』と交わらせて、膨らませて、人生の彩りを、豊かなモノにしてほしかった。
胸を締め付ける、夕闇だけではなく。
雨上がりの虹や、爽やかな午後の木漏れ日や、満月の夜空を見上げた時のような、そんな時間を共有してみたかった。
独りきりでは、決して成し得ない、素晴らしい『何か』を、皆で、共有したかった。
その中に、貴方も、居て欲しかった。
動くことで生まれる、沢山の心の『煌めき』。
一人でも感じるけれども、沢山の違う視点『価値観』を知る事で、ますます広がる、個人の心の充足感、集団での心の充足感。
内と外で響かせ響き合う『共感』を、貴方とも感じ合いたかった。
でも、貴方との、その時間は、途切れてしまいました。
悔しいです。
気付けたかも知れないのに。
会えたかも、知れないのに。
だから。
私は、ここに来ました。
到達できると、証明する為に。
此れからは、一人でも多く、出会えた『誰か』、出会えるかも知れない『誰か』と、少しでも何かを感じられるように。
人生は素晴らしいと、人の持つ可能性は、無限なんだと、私も教えて貰えたから。
意識している、していないに関わらず、沢山の『他人』に、影響されていると、私も背中を押されているから。
だから。私は、誓います。
前人未到であろうとも。前人未踏であろうとも。
そこにいる誰かに会うために。独りじゃないと、伝える為に。貴方が大切で、貴方の可能性を、貴方の絶望を、私が諦めない事を伝える為に。何処へだって、赴く事を。
アルゴスさん。貴方には、私から何もあげれなかったかもしれません。
でも、私は、貴方にも、影響を受けました。
だから。
消滅したい自分とも向き合って、私を苛む劣等感を受け止めて、他者と関わる事で、誰かに良い影響を与えられる様に、努力します。
ありがとうございました。
どうか、貴方のこれからに、幸多からん事を。
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私は、その空間に一礼すると、潜ってきた揺らぎを跨いで、アリ君の元へと帰ってきた。
アリ君の胸に顔を埋めて、ぐっと涙を堪えると、アリ君に飛びっきりの笑顔で告げた。
「只今。アリ君。さぁ、帰りましょうか。」
こうして、一連の長い長い旅は終わりを迎えた。
そして、きっと始めるのだ。
新たな何かや誰かに出会うために。
だって、私は、『冒険者』なのだから。
長かったアルゴス編、此れにておしまいです。
お付き合い頂き、ありがとうございました。