[幕間:sideアリ君 2]
アリ君視点です。
宜しくお願いします。
アイツが私の下を離れ、幽世に潜ってから、そろそろ7日になる。
私は、その間、心配で堪らなかった。
北極圏という未開の地を踏破した時の様に、アイツがトラブルに捲き込まれない訳が無いのだ。
だから、アイツがどこで遭難しても大丈夫な様に、私はアイツへの麦わら帽子に、現在最高峰の科学技術の粋である居場所探知機なるものを仕込んで置いたのだ。勿論、トリスには伝えて居ない。軍師とは、自分の策を、常に周囲へと漏らしたりはしないものなのだ。
だからと言って、私の心配事が減る訳では無い。
万一を考えて、何時でもトリスの下へ向かえる様に、講義は集中講義形式にしてある。
備えるのもまた、軍師の心得の内だからな。
そうは言っても、毎日、トロメアを見る度に、トリスを心配する気持ちは募ってゆく。
無事で有れば良いのだが。
そうして今日も、講義を終わらせ、楊の部屋へと戻って来ると、思わぬ人物が、私を待っていた。
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「久しいな。アリス・トートス。」
そう言って、優雅に紅茶を飲みながらソファーに座って居たのは、かつての同期生、ダァト・ナイアール・アーと、トリスの母親ジャスティン、それに、すっかり幼さが無くなっている愛娘だった。
「何故、お前が此処に居る?ダァト。」
上位魔神でもある奴が、トリスの母親やトロメアを連れて私を訪れると言うこの事態は異常である。
私の心に、最悪の未来が予想された。
苛立ちの籠った声に、
「落ち着いて欲しいの、おとうさん。」
トロメアから、制止の言葉が告げられる。
続く言葉に、私は驚愕した。
「お父様が私の前に現れた事で、私のプロテクトが外れたの。トリスお母さんからの、メッセージを伝えるの。落ち着いて聞いて欲しいの。」
トロメアはそう言うと、両手を差し出した。
その両手の平に、小さなトリスが、透けて浮かんだ。
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『 アリ君。このメッセージをこの子から聞いているという事は。私の予想する未来通り、私は窮地に陥って居るのでしょうね。
その予防線として、私は、【パンドラ】を過去の貴方に、アリス・トートスに、メッセンジャーとして送ります。
彼女が、私と貴方を繋ぐ者だと解るように、姿は私達に似せました。
身分証として、貴方に貰った麦わら帽子と、私の愛剣を持たせています。
さて、私は今、幽世第10階層辺りにいます。此れから、戦いが激化する事が予測されます。
きっと、この戦力では、帰り道はとても厳しいでしょう。
だからね、アリ君。パンドラを、持って来て欲しいの。
貴方が居てくれる、只其だけで、私は強く居られます。
無事に戻る為に、どうか力を貸してください。
困った時には、貴方を呼ぶから。』
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「と、言うことなの、おとうさん。」
両手を閉じて映像の再生を終えると、トロメアは、ダァトの後ろへと下がった。
「トリスは幽世第10階層と思って居るだろうが、俺の領域の一つに迷い混んだ様でな。眷属の知らせにより、俺もトリスとの契約履行の刻を迎えつつあるやも知れん事を知ったんだ。癪かも知れんが、俺の出番が無い様に、アリス・トートス。貴様の出番だ。」
ダァトが、私へ視線を戻す。
「成る程な。聞きたい事は沢山あるが…まずはトリスの事だな。」
突っ込みたい情報だらけだが、トリスの危機が近いと言う事が最優先事項である。
「ところでダァトよ。トリスとどんな契約を?」
軍師として、策を練る為にも、情報は必要である。
決して好奇心からでなく、私はダァトに聞いた。
ダァトは苦い顔をして、
「契約には、守秘義務がある。お前とトリスの仲を裂くモノでは無いことは保証しょう。」
とだけ、告げてきた。トリスに不利に働く案件なのかも知れない。この質問からは、今は引こう。
「信じよう。」
私は、今は聞かない事にした。この件は、いつか、彼女から告げられるのを待とう。
「有難い。俺も、無用な戦いは避けたいからな。」
何とも言えない顔で、ダァトは告げた。本当にコイツは上位魔神なのだろうか。表情が実に人間くさい。
「同感だ。」
我々は、この件について深くは踏み込まない事で同意した。
ダァトとの意見のすり合わせが終わったところで、ジャスティンが口を開いた。
「私は、パンドラの整備士として発言するわね。トロメア…いいえ、パンドラの、記憶媒体装置としての機能だけでなく、剣としての能力をパワーアップさせておいたわ。トリスちゃんに伝えてちょうだい。パンドラの変形時間の短縮に成功したって。私が、あの子の母親としてしてやれる事は、今はこれくらいね。」
ジャスティンは、トロメアに向き合い、言った。
「さて、トロメア。このあとどうする?トロメアとして、トリスに会う?パンドラとして、トリスを支える?」
トロメアはニッコリ笑って断言した。
「私は、トロメアは、記憶媒体装置[パンドラ]の仮想意識体です。トロメアとしての自我で動くより、今はまだ、パンドラとして、お母さん達を見ていたいです。学習は、楽しいのです。幸いにして、私の道具としての寿命は、人間の比ではありません。自立行動するのは、お母さんやおとうさんが居なくなってからでも、遅くは無いのです。」
フゥ。と息を吐くと、ジャスティンは言った。
「なら、パンドラに戻すわね。」
カチャカチャとトロメアを操作すると、トロメアは、元の鞄へと姿を変えた。
「はい。お母様。おやすみなさい。お父様。おとうさん。主を、トリスお母さんを頼みます。」
パンドラからは、声が聞こえなくなった。トロメアは、パンドラとして存在する様だ。彼女は、何時でも周囲を記憶している。トロメアとしての自我を育てる為にも。
一連の作業を終えると、ジャスティンは私に向き合った。
「アリ君に頼まれていたトリスの居場所探知機の反応も、此処にあるし。私からもお願いするわ。不思議の力を駆使してでも、娘を助けてちょうだい。」
それは、何かを覚悟した、母親の眼だった。
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それからの私の行動は、早かった。
弁士であるギルデンスさんに協力を依頼すると、各地から、強者として名を馳せている者達に、片っ端から声を掛けた。兎に角量より質の高い猛者共を集めに集めた。
待っていろ、トリス。
最強の援軍を連れて、お前の危機に駆け付けてやる。
必ずだ!
ありがとうございました。