23、『アルゴス』さんへ~幽世(かくりよ)第11階層
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23、『アルゴス』さんへ~幽世第11階層
ゴウッ。
一陣の朱い風が吹いた。
バサリとマントが翻る。
私達は、石造りの街並を見下ろす高台に立っていた。
(此処は何処だろう?)
次第にはっきりとしてきた意識で、周囲を探る。
カラカラに渇いた煉瓦の茶色が、一面に広がっていて、水の、否、緑の気配が一向に感じられない。生命力に基づいた活気そのものの気配が、余りにも希薄な大地が広がっている。
時が風化した様な光景に、ジャリジャリとした砂礫が、身体に纏わり付き、先程とは異質な無機質感が辺りを包んでいる。
(《クラスター》がいた所は清潔な無機質さの幽世でしたが、此処は、刻が死んだような無機質さの幽世ですね…。)
私がそんな感想を抱いていると、隣にいた、ルミラさんの気配が、常ののほほんとした空気から一変していた。
戦いの最中ですら、何処か余裕のあった彼女から、一切の甘さが無くなっていたのだ。
「ダンテ、トリス。済まないな。此処はワタシと縁の幽世の様だゾ。ワタシの前世である、《破壊の女神》(ゾルーディア)の統べる『死の都ゾルーディア』。それが、此処ダゾ。」
「情報が解って好都合じゃないか。何故謝る、ルミラ?」
「ゆっくり探索させてやりたい所なんだがナ、ワタシの矜持が、この場所の存在を赦して置けないんだ。だからな、ワタシの中の破壊神を抑え切れそうにない。ここの機動力、パワーの源は『イリスの石』と言うのだが、その暗号を弄って、即座に破壊に移す。離脱の用意をしていてくれ。」
話ながら、ルミラさんの外見が、神々しくも禍々しい、血濡れた女神の姿へと変わってゆく。
「ルミラ!『イリスの石』を破壊する事の意味が解っているのか?」
ダンテさんがルミラさんに問いかける。
爛々と、赤黒い光を纏ったルミラさんの瞳が、何も映さずに、虚空を見つめていた。
「この幽世に捕らわれた、死神ナイアの卷属を、輪廻転生の環に還すだけダゾ。」
「死神…ナイア!?あの、上位魔神の一柱ですか!?」
「まあ、ソイツも、堕ちたる神・ダァト・ナイアール・アーの卷属らしいがな。おい、ルミラよぉ。何も幽世毎消さなくてもいいんじゃないか?」
呆れた様に、ダンテさんがルミラさんを見やった。
「えっ!?ダァト君にご迷惑が掛かるのならば、私は反対ですよ!?」
ダンテさんの言葉に動揺した私を無視して、ルミラさんは続ける。
「だから、先に謝ったんだゾ。此処を壊すのは、ワタシの決定事項だからナ。」
そう言った、彼女の右手が上がると、遥かな眼下に広がる街並みの、一際豪奢な建物の最上階から、青白く輝き、沢山の怨嗟を纏った巨大なクリスタルが、宙に浮き上がった。
「悪いナ、トリス。此処の幽世は、既に死んでいるんだゾ。」
そう言った彼女が、ぐっと拳を握ると、浮かび上がった『イリスの石』と呼ばれたそれは、パリンと砕けて、バラバラと崩れ落ちた。
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その衝撃は、彼女を通して、彼に伝わった。
暫く現世で、分かたれた自身の身体を集めていた彼は、同級生にして、盟約者である少女トリスティーファ・ラスティンの危機を知った。
斯くして、『彼』…ダァト・ナイアール・アーは、彼女の身内にして、己が神官であった、彼女の母ジャスティン・ラスティンの下を訪れる事となる。
かつての盟約『トリスティーファ・ラスティンが死んだら、他者に利用される前にその亡骸を破壊する』という約定を、成就せんが為に。
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ルミラさんが、強引に『イリスの石』を破壊した結果、彼女の宣言通りに、幽世は壊れ、足元に空いた穴に落ちる様に、私達は、更なる深みへと、落ちていった。
幕間で、ダァト君がラスティン家に訪れた理由でした。
次はまた、幕間になると思います。
ありがとうございました。