2 旅の仲間~港町にて~
よろしくお願いします。
2、港町にて
「じゃあトリス、先ずは港からケルバーを目指すぞ?ケルバーには俺んちがあって、お前を大学に連れて行くって伝えないといけないからな。で、ケルバーを経由して、バルヴィエステに向かう事にする。馬車が出てるから、迷わずに行けるはずだ。質問はあるか?」
これから向かう道筋を教えてくれるカイル君。勿論、地理など微塵も分からない私は、着いて行くしかない。
「了解です。馬車って乗り合いですか?その前に船ですよね?どのくらいの時間がかかるんですか?初めてだらけで、わくわくしますね。」
地理などさっぱり分からない私は、素直にカイル君の言う事に従う事にした。
「うん。不安とか無いのか、トリス…。まぁいいや。船は半日もすれば向こう岸に着くけどな。そこからはちょっと日数がかかるから、まずは向こうで一泊だ。」
「ふむふむ。」
「それからケルバーまで、馬か馬車で行く。乗り合いだと時間がかかるから、どうするかはその都度考えような。」
「はい。わかりました、カイル君♪」
「じゃあ、船の手配をしに行こう。トリスは一人にすると迷子になりそうだから、俺に着いてきて。」
「はい。じゃあ、今日中に向こう岸に行けるんですね♪」
「そうとも限らないから、期待しすぎないって事も、旅の基本的な心得だぜ?」
そんな話をしながら、カイル君と連れ立って、港のある都市へ向かうのだった。
ケルファーレン公国の港町、シュタインブルク。ケルファーレン公国とは、ハイルランド内にある国で、西の果て、海に面した国であるらしい。
地図を開きながら、カイル君に教えて貰った。 ついでに、カイル君の実家のある、ケルバー水晶の産地、『交易都市ケルバー』とは、ハイルランドのほぼ中央、4つの川の合流地点にして、大きな湖のある水の都の事だと言う。
やはり、行き方が分からないので、カイル君にお任せでの旅になりそうだ。
そんな訳で、シュタインブルクの入り口で、私たちは、早速、町に入れず立ち往生していた。関所で止められてしまったのだ。何でも正体不明の疫病が発生中らしいのだ。その為、町への出入りが規制され、船も出入りが禁止されているという。
「カイル君、どうしましょう。早速問題発生です。困りましたね?」
私はカイル君に話し掛けてみた。
カイル君は何やら考え込み、非情に嫌そうに呟いた。
「あんまり使いたくはないが、非常事態か…。仕方無いな。」
と、若干不機嫌になりながら、私に言った。
「これから俺が何を言っても驚いたりしないでくれよ。俺自身は一般人だからな!」
と、強く念押しをした。 そして、衛兵に何事かを告げる。
衛兵は、
「はっ。そう言うことでしたらお通りください。御屋敷までご案内もお付け致します。」
と、カイル君を貴賓扱いで迎えてくれた。不思議に思った私は聞いてみた。
「カイル君、一体、どんな魔法を使ったんですか?」
カイル君は苦虫を噛み潰した様な顔で、
「『俺』でなく、『オヤジ』の功績を使ったのっ。背に腹は変えられないからなっ。」
とだけ答えてくれた。
…。カイル君と親御さんには、何かしらの確執があるのかも知れない。それなのに、切り札であろう行動を取ったカイル君。私は、彼に何を返せるだろうか?
記憶を無くし、他者との繋がりの無い私には計り知れないが、カイル君が最大限の努力をしてくれているのがわかる。
「カイル君、ありがとうございます。」
何も出来ないので、私はせめてもの気持ちを込めて、お礼を言った。
「気にするな。俺が勝手にやってる事だ。」
カイル君はそう言うと、さっさと歩き出した。
私は、もう何も言うまいと思いながら、カイル君の後を追った。
スタスタと歩いていくカイル君に続いて、早足で着いて行く。着いた先は、領主の館だった。
「お待ちしておりました。カイル様。お連れ様。どうぞこちらへ。」
執事さん?に案内されて、応接室へ。
そして、カイル君は、なんと上座に座らされた。私は、連れ、というか、お供とみなされ、後ろに控えるよう、執事さん?に指示された。
「只今、屋敷の主が参ります。今しばらくお待ちくださいませ。」
完璧な礼をして、執事さん?は退出した。
程無くして、館の主らしき人が入って来た。
「オニッツ家の方がいらしたとか。私共は、貴家の傘下に連なる者。あなた様のご要望に見事お応え致してみせましょう。して、此度は如何様なご用件でございましょうや?」
慇懃な態度でカイル君に言う、主。
「ケルバー行きの船を紹介願いたいが、まずは、この街の疫病の終息を行いたい。ついては、情報を提供して貰えないだろうか?」
今まで見たことの無いくらい、貴公子然とした態度のカイル君。
「それでしたら、適任な者がございます。」
パンパン。
主が手を鳴らすと、控えの扉から、意外な人物が現れた。
キィ。
「どうもッス。自分、エステルっていうッス。よろしくッス。」
姿を現したのは、可愛らしい熊を模した着ぐるみの、声から察するに、若い女性だった。
「今回、この件に関して調査をしているっす。同行するっすよ。」
「この者と共に疫病を調査解決して頂ければ、ケルバー行きの船をご用意させて頂きます。疫病が広がるといけませんので、しばらく街は閉鎖しておきますので、よろしくお願いいたします。」
かくして、エステルさんを加えての疫病調査に乗り出すのであった。
さて、私は街に戻るとすぐに、エステルさんに挨拶をした。
「はじめまして。私は、トリスティーファ・ラスティンと言うようです。記憶が無いから、これが本名か分かりませんので、仮称として、トリスを名乗っています。どうぞよろしくお願いいたします。」
続けてカイル君が自己紹介する。
「俺はカイル・オニッツ。こいつの身元が分かる様になるまで、一緒に行動している者だ。とりあえず、ケルバーに行って、バルヴィエステの大学に送り届ける予定だ。よろしくな。」
「えっ?トリスさん記憶が無いっすか?自分のこともっすか?」
「ええ。全く覚えていないのです。」
「調査もっすけど、大変そうっすから、自分も手伝うっすよ。」
「ありがとうございます。エステルさん。助かります。」
こうして、同行者が増え、私の旅は波乱に満ちたモノとなってゆくのである。
調査を開始して分かったのだが、エステルさんは、とても頼りになるお姉さんだった。
領主の館からの情報以外にも、貧民街の情報、教会の情報、酒場の情報、など、あらゆる場所から情報を集めていた様で、事態の状況は把握済みだったのだ。
まず、この疫病は、ネズミが媒介としている事。ネズミが規則的に動いている時点で、魔のモノとが関与している可能性が高い。
次に、街の地図と照らし合わせると、疫病の発生地点が、図形を描いている事。図形は未だ未完成である。
最後に、その図形が魔神を召喚する為の召喚円に酷似しており、予測として、完成までに後2日程かかりそうな事。魔神の召喚の際に、疫病に罹患している人たちは生け贄に捧げられる。
…との事で、彼女は、戦力が足りずに困っていたそうだ。だから、私達の存在は渡りに船だったらしい。
「ここまで分かっているなら、後は乗り込むだけだな。」
「そうっす。多分、犯人はこの辺りに潜んでるっすよ。」
「正面から殴り込み、ですか?」
「いや、此方の動きを知られていないなら、奇襲がいいだろうな。」
「そうっすね。殺戮者や下級魔神ならまだしも、上位魔神を喚ばれたら勝ち目は無いっす。」
私達は、急ぎ支度を整えると、敵の本拠地と思しき廃墟へと乗り込むのだった。
「ここか…。」
ごくりと息を飲む。件の廃墟は、『禍々しいというのは、この事か』と実感させられる様な重苦しく、厭な空気が漂っている。
私達は周囲に気を配りながら廃墟を進む。
廃墟の地下で、遂にネズミを操る術者を発見。
幸いにも、こちらの存在には気付いていない様なので、奇襲を仕掛けるべく、準備をする。
エステルさんが、マーテルへの祈祷による、戦闘力強化の魔法を掛けてくれた。その間に、手早く武器の用意を済ます。
私達は、召喚円に狙いを定めて、召喚円の完成を妨害すべく行動した。
敵の背後をついて、召喚の為の魔法陣に攻撃を開始する。
早い話、ペンキをぶちまけたのだ。
「悪巧みもそこまでっす!観念するっす!!」
エステルさんが啖呵をきると、
「なっ何者だっ!」
悪者らしい台詞が返ってきた。
「旅の途中で迷惑を被っている、一市民です。戦いは無益だと思いますので、魔神の召喚など、お止めになっては頂けませんか?」
私は、彼も含めて被害が出て欲しくなくて、そう言った。けれど、おおよその予想通り、拒否の返事が返ってきた。
「はっ。馬鹿め。魔神様のお力を頂いた我に敵うものか。その身で味わうがいい!!!!」
私は残念に思いながら、戦う決意を固めた。
「死ねぇっ小娘どもがっ!!」
相手は、黒いフードを脱ぎ捨てた。その下からは、ムキムキの素晴らしく鍛えられた筋肉質な体をした、けれど病的に窶れた眼光を放つ男が姿を見せた。
私達は、その体格から、戦士的な攻撃をするものと考えて、右から私が、左からエステルさんが、正面からはカイル君が攻め立てた。
しかし、予想に反して、敵は魔術の使い手だった様で、周囲に魔炎を巡らせて、私達の接近を防いだ。
「魔術師だとっ!そんな体で魔術師だなんてなんの冗談だっ!!」
燃え盛る魔炎を切り払いながら、カイル君が叫んだ。
「そんな魔術師がいるの?嘘でしょ!?」
気力を振り絞り魔炎を乗り切った私も思わず叫ぶ。
「でも、だからこそ、倒しやすいっす!カイルさんトリスさん、総攻撃っす!!」
エステルさんの激に励まされ、私達は、一気に畳み掛ける。闇に堕ちていた魔術師は、体力こそあったものの、蘇ることも、体力を増大させたり、回復させたりすることもなく、何とか倒す事ができた。
そして、存在していた事が嘘の様に、その体は虚空に消えていったのだった。
キラキラと輝く《神々の欠片》が、疫病の終息を教えてくれている。清らかな風が、一陣、シュタインブルクの街を吹き抜けて行った。
見事、領主の依頼を果たした私達は、無事にケルバー行きの船を手配してもらう事ができた。
「お二人だけの旅だと、戦闘面で多大な不安があるっす。自分も、トリスさんの記憶を取り戻すお手伝いをするっすよ。」
エステルさんはそう言って、付き合ってくれる事になった。記憶を無くして、不安な面もあるけれど,沢山の手助けがある事を感じて、私の胸は温かくなった。
ありがとうございました。