14、『アルゴス』さんへ~幽世(かくりよ)・第9階層 5
14、『アルゴス』さんへ~幽世・第9階層 5
私が小部屋から出ると、二人は既に、着替え終わっていた。
ダンテさんは、今まで着ていた赤と黒のイメージから遠くないデザインの服を着ていた。だが、素材が違った。今までの革材より光沢があり、金属の鋲も多数付いている。アクセサリーもじゃらじゃらと着けていた。厚底のブーツも勿論履いている。イメージは変わらないが、刺々しさは増している。この街に似たような方は沢山見かけたので、この幽世は、ダンテさんと相性が良い世界なのかも知れない。
ルミラさんは、いつもの、孤児院のお母さん、な、ふんわりした服ではなく、光沢のある素材をふんだんに使った、真っ赤でタイトなスカート、ピッタリした同色の上衣、黒いスパッツ、黒いコートを羽織っていた。勿論、貴金属類も着けている。そして何より。ゴージャスなピンヒールのブーツを履いていた。更に、衣装に合う様に、キリリとキツ目のメイクまでも施していたのだ。
私の目には、二人はペアの様に、赤と黒で統一されたデザインに見えた。
「私、二人から浮いてませんかね…?」
内心、派手だなぁと思いながらも、二人に聞いてみる。
「好きなデザインなら、問題無いぞ♪」
ルミラさんは、そう言ってくれるけれども。
「でも、お二人は示し会わせたみたいにピッタリなイメージなんですもの。それぞれ、とても、お似合いなファッションだと思いますけど。」
不安いっぱいに口を開くと、
「トリスの服は、トリスにピッタリなデザインだと思うゾ?可憐なデザインのフリルやレース、透け感のある上衣も似合ってるし。何だ?ダンテとワタシのデザインについて気にしているのか?コレは、ただの被りだな!」
ルミラさんのハハハハハと言う明るい笑い声が返って来た。
「不本意ながら、ルミラと同意だな。気にする事はない。」
ダンテさんも、ルミラさんとの被りを肯定する。
そこに、店主が声をかけた。
「皆様、大変馴染んでいらっしゃいますよ。ところで、お支払いの件なのですが…。」
すかさず、ルミラさんが反応した。
「ああ、分かっているゾ♪木綿布と麻布と絹布の反物があるんだが、それでも良いか?当然、天然物なのだが。」
店主の目が、今まで以上に見開かれた。
「ちょっと拝見をば…。何とっ!本物ですな!」
驚きを隠せないと言うように呟くと、店主はこちらを向いた。
「これを対価に戴けるのですか?それは、願ってもいない。それでは、その素材と引き換えで、その素材に相応しい身分証をお渡ししましょう。さあ、お手を拝借。」
と、手を見せると。
手の甲に、何やら不思議な物体が。
それは、薄い皮膚の様であった。
店主は3人の手の甲に、それをペタリ。と張り付けた。
それは、すっと肌に馴染んで行き。
自分の手の甲と同化しているかの様だった。
「これが、ホワイトエリアまで行けるID、身分証になります。これさえあれば、大抵の情報は閲覧可能になるでしょう。まあ、細かい事は、『ナビ子』にお尋ねください。」
店主はそう言うと、ニッコリと笑った。
****************
対価の支払いはルミラさんの反物だけで良いらしいので、私はパンドラ(鞄)に仕舞う。と、同時に、看過できない言葉に気が付いた。
「あの、『ナビ子』ってどなたですか?」
反射的にそう聞こうと思ったのだが、実際には、
「あの、ナビ…もごっ」
と言う形で、私の発言は遮られた。ルミラさんに素早く口を塞がれたのだ。
「ああ、店主。悪いな。『ナビ子』の使用法は、他と大差ないのか?」
ダンテさんも、ルミラさんの意図に気付いて、さらりと疑問を口にした。
ダンテさんは、意図的に、店主が、[私達が『ナビ子』を知らない]んではなく、[新しいIDでの『ナビ子』の起動方が判らない]、と誤認するように、誘導したのだ。
もっとも、私もそれに気付かなかった訳だけれども。
「ああ、『ナビ子』の呼び出し方ですね?先ほどお渡ししたIDは、最新式の機能を搭載しておりますので、呼び掛けるだけで、電波の届く範囲内であれば、即座に立体映像を呼び出せますよ!」
反物の価値は、ここでは余程高いらしく、店主の口は滑らかだった。
「ほぅ。それは便利だな。混線とかは無いのか?」
「はい。最新式で、しかも最高級のIDですので、最優先で繋がります。まぁ、Xランクの住み処、ブラックエリアにさえ『ナビ子』は出てきますからね。この街にいる限り、使えますよ。」
「助かるぜ。」
「御納得頂けましたでしょうか?では、お帰りは、彼方の通路をお通りください。安全に、ホワイトエリアへと続いております。」
「あ、いや、一般エリアで構わないゾ?」
「左様でございますか。でしたら、こちらの通路をお通りください。案内板に従えば、大通りに出ますから。」
店主の案内に従い、私達は、大通りに出た。
****************
「ここら辺でいいかな?」
ピコン。
『はい♪ご主人様!この都市最大の金融機関は、ココになります。』
明るい緑のショートヘアをした20歳くらいの女の子が、中空に浮かんだ地図を示しながら、道順を教えてくれた。
向こう側が透けて見える彼女は、ナビゲーションシステムAI、通称『ナビ子』。この電脳都市で、広く普及されている管理システムの端末である。この街の住人は、全て、彼女の補助を受けて生活をしている、と言っても過言では無いらしい。
「ありがとう。ナビ子。もういいぞ。」
ダンテさんがそう言って、ナビ子の機能をOFFにした。
「なぜ、機能を切ったのですか?」
私が尋ねると、ルミラさんが教えてくれた。
「便利なんだがナ、何だか管理されてる様で落ち着かないんだぞ。それに、ナビ子の存在を知らなかった、と言う事は、他者に知られると、マズイ気がするから、かな。」
不思議に思い、聞いてみる。
「マズイんですか?」
「ああ、多分な。でも、だからこそ、誰か一人はナビ子をそのまま維持、だな。」
「何故ですか…?」
飲み込み辛い状況に、私は追求を重ねる。
ダンテさんもルミラさんも、したり顔だった。
立ち止まってこちらを見ると、
「管理システムとして機能していた場合、行動を同じくしている者達全員が、その管理から消えたら、管理者からはどう見えると思う?」
と、逆に私に問いを発した。
「えっと…。何かを企んでる、不審者、でしょうか?」
「正解だ。だから、トリスの分は起動しておいてくれ。」
という訳で、私の起動したナビ子のナビゲーションに従って、私達は金融機関へと向かった。
ありがとうございました。