10、『アルゴス』さんへ~幽世(かくりよ)・第9階層 1
10、『アルゴス』さんへ~幽世・第9階層 1
第6階層で、ヴァルキリーの自爆に巻き込まれた私達。
爆風に煽られて、ぐにょんと世界の壁を突破していく。次元を潜り抜ける特有の感触に、感覚が慣れて行くのを感じる。
体感的に暫く経って、時間や空間、次元を跳躍する感触が収まったかと思うと、私達は、固い地面に叩き付けられていた。世界を追い出された勢いをそのまま受けて、ゴロゴロと見た事の無い(感じた事の無い感触の)地面を転がる。
ドンと何かにぶつかって、漸く回転は止まった。
よろよろと体を起こすと、二筋の眩い閃光が、身体の脇を掠めて行った。
「危ねぇなぁ!歩行者は大人しく歩道を歩け!」
怒鳴り声が通り過ぎて行く。
私は、キョロキョロと辺りを見回し、歩いている人のいる場所へと、二歩移動した。
そして、この場所がどんな場所なのか、即座に考察する。
地面は、土ではない異様な臭いのする、固い石を固めた大地で出来ており、空気は濁り、澱んでいる。多種多様な人工的な臭いの層が混ざり合って、私の鼻には、強烈な異臭に感じられる。
私の知る、自然に満ちた空間とは違う様だ。
耳を傍立てるまでもなく、多彩な音の洪水が渦巻き、今まで感じた事の無い位の人の気配が辺りに充満している。
『…。馴染めそうも無いわ…。大丈夫かしら…。』
大変な異臭と、人の気配の多さに途方に暮れかけた時、グイッと私の腕を掴む人がいた。
それも、右手と左手の両方から。
そう。
私は独りでは無かった。
ダンテさんと、ルミラさんだった。
「大丈夫か?トリス。」
ルミラさんの声に、私の眉間から力が抜ける。
人混みの多さに、知らず力が入っていたらしい。
「ありがとうございます。何とか、大丈夫です。」
くらくらする頭を振って、ぐるぐる回る目眩を追い出しながら、私は答えた。
気を取り直して、辺りに目をやると、目映い位の光の洪水。様々な色が、派手に明滅し、主張し、情報を誇張しあっている。中空に浮かぶ板状のパネル?がところ狭しとぶつかり合い、軽いものから深刻そうなものまで、大小様々な事件を次から次へと伝えているらしい。
(目が、チカチカします…。)
そう思って、同意を得ようと、私の腕を掴んでくれている両側の二人を見た。二人は、いつの間にか、暗い色が入ったモノクルを掛けていた。残念ながら、私は持っていないが、サングラス、という代物だそうだ。二人とも、以前、幽世で手に入れたらしい。
ルミラさんとダンテさんは、極自然に、雑踏に紛れる様な足取りで、軽食屋だと思われる店へと、私を誘った。
薄い硝子で出来た、二枚扉が、勝手に開いた。
両側の二人は気にせずに入ったので、私もなに食わぬ顔でそれに倣った。
中に入ると、カウンターの向こうにいる、赤と白を基調とした、フリルの可愛らしい、けれど、胸元を強調した揃いのミニドレスを着た美少女達が、にこやかに言った。
「ワクドナルドへようこそ。何に致しますか?お客様!」
「ワタシは、端から端まで一通り全部にするゾ♪お代は、コレで足りるか?」
ルミラさんは、豪快に全種類制覇するらしい。1クラウンを出すと、そう言った。
「畏まりました。お支払ですが、お客様、カードにチャージ致しましょうか?金貨でのお取り扱いは致しておりませんので。」
「すまないな、支払い用のカードを落としてしまったんだ。出来ればカード以外での支払いをお願いしたいんだが、大丈夫だろうか?」
「はい、でしたら、プリペイドカードの方の販売、という形を取らせて戴きます。カードの紛失につきましては、警察にご相談ください。」
「有り難い。二人は何にする?ワタシの奢りだゾ♪」
「ストロベリーサンデーとピザはあるか?それと、ナゲットとトリプルバーガー、それに、コーラを頼む。」
するすると、慣れた様子で、事が運んでいく。私は茫然としながら、
「オススメセットをお願いします。」
とだけ、漸く口に出来たのだった。