幕間:『トロメア』3
幕間:『トロメア』3
「サラちゃん、今ねぇ、トリスちゃんからお預かりしているコがいるのよ~♪湧水亭に滞在しているから、一度遊びに帰っていらっしゃいな。」
ある日、私、サラスティーファ・ラスティンの元に、母から一通の手紙が届いた。
母からの『お手紙』は、お願いの形をとっているが、私達家族の間では、逆らってはならない『要請』である、と、経験則で身に染みている。
後回しにすべきではない。
私は、手紙を読むなり、そう判断した。
私は、旦那樣に、お側を離れる許可を頂くために、ギルデンス様に手紙を差し出しながら事情をお伝えした。
「ギル様。母より手紙が届きました。取り急ぎ、湧水亭に参りたいと存じますが、暫くお暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
私の言葉を聞き、手紙を読んだギル様は、手紙から目を上げると、
「ふむ。サラや。畏まる事はないぞ?私の仕事も一段落しておる。暫くゆっくりしても、罰は当たるまいて。」
と、笑顔で告げた。
「ギル樣。それでは…。」
私の胸に、喜びが広がる。
「うむ。一緒に、暫しケルバー観光といこうかの。勿論、宿は湧水亭だな。」
その喜びは、ギル様のこの一言で、更に暖かさを増した。
私の心は、ギル様との観光と、湧水亭に集う沢山の戦士達が持つ素晴らしい武防具(ラスティン家にとっての御宝の山)との出会いに、期待ではち切れんばかりの興奮を覚えた。
楽しみ過ぎて、頬が熱い。
(※↑本人的にはワタワタと喜びを迸らせているが、端から見ると、ほんのり頬が赤くなった程度。良く見なければ、表情の変化は分かりにくいのだが、本人は気付いていない。)
そんな私を見ながら、ギル様は、手早く準備を整えた。
「サラ?滞在期間を無駄にしない為にも、ミールック便を使おうと思うんだが、異論は無いかね?」
「勿論です!ギル様。お気遣いありがとうございます。嬉しいです。」
「そうかそうか。それは良かった。では、行くとするか。」
「はい!ギル様。」
そんなやり取りの後。
私達夫婦は、湧水亭の扉を叩いた。母の言う、トリス姉様の預けたコに会うために!
****************
扉を開けると、沢山の歴戦の武防具の気配が、酒場内を犇めき合っているのを感じた。私が思うに、ここに集う戦士達の、己が身を守る為の道具に対する愛情の質は、相変わらず素晴らしいものがある。武防具達の各々が放つ、自信に満ちた波動は、いつ視ても感嘆に値するものばかりだからだ。
「大将、こちらに、トリスからの預かり児が居ると伺ったのだが、間違いないだろうか?」
私が、うっとりと、湧水亭大将アーサガ・オニッツ殿の武具名剣・リンケに魅入っているうちに、ギル様が話を進めてくださった。
「おぅ。そこの、サラの嬢ちゃんの横で、サラの嬢ちゃんと同じ様にリンケに魅入っているのがそうだ。」
カップにエールを注ぎながら、アーサガの大将が言った。
横に目を向けると、確かに、トリス姉様夫婦にそっくりなコが、私と同じ様にリンケを見つめている。
ギル様が、彼女に声をかけた。
「サラが挨拶したいそうなのじゃが、よろしいじゃろうか?儂らは、トリスティーファ・ラスティンの妹夫婦にあたる者なのだが。」
こちらに気付いた彼女は、こくん。と頷いた。
「ごあいさつ?」
彼女はぴょこんと立ち上がり、右手を挙げて、元気良くご挨拶をしてくれた。
「あい!わたしは、トロメア。おとーさんが名付けてくれました。お母さんに言われて、ここにいます。よろしくおねがいします。」
「…。そう。トロメアちゃんって言うの…。似合うわね。私は、サラ。サラスティーファ・ラスティン。トロメアちゃんの言うお母さん、トリスティーファ・ラスティンの妹にあたるわ。よろしくね。」
彼女をじっと見詰めながら、私は、このコとは、仲良く出来そうだと感じた。
そうしていたら、彼女から、色々教えて貰えた。
カイルさんの方が親父殿な訳も、アーサガの大将を師匠と呼ぶのも。彼女が、私の方を、若干上気して見詰め返しているのも。
一生懸命な彼女から、色々と伝わってきた。
…。私が彼女と同じ立場でも、恐らく同じ様に呼ぶでしょう。いえ、今の私がそう呼称しても、彼等はきっと拒まないとは思うのですが。
「トロメアちゃん。こちらが、ギルデンス様。私の夫です。夫婦とも、よろしくね?」
「あい!」
「ギルデンスじゃ。ギルでいいぞ?よろしくな。」
「あい!ギルのおじちゃま!よろしくおねがいします。」
ペコリとお辞儀をしたトロメアちゃんは、とても素直ないいコです。
トリス姉様とは違ったベクトルで、人付き合いの苦手な私ですが、彼女ならば、心から可愛がれそうです。
布石を回収できるように頑張ります。