9、『レイ・ライン』の冒険~最終決戦・後編
9、『レイ・ライン』の冒険~最終決戦・後編
『器なる巫女の意識を期待しておるのか?憐れよな。矮小なるニンゲンよ…。我は、クロノス。そこなる精神体との融合は我の悲願よ。だが、封印の解けた今、精神体のみでさえ、世界を滅亡に導くは簡単なり。さあ、絶望の調べを聞かせておくれ。我の愉悦の為だけに。』
レインちゃんの口から、男とも女ともつかない声音で、クロノスの言葉が語られる。
「ごちゃごちゃと煩いっ!レインを返して貰うぞっ!さぁ、最終ラウンドの始まりだっ!!いくぜっ!」
ダンさんのその言葉を合図に、私達は行動を開始する。
身軽な私が、まず真っ先にやった事。
それは、邪神クロノスについて、調べる事だった。残念ながら、叡智の塊である『青龍の珠』は、既に手元に無かったので、大学で纏めてきた、メモ帳を頼りに、である。幸い、私は、邪神クロノスについても、調べていた。
即座に、メモを読み上げる。
「クロノスには、結界があって、それを何とかしないと、攻撃が通りません。『勇者の剣』を除いては!!リーダー、ドン!ダンさんを援護しつつ、結界を壊して下さい!ダンさんは、クロノスを攻撃してください!その剣はクロノスの精神体に直接ダメージを与えます!」
これを聞いたメイヴィスさんが、
「♪至高なる神よ、我ら、汝の敵を討たんとする者達に、力強き腕と、鉄壁の護りを与えたまえ♪」
と、神への祈りを謳い、パーティーの能力を底上げする。
リドリーダーが、結界を削り、ドンは、ひたすらダンさんを庇った。
ダンさんの攻撃は、すべからく邪神クロノスの精神体にダメージを素通しするらしく、効果は絶大だった。
結界を削り切ったリドリーダーの攻撃もまた、素通しとまでは行かないまでもダメージを与え、ダンさんは更にクロノスの精神体にダメージを与え続けた。
「くっ…その剣の刃は…そうか、貴様、封印を解いただけでなく、継承までしていたのですね。…この身体は持ちませんか…。残念ですね。ですがっ…これで私は自由ですっ!滅ぶがいい。総てよ…。クックックックック…ア~ハハハハハハッ…!」
それらの攻撃で、邪神クロノスの精神体である、黒衣の男はガクリと倒れた。
だが、崩れさろうとする男は、寧ろ清々しげに、世界を呪った。
消えゆく実体。
広がってゆく、虚無。
総てを覆い尽くす虚無が、虚空が、世界を包んだ。
『―…やめてぇ…』
遠くで、レインちゃんの悲痛な叫びが、谺していた。
****************
私達の意識は、その景色をただ眺めるしか出来なかった。
広がる虚空も、滅びゆく世界も、何一つ、止める事など出来なくて。
私達の肉体が消え、精神だけになった時、ダンさんとレインちゃんだけは、まだ肉体を留めていた。
肉体を、器として邪神クロノスに操られながらも、レインの意識は、
『今ある貴女の心を大切にしてください。それが、貴女を救う心構えになると、助言しましょう。』
という、私がかつて掛けた言葉を頼りに、心に占める暖かな感情と、その感情をくれるダン、ダニエルと共に在る事を願っていた。
勇者の剣を握るダンことダニエルは、ただただ、レインという精神を求め、レインを侵す如何なる要因も赦さない決意を胸にたぎらせていた。
勇者の剣は、ダニエルに問うた。
『汝、器なる巫女を救いたいか?』
ダニエルは答えた。
『違う。俺は、レインと、レインと共に生きる未来と、その為の世界を救いたいんだ!器なる巫女なんて、俺は知らない。俺が知っているのは、唯のレインだ!』
勇者の剣は解決法を示した。
『よかろう。合格だ。器ごと、我で、彼の巫女を斬れ。邪神クロノスの完全なる消滅は、その一撃にて果たされん。器を斬らば、彼の巫女にその資格は喪われるが、彼の巫女の瞳に《世界》を拡げる事で、汝の望む、消えゆく《この世界》は存続されよう。』
勇者の剣は、正しくダニエルのその願いを汲み取った。
ダニエルもまた、勇者の剣の言わんとする事を理解した。
そうして、ダニエルは、レインを斬った。
パリン
と世界は壊れ、そして新たに、世界は産まれた。
****************
そして…
彼女の白い瞳は、明るいスカイブルーへと変わり。
その瞳に映される世界は、生命に溢れている。
彼女の瞳には、今まで見たことの無かった、鮮やかな色彩が加わった。
其れを支えているのは…。
****************
白かった彼女。
今は、無色の世界ではなく。
彼女の世界に色を添えた少年と共に、この美しい世界の片隅で、人生を色鮮やかに謳う。
ひっそりと。
でも、力強く。
こうして、少女を救った少年の冒険は終わりを迎えた。
それと共に、私の、『レイ・ライン』名義での冒険も終わり。
学園で、グリーンヒル先生に事の次第を報告を済ませた。
「トリス、『レイ・ライン』としての単位がまだ足りないのだが、どうする?」
「はい。『レイ・ライン』としての冒険は、これ以上は無理でしょうね。ですから、今回の単位は、また別人名義での冒険での、単位に代えて貰いたいです。まだまだ私は未熟ですから。」
「だが、以前より精気に満ちてきたな。良い兆候だと思うぞ?」
「有り難うございます。暫く休んだあと、アリ君に依存している自分からの自律を謀りたいと思います。まだ、顔を上げて、彼の横で誇れる『私』ではありませんから。」
「うむ。では、次の試練はそれだな。学生続行、と。」
私には、まだまだ学びが必要なのです。