7、『レイ・ライン』の冒険~それぞれの試練
7、『レイ・ライン』の冒険~それぞれの試練
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天空に浮かぶ、浮遊都市。
その南と東の塔から、閃光が放たれた。
それと共に、パリンパリンと結界が弾けて、消えた。
地上では、紅い色をした豪雨が降りしきり、紅い陰の、色合いと存在感を増す。
異界の異形たちは、その存在をこの世界と同調させ、その存在は、一致の度合いを増した。
蠢く陰は、影より脱し、世界への侵攻を開始する。
滅亡のカウントダウンは始まっている。
だが、鍵となりし者達は、世界の異変を知らず。
世界はその運命を、彼らに委ねた。
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ふと目を覚ますと、私はクリスタルで出来た建物の中に倒れて居た。
目の前には祭壇があり、生き物の気配はまるで無かった。
「リドリーダー?ダンさん?ドンさん?メイヴィスさん?誰か、いませんか?」
私は、パーティの皆の安否を気遣い、周囲を見回した。
暫く待つも、応えはない。
私は、皆の名を呼びながら祭壇に手を掛けながら起き上がる。
すると、不思議な声が、頭に響いた。
『勇者に力を与える一柱なる者よ。汝、我青龍の試練を乗り越え、宝珠の力の真の解放を挑むや?』
スサノオ君の御告げや奇跡を数々体験してきた私には分かった。コレが、神の試練に類する問いかけである、と。
こうなると、私達ヒトに出来る事は少ない。
私は迷わず、試練に挑む決意を固めた。
「勿論です。全てを賭けて、最良の結果になるべく、努力いたします!」
そう応えると、祭壇にあった青龍の珠が、宙に浮きながら、私を光の渦の中に引きずり込んだ。
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目映い光の洪水が治まると、目の前に、青龍が居た。
『汝に求めるは、心の強さ。生きる意志。我は今より汝の心の裡に入り、汝の弱さを暴かん。汝は、汝の弱さを知り、汝の弱さを認め、汝の弱さを乗り越えられるや、否や?いざ、試さん。』
青龍はそう言うと、私の胸へと吸い込まれていった。
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「うぐぅぅ…」
その時、私を襲ったのは、魂の辿ってきた記憶。
体の持つ記憶。
奪ってしまった、身体と魂の旅路。
一度死ぬまでの、『トリスティーファ・ラスティン』への罪悪感。
アレス兄さんと、アリス兄さんの妹として生きた魂の記憶。
その後、黄金王を経て今の身体に定着した魂の記憶。
そして、そうまでしてこの身体を使おうと、のうのうと生きている自分への失望感からくる、消滅願望だった。
今までの経験で、それらは受け入れていい、大丈夫なモノだと知っては居た。
けれども。
改めて視覚化して魂と身体の負の歴史を見せ付けられると。
消滅願望が、
私の意識を焼いた。
苦しみが、
胸を焦がした。
消える事への切望が、
焦燥が、
心に突き刺さった。
それでも。
暗く重い感情に、魂が潰されそうになった『私』を支えたのは。
学園で過ごし、グリーンヒル先生や親友レヴィちゃんを始めとした友達たちとの日々。
カイル君達、大事な仲間との、長い旅路。
沢山の人々との、出会いと交流の数々。
そして何より、アリ君と交わした、
『自分から消滅を選ばない事。』
という約束。
愛する彼の人との想い出が、私の凍える胸を、魂を暖めた時。
『汝の強さを認めん。力を、授けよう。器足りうる者よ。勇者と巫女なる者を救い、導け。最良を求めるならば、諦めずに進め。』
青龍からの、『私』を認めるメッセージが心に響いた。
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緩やかに、意識が、浮上する。
どうやら、私は、青龍の珠の主として認められたらしい。
暖かい光が、青龍の珠からじんわりと溢れている。
暫く考えて、私は、建物を出る事にした。
不思議と、皆も、試練を受けていることを感じたからだ。
意識を冒険に切り替えて、私は建物の外に出る。
正面には、噴水のある広場があった。振り返ると、アラベスクのような尖塔から出て来たのだと分かる。不思議と、入り口は消えていた。
改めて正面を見遣ると、真向かいに、同じ様な尖塔が見えた。違いは、壁に描かれたレリーフ位だろうか?後ろの塔には、青龍が、正面の塔には、白虎が施されている。
(此れは…。)
首を巡らすと、予想した通り、丁度90度左右対象の奥にも、私が今出てきた様な塔が聳えていた。
壁面には、やはり、右には玄武のレリーフが、左には朱雀のレリーフがあった。
(皆さんも、聖なるモノの試練を受けているのでしょうね…。どうか、超えれます様に…。)
先に試練を終えた私は、静かに、皆の成功を祈るより他にはなかった。
皆が無事に建物から出てくるのを信じて待つ間、私は、周囲を観察する事にした。
四方の塔からは、それぞれにアーチが伸びており、中央にある丸い小広場へと繋がっている。
アーチと小広場の淵は、途中で途絶えている様に見える。
小広場の更に中心には、円形の噴水がある。
この場所は、異常だった。
まず、歩道以外に、地面は無く、尖塔以外には、建物が無い。
崩れて、落下したのであろう、名残の、破片が、散らばって浮いている。クリスタルで、出来ていたのであろう。欠片は時折、不規則に光を反射して、煌めいている。
次に目に付いたのは、白から黒へかけての不規則なグラデーションをした、空。
まるで、モノクロのシャボン玉で隔離した様に、世界から、ここを切り離している。
遥か下には、広がる緋だけが、幽かに視認できた。
私は、不気味さを感じながら、気を取り直して、中央の噴水に近寄った。
カラカラと、乾いた音が響く。
噴水の淵には、塔のある方位に、それぞれの宝具が填まりそうな窪みが確認できた。
この窪みが、何かしらの手掛かりに違い無い。
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程無くして、他の塔から、カッと閃光が迸った。
右の塔からはドンさんが。
正面の塔からはリドリーダーが。
左の塔からはメイヴィスさんが。
ゆっくりと此方へ向かって来るのが見えた。
4つの宝具が、互いに光を照らし合っている。
と、それぞれが窪みの前に立った。
すると、噴水が止まり、中央に刺さる剣と、踞るダニエルさんが見えた。
彼もまた、何らかの試練を受けているらしい。
「皆さん、ご無事でよかった!」
そう呼び掛けた私の声は、響きもせずに、虚空に飲まれた。
皆の声も互いに届かない。
唯、大声で何かを叫んでいる様子だけが見て取れた。
私は、意志の疏通を謀るべく、一計を案じた。
持っていた羊皮紙に、大きく文字を綴り、広げて見せたのだ。
そして、遠眼鏡を取り出し、覗く仕草をした。
筆記具も、遠眼鏡も、冒険者の基本的な装備品として、持ち歩いている筈だからだ。
幸いにも、私の意図は、皆に伝わった。
私達は、筆談で、互いの状況を確認し合った。
それによると、どうやら、それぞれ、各聖獣に試練を課されたらしい。予想通りだ。
遠目にだが、それぞれの宝具も見せてもらった。
早速、青龍の珠に、それぞれの性能を教えて貰う。
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玄武の盾…どんな攻撃も受け止め、また、庇った人数×1000倍のダメージまで吸収する。使用制限なし。防御力+5000。
白虎の剣…攻撃力+5000の基本ダメージ。必ずクリティカルになる。全能力値+50する。
朱雀の指輪…全能力値+100。魔法の効果を500倍にする。蓄積した自分のダメージを魔法ダメージに上乗せ出来るようになる。
青龍の珠…伝承に無い情報も知ることの出来る全知の珠。各宝具の封印の鍵。
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私はその情報を伝えると、中央で試練を受けているダニエルさんが手に入れるであろう武器についても調べた。
青龍の珠は、教えてくれた。
中央に刺さる剣は、『勇者の剣』。
邪神クロノスを倒す為の剣であり、今のままでは、器ごと邪神を倒す(・・・・・・・・)神剣である、と。
暫し考え、私は、レインちゃんを想い、彼女を連れ去った黒衣の男についても調べてみることにした。
青龍の珠は、すんなりと、未知の情報を開示してくれた。
黒衣の男…邪神クロノスの精神体。レインを器とした本体と交わる事で世界を破滅へと導く完全体へと昇華する。レイン本人の意思を踏みにじった分だけ、融合の度合いが増す。
つまり、このままでは、レインちゃんにもダニエルさんにも幸せは来ず、かつ世界は破滅するらしい。
不味い事態である。
私は、回避方法を探すべく、青龍の珠に問いかけた。
「青龍の珠よ…すべからくを救い、世界と器と勇者を護る術を示せ。」
私が問うと、青龍の珠は、光を増し、他の宝具と共にクルクルと噴水の周りを周り始めた。
私は、今の青龍の珠への問いかけを、パーティーのメンバーにも分かるように、筆談を続ける。
そして、解答をもまた、メンバーと共有する事にしたのである。
青龍の珠からの解答が、全員の頭に響いた。
『四方を守護せし、柱なる者達よ。邪神クロノスを封印せし宝具を手離せ。勇者の剣を解放せしめよ。邪神は世に放たれるが、しかし、剣持つものの愛により、器は砕かれ、器なる者、役目を終ゆる。器とともに、邪神もまた砕かれん。』
つまり、今手に入れた強力な宝具を、この噴水の淵にある窪みに納め、勇者の剣を解放しろ、という事らしい。
話さなくても、皆の意見は一致した。
則ち。
私達は、宝具を手離して、ダニエルの覚醒を待つのだ。
それぞれの前に浮きながら回っていた宝具は、それぞれの手に戻った。
私達は、互いに目を交わすと、タイミングを合わせて宝具を窪みへと嵌めた。
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パチン。
薄い膜を張っていた最後の結界が、弾けて消えた。
びゅうびゅうと、強風が吹き荒ぶ。
ゴゴゴゴゴ
と、噴水のあった所が競り上がり、歪んでいた上空に出現した、クリスタルで出来た街へと吸い込まれていく。
クリスタルで出来た街の床が開き、噴水だった場所は、街の中央にガコンと音を立てて嵌まり、止まった。
途中に見えた景色は。
上空を漂う無数の城が、重なり一つの巨大な城となる姿。
紅い雨を降らす暗雲。
地上を滅ぼさんと暴虐の限りを尽くす紅い異形の大軍。
そして、それらに抗う、人々の姿。
巨大な雷が、暗雲の3分の1を消し去り。
城を固める城壁のあちこちで爆煙があがり。
触れる様になった異形を凪ぎ払う軍勢が見えた。
皆が、世界を護るべく、戦っていた。
皆が、救いを求めていた。
そして、希望とは、此処にあった。
希望の勇者であるダニエルさんが、目を覚ました。
勇者の剣の柄を手に取る。
私達を隔てていた結界は消えていた。
ダンさんの周りに集まる私達。
「大丈夫か?ダン。お前の一撃が、頼りだ。さあ、お前の姫様を救いに行こう。」
リドリーダーが言った。
かなりの難産でした。
分かりにくいかもしれません。
勢いで、書ききりたいものてす。
『レイ・ライン』編、もう暫くお付き合い頂けますと、幸いです。