6、『レイ・ライン』の冒険~第三の試練
6、『レイ・ライン』の冒険~第三の試練
安全圏まで逃げられた、と思った私達が転移した先は。
何処かの神殿。
窓や出入口らしきものは見当たらず、外の様子は解らない。
レインちゃんが、ゼイゼイと息を切らしている。
「大丈夫か!?レイン!」
ダンさんは、心配そうに彼女を介抱している。
「だ…い…じょ…ぶ…。」
真っ青な顔色で、強がる彼女。
そんな彼女らを見ながら、私は、
「変身」
と、レイ・ラインの姿に変わる。能力も、このパーティに合う様に調整した。
「取り敢えず、クシャーンでの危機は、責めは、私が負えたと思います。でしゃばって、すみませんでした。」
私は、リドリーダー達に謝った。
「やってしまったモノは仕方無いんじゃないかな。今は、立ち止まっていられる状況に無いわけだしな。」
私本来の戦闘力に、若干引いているのか、リドリーダーが何時もの様に怒ることはなかった。
「今は、レインの回復を待ちながら、情報を整理しよう。まずは、その剣と、この指輪について、調べよう。その間に、手が空いた奴がこの場の調査だな。メイヴィス。ダンと一緒にレインの介抱を頼む。ライ、でいいんだよな。お前はアイテムの鑑定を頼む。ドンはすまないが、私とここを調べよう。」
リーダーの指示で、各々がやるべき仕事を始める。
私は、ラスト家のまとめた武具防具魔具アイテム調査ブックとにらめっこしながら、ドンさんの盾同様、指輪と剣を調べた。
結果。指輪には朱雀の紋様が、剣には白虎の紋様がそれぞれ刻まれており、盾と合わせて近付けると、祭壇の方へと引っ張られる様な感覚をもたらす事が解った。この三つは、造られた年代も様式も合致する。つまり、セットで造られた魔道具だという事だ。
まだ、指輪からも剣からも魔道具らしい反応は無いが、白虎の剣(仮称)の攻撃力+500は下らない強さ。この数値は、一般的な剣の約50倍。朱雀の指輪(仮称)に至っては、持つ者の共感力を100倍に迄、底上げする作用がある事が解った。どちらも神話級の代物である。
私は、それを告げると、リドリーダーとメイヴィスさんにそれぞれ剣と指輪を預けた。
一方、神殿内部だが。玄武の盾(仮称)を置いたドンさんやリドリーダーは困っていた。ある一郭から先に、どうしても進めないのだ。
なのに、だ。
扉の前に、最早見慣れた黒装束の男が、立っていた。
「おや、皆さんお揃いでは無い様ですね。」
黒衣の男は、そうリドリーダー達に声をかけたそうだ。
「此処は何処なんだ!?そしてお前は何者だ!?返答次第では只では済まさん!!!!」
「わたくしですか?しがないレイン様の一僕ですよ。そしてここは、耶都とセリカの間にある、水中神殿。ふふっ。ここから先は、深海になります。結界が有ります故、そちらからは、わたくし方へは来れない様になっているのですよ。ですから、どうぞ巫女をお願いします。水圧で神殿が壊れないよう、結界を維持する為、私はここから動けません。巫女の祈りで儀式が滞りなく進むまで、わたくしはサポート致します故、お気をつけて。」
黒衣の男は、そう、リドリーダー達に宣ったそうだ。
二人は、見えない壁に弾かれて、向こう側に居る黒衣の男に近付け無かったのだという。
リドリーダー達が戻って来た時には、レインちゃんも回復し、立てるようになっていた。
そして、先の話である。
「…という訳なんだ。あの、黒衣の男に、見覚えはあるか?レイン。」
リドリーダーが、レインちゃんに聞いてみた。
「少しだけ、昔の記憶の様なものが、なんだか分からないイメージが浮かぶのだけれど…。あの人に覚えは…いやっ…痛いっ…此れは何?怖いっ…!」
何かを思い出そうとすると、頭痛が走るらしく、彼女は頭を抱えて踞ってしまった。
「レイン!無理するなっ!お前は、何があっても俺が護るからっ!」
「ダン!本当ね?ワタシを護って…。お願い。こわいの。」
レインさんはしくしくと泣きながら、ダンさんの胸にすがっている。
ダンさんは、そんなレインさんを優しく包容しながら、リドリーダーに食って掛かった。
「リドっ!レインにこれ以上負担を強いないでくれっ!何かを思い出そうとすると、レインに負担をかけるんだ。」
ダンさんの悲痛な叫びに、リドリーダーは冷静に言った。
「あぁ、すまない。徐々に、でいいんだ。何か思い出せたら教えてくれ。君をクリスタルタウンに連れて行く為のヒントになるかも知れないから。頼む。」
レインちゃんにも、リドリーダーの思いが通じたのか、か細い声で、
「分かりました。」
とだけ、了承の意を伝えたのだった。
****************
記憶喪失、というのは辛い。記憶が無い事自体は辛くないのだが、思い出す過程が辛いのだ。
今ある自我と、別の自分とのせめぎ合いで、自分自身の人格が判らなくなる様な、そんな恐怖に心が震え、時として頭痛が伴う。
レインちゃんと私が同じ様なタイプかどうかは判らないが、器として、自身の身体の所有権を奪われる恐怖とは、あるいはこの感覚に近いと言えるかもしれない。
自分の体験で、その恐怖を知っている私は、そっとレインちゃんに語りかけた。
「無理はしなくていいんですよ。記憶は、必要な時に戻りますし、貴女の過去も、貴女の現在を裏切るものにはなり得ません。大丈夫です。貴女の傍には、どんな時にでも貴女を護ろうとする、素晴らしい貴女だけの騎士がいるんですから。落ち着いて、ゆっくり深呼吸してください。そして、今ある貴女の心を大切にしてください。それが、貴女を救う心構えになると、助言しましょう。記憶喪失の先輩として。」
言いながら、レインちゃんの背中をゆっくり摩る。やがて彼女の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻した。
それを確認した私は、ダンさんに視線を合わせると、
「今のレインちゃんの心を護れるのは、恐らくレインちゃんが信頼を寄せている貴方だけです。だから、どうか、彼女の味方でいてあげてください。記憶喪失の時や、自我を奪われそうな時は、その絆が頼りになりますから。お願いします。」
と、実体験を基にお願いした。
ダンさんは、
「当然だろ!レインは俺の運命なんだから!」
と、言い切った。
「ライ殿は、記憶を無くした経験がお有りなので?」
ドンさんが、ちょっと面食らった様に言い、リドリーダーに至っては、
「まともに話せるなら、その口調をキープしてくれよ、ライ。」
と呆れ顔。メイヴィスさんは、
「うん。纏まってきましたね。」
なんて言う一面もあり、僅かではあるが、ほのぼのした空気がパーティ内に漂った。
しかし、それもほんの僅かな間だけの事。
レインちゃんが落ち着きを取り戻した所で、私達は、祭壇の方へ歩みを進めた。
黒衣の男は怪しすぎる、近寄るならば、この場での用事を果たしてからの方が安全だろう、という、リドリーダーの鶴の一声で、祭壇での用事を優先する事にしたのだ。
ドンさんの持つ玄武の盾(仮称)からは、メイヴィスさんの持つ朱雀の指輪(仮称)へと、朱雀の指輪(仮称)からは、リドリーダーに渡した白虎の剣(仮称)へと光を宿した。白虎の剣(仮称)は、祭壇へとその光を導いている。
祭壇には、指輪と剣の嵌まりそうな窪みがあった。
皆も、既に慣れたもので、
「では、宝具を窪みへ…レイン、頼む。」
「分かりました。では、祈りを捧げます。」
と、為すべき事を行う巫女として、レインちゃんは祈りを捧げた。
祭壇は光に満ち、レインちゃんの瞳に、アイスブルーの光が宿る。彼女の身体は宙に浮かび、その姿は柔らかな、しかし何処か鮮烈な光に覆われていた。
…トランス状態だ。
そして、彼女の口から、男とも女ともつかない声が発せられた。
『4つの宝具と、四人の使い手、揃いし時、絆が試され、世界は分岐に立たされる。器なる者を壊せし時、世界に安寧が訪れ、覚醒は、世界を新たなる世界へと導くだろう。恐れずに選べ。勇気ある者よ。勲しの如く進め。未来を求める者よ。破滅なる未来は近い。』
トランス状態のレインちゃんが、私達のパーティを指差す。
『だがまずは、青龍の珠の入手が先なるぞ?さて、汝等は、贄となるや、主となるや?とくと拝見といこうぞ。』
そう言ったレインちゃんの合図で、祭壇の壁から、大きな二枚貝が姿を表した。
さて。私達のパーティも、戦闘スタイルが決まってきた。
メイヴィスさんのサポートで攻撃力と防御力を上げ、ダンさんとリドリーダーの二本の柱で攻撃をし、ドンさんが皆を庇う。私は、蓄えた知識で敵のデータを調べたり、アイテムでサポートしたりと、細々した所の補助を担当している。
バラモン教の時の、攻撃はどうしたかって?
あれは、擬態が解除されていた事による副次効果であり、イレギュラーなのだ。だから、私はパーティの皆に謝らねばならなかったという次第だ。
今回のホーリィシェルは、固かった。硬くて、堅くて、難かったのだが…。先に手に入れていた白虎の剣(仮称)の威力の前には、多少時間はかかっても、そう怖い敵では無かった。
戦闘場所が、深海の神殿ではあったが、癪なことに、黒衣の男による結界の効果で、陸地補正があった事も、勝率を上げる要因ではあったのだが。
ホーリィシェルを倒すと、その体内から、一粒の珠が出てきた。大きさは大人の拳程だろうか。中には、青龍の紋様が浮かんでいた。
間違いなく、青龍の珠、という奴だろう。
と、レインちゃんの中の何者かは、愉しげに嗤った。
『よくぞ揃えた。次が楽しみよな。』
あまり、良くない兆候だと思い、
「あなたは、何方ですか?レインちゃんでないと、いけませんか?彼女を解放して欲しいのですが…。私に乗り換えませんか?」
と、私はそれに語りかけた。否、語りかけようとした。
だが、後ろからコツコツと足音を立てて入ってきた乱入者によって、その試みは阻まれる事となる。
「おお!我が主!降臨なさって居られるのですね!レイン様と共に、どうかあなた様の忠実なる僕たるわたくしめと、お出でくださいますよう、平にお願い奉ります。我等の都、クリスタルタウンへと参りましょうぞ!」
そう言うや否や、黒衣の男は、レインちゃんを恭しくエスコートすると、結界を解いたのだ。
私達には、「待て!」と声を掛ける暇も無かった。
何故なら、水圧により、神殿が押し潰され、崩壊の危機に見舞われたからである。
はっと思ったその時、4つの宝具は集まり、ダンさんを中心に光を放った。そして、泡の結界を作った。
泡の結界に包まれたまま、目映い光の渦に巻き込まれる様に、私達は、揺らぎに飲み込まれて行った。
私達の耳には、ダンさんの上げた、
「レイーン!!!!」
という、切なげな悲鳴が、残響として谺していた。