1、新たなる生活~生活の基盤
お久し振りです。
なかなか筆が進まず、時間がかかってしまいました。
ゆっくり再開します。
更新ペースは不定期になるかと思います。
[第十章:新たなる生活]
1、生活の基盤
お互いの好意を確認した私とアリ君。
ハイルランドに戻るという事は確定しているのだが、その後の予定は確認していなかった。
そうなると、私がアリ君に確認すべきは、この話題である。
「あの、質問なのですが…、アリ君。今後の拠点はどちらですか?私は、大学に報告に行かなきゃいけないんですが、その後、何処に向かえばいいですか?アリ君を追い掛けるので、アリ君の拠点を教えてくださいますか?…流石に、こんなに長くお仕事を放棄してちゃいけないですよね?」
私の疑問に、アリ君は、
「手は打ってあるんだがな…。」
と、言葉を濁した。
そして、私の方を見て、にっこり笑うと、
「私も、大学に用があるからな。行き先は同じだぞ。」
何の心配も要らないのだ、と、仄めかした。
正直言うと、一人は寂しいなぁと感じて居た私は、ホッと肩の荷が降りたみたいに安堵した。
「取り敢えず、エステルさんに、報告してから、大学に向かいたいのですが、アリ君に不都合はありませんか?」
「構わないが、何かあったのか?」
「耶都に向かう前に、相談に乗ってもらったので、帰って来た事の報告は、しておくのが筋だと思うんです。」
「まぁ、それはそうだな。」
そんな訳で、エステルさんの赴任している教会の懺悔室内にて。
「エステルさん。活動休止が、延期になりました。私が自分に掛けた『アリ君からの拒絶』をキーワードとした、私の休眠プログラムが、『アリ君からの受け入れ』、という思いもかけない解除キーにより、完全破壊されました。」
熊の着ぐるみを着たシスター、エステルさんは、
「という事は、悩みは晴れたッスか?良かったッス。」
と、表情の分からないままに、あっさり報告を受け止めてくれた。
私は、真教の教えや、組織内の内部抗争には拒絶反応を感じるが、こうした地道な活動には、自然と頭が下がる思いを抱く。現場の人の努力を、どうか上の立場の人が無駄にするような事はあってくれるな、と、願わずにはいられない。
エステルさんに報告を終えた私達は、その足で、大学へと向かった。
私が一大決心をして、何かやろうとする時。アリ君は、私の後ろで、口を挟んだりせずに、じっと見守ってくれる。
今回の、グリーンヒル先生への報告も、彼は暖かく見守ってくれている。
アリ君からの、大丈夫だと言う応援を背に受けて、私は、緊張しながらも、グリーンヒル先生の居る研究室の扉を、震える手を宥めながら、ノックした。
…コンコンコン。
「おう!開いてるぞ!!」
覇気に溢れた、グリーンヒル先生の声がした。
「失礼します…。」
恐る恐る、口に出して、足を進める。
「おう!トリスか!元気が無いな!?どうした?何を怯えているんだ!?」
何時も通りの、優しいグリーンヒル先生の声がした。
私は、グッとお腹に力を入れて、
「グリーンヒル先生。すみません!!自分で決めた未来を、決意を、貫けませんでした!!!」
と、全力で頭を下げた。
グリーンヒル先生は、
「ふむ。では、トリス。お前は、『自分で決めた決意』以上の『大切な何か』を得られたか?」
静かな、そして、真剣な眼差しで、私に問うた。
師匠から弟子への、大切な問い掛けである。
「はい。生きる意味と、より良い希望、そして、未来を得ました。」
真剣に、私も答えた。
「ならば、問題あるまい。お前が幸せを選べる様になった事。それが何よりも尊いと、私は思うぞ!」
グリーンヒル先生は、そう、とびきりの笑顔で、私を肯定してくれた。
私は、緊張の糸が切れ、知らず知らずに、体から力が抜けて居た。
ズルズルと崩し落ちそうな私を、アリ君が後ろから支えてくれた。
そうして、研究室にあるソファーで、私が介抱されて居ると、今で目に入っていなかった人達に気が付いた。
親友のレヴィちゃんこと、レヴィア・ターニッツ。
恋愛面で頼りになるお姉さん、クレアさんこと、クレア・ラ・シール。
やんちゃなトレジャーハンターの、アルヴィン君。
ミステリアスな、リースさん。
研究室の主、歴史学者の楊先生。
経済学者のジョン先生。
「皆さん、いらしたのですね。緊張していて、気が付きませんでした。…只今、戻りました。」
ヨレヨレしながらも、皆に挨拶をした。
「おう。うまくまとまったみたいじゃねぇか。」
という、アルヴィン君に始まり、
「心配しましたわぁ!トリスさん。アリ君が、しっかり捕まえておかないから、ややこしい事になるのですわ!!分かっておりますの、アリ君。」
レヴィちゃんの声が続き。
「君達が無事に戻って来て、ホッとしたよ。」
リースさんの控えめな発言と、
「面白そうな、貴女達の話、教えてくれるわよね?」
という、クレアさんの相変わらずなお節介ぶりに、私は、やっと自分の居場所に帰って来たのだと実感した。
そうして、ホッと一息吐いた頃。
コンコンコン
と、ノック音が室内に響いた。
「どうぞ、開いていますよ。」
この研究室の主である、楊先生が返事を返す。
言い忘れて居たかも知れないが、この研究室は、楊先生の研究室を主体として、両隣の隣室の壁を突貫して拡げた、グリーンヒル先生と楊先生とジョン先生の三人の、合同研究室である。学生時代に、楊先生の部屋に、まずはアリ君が(勝手に)仮眠室を作ったのを皮切りに、私達のグループが常駐する様になり、この研究室は、賑やかになった。そして、両隣の研究室に居た神経質な教授が、相次いで部屋の移動を希望して、両隣に入ったのが、グリーンヒル先生とジョン先生。それから、ドアを跨いでの出入りの激しさに嫌気が差したらしい三人の先生は、理事長先生の許可のもと、共同の研究室を作り上げたのである。優しい先生方は、アリ君の仮眠室も、残してくれていたのだ。
「あらあらまあまあ。皆さん、こちらにいらしたのねぇ。」
そう言って入室していらしたのは、ウララ理事長先生だった。
彼女は、にこやかな笑みで、室内を見回した。
「ちょうどよかったわ。今日は、皆さんに報告があって来たのよ。何だと思う?」
さも嬉し気に、語りかける、ウララ理事長先生。
ウフフ。
優しい笑みに、若干、背筋が伸びる。
(悪いことが、起きなければ良いのですが…。)
私がウララ理事長先生の発言を、緊張しながら待っていると、
「改めて紹介するわね。今度からこの学園で講師をしてくださる、アリス・トートス准教授と、アルヴィン准教授よ。」
ウララ理事長先生は、さらりと告げた。
それを聞いた私は、空かさず質問をした。
「はい!理事長先生質問です。『准教授』とは何ですか?」
「あらあらまあまあ。いきなり質問とは、トリスさん、素晴らしいわね。でも、一番の質問がそこなのかしら?」
「はい!他にも色々ありますが、どういったものなのかが解らないと、他の疑問に繋ぎにくいですから!」
「そうなのね。ならばお答えするわ。『准教授』とは、教授になれていない、教授の助手のようなものよ。昔の助教授にあたるかしらね?」
「臨時講師みたいなものですか?」
「いや、これからの働き方次第で教授へとランクアップする、前段階の職の事だな。」
理事長先生の回答を引き継ぐ形で、アリ君が答えた。
「働き方次第、ですか?」
「講義の成果や論文の評価次第で教授になれるかもしれない立場、という事だ。」
「なかなか、大変そうなお仕事ですねぇ。でも、アルヴィン君も、准教授なんですか?トレジャーハンターではなかったですか?」
「俺は、トレジャーハンターの成果を元に収入を得ようと思ったら、准教授の仕事を紹介されたんだよ。…家族も養いたいしな。」
「家族、ですか?」
「リースだよ。奥さんには、少しでも楽させてやりたいのが男ってもんだろ!」
「なるほど!二重の意味で、おめでとうございます。」
「おう。サンキュー。」
「トリス?私には、何か感想は無いのか?」
「アリ君、これが、アリ君の言っていた『用事』ですか?」
「まあ、そうだ。生活の基盤を、しっかりさせてから、告げようと思ってな。」
「アリ君。ありがとうございます。」
馴染みの深い場所で始める新生活。
アリ君のおかげで、私にとって、快適かつ、最適な生活が始まる様だ。
徐々にアップして行きます。
お読み頂き、ありがとうございました。