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トリスの日記帳。  作者: 春生まれの秋。
幕間
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懺悔~アリ君への手紙~

 懐かしいものが出てきてしまった。

 アリ君に見つかる前に、隠さなきゃ。


 だって…凄く…恥ずかしいんだもの。


 第2分校の新しい宿舎に、住み処を移そうと荷物を纏めていたら、うっかり出し損ねていた、手紙が出てきた。

 随分と前に書いて、でも捨てられも、差し出せもしなかった、あの頃の私の苦い想いを振り返っていたら。

 後ろから肩越しに、アリ君の声がした。


 「荷物は纏まったか?って、何を読んでるんだ?」



 しまった…。隠すのが遅れた。

 焦る私の事なんて意にも介さず、私を抱き込む形で、アリ君が、寛ぎ始めてしまった。

 色んな羞恥心に悶えながら、私の試練が始まった。



【最愛なる、私の半身 アリス トートス様へ】




 時々、この日常が、夢ではないかと疑うことがあるのです。



 私なんかが、こんなに幸せで、良いのでしょうか?




 私は、長年片思いしてきた初恋の相手が、まさか私を必要としてくれる様になっていたなんて、未だに、実感が出来ずにいるのです。



 あの日、あの時、私は確かに、自身の封印を決意していました。


 大きな大きな冒険を終えて、もう『少しの未来』も描けなくなりそうな予感に脅えていた私は、打開策を考えていました。

 その冒険を通して、『自分で未来を描いて良い』と、私の身体を造った方も、私の心を育てた方々も、私の在り方を好意的に肯定してくれたのです。涙が出る程に、私の『生』を祝福してくれました。

 その事がとてもとても嬉しかったのを、心がぽかぽかになるくらいに感じました。欠けている物なんて無いんじゃ無いかと思える程に。

 それほど、私は満たされていた、筈でした。

 でも、自分でも想像していなかったのです。『冒険をする今』に夢中で、『未来に対するヴィジョン』が、何も、何一つとしても、持てていない、自分の心に。



 やっと住み慣れた居場所に戻れると、希望に満ちたオーラを纏う、カイル君とアリ君。彼等の姿を見ていて、その事に、私は改めて、『私』の不完全さに気付かされたました。



 理性で、自身の出生も、境遇も、納得できています。心理的にも、他者に必要とされる心地好さというものを、ちゃんと理解出来ています。

 なのに。あまりにも未来が描けなくて。

 真っ白に広がる可能性の海に足がすくんで、『その先』への足掛かりが掴めなかったのです。



 幸いな事に、旅の途中で、そんな不安を忘れさせてくれるかも知れない職業に、出会う事が出来ました。それに、私には、大層な適性があるらしい事も分かりました。

 弥都の京にある色街『祇園』の老舗「鶴亀屋」。そこの体験ツアーで、女将さんに才を見出だされ、スカウトされたのです。

 『私なんかでも、誰かのお役に立てるかも知れない』という事実。

 それは、私に、ほんの少しだけ、明るい展望を抱かせてくれるかも知れない、と。

 そう、思わせてくれたのです。


 其処が、花街であり、そのお店が娼館であり、その職業が、この身を、女というこの身体を、見知らぬ不特定多数の殿方と交わらせる、というものでさえなければ。


 でも。

 それも。

 

 長年、私の心に棲みついている、この『アリ君への抗えない恋心』にさえ、けりがつけられれば。



 私はまだ、『次の瞬間(未来)』を描ける気がしました。



 そんな、私の卑劣で卑怯で最低な動機での申し出に、優しいアリ君は、付き合ってくれました。

 それは、とても嬉しくて、とても悲しくて、心が軋む様に切なくて。涙が出るほどの至福の時間でした。いつまでも、続いて欲しいと思ってしまいました。

 …けれど。

 現状で、その願いは、『叶わない』と、私の心は、知っていたのです。

 彼から与えられる、行為の数々は、ただただ長い付き合いからの、血の繋がらない妹分への義務感なのだと、感じていたのですから。


 それでも、彼が与えてくれるもの、その、全ての感覚が、私の境界を、世界と分離させてくれるのが。

 とてもとても、心地良かったのです。  


 私が、世界と別れる様な。

 私を、世界と繋がらせてくれる様な。

 …『自分』がクリアで明瞭な存在として感じられる、初めての経験でした。


 だから私は。

 『私』を固定させる為に利用しようとする醜い自分に、そして、迷惑をかけ続けて申し訳なく感じるだけで、何の恩恵も彼に与えられない、この『アリ君への恋心』に、終止符を打つ事を決めました。

 …彼との、決別を選んだのです。


 同じ時を過ごさないで良い様に。

 重ねる時間が、益々この想いを加速させない様に。

 理性が、彼や彼を含んだ世界を欲する欲望に負けないうちに。




 そんな身勝手、優しい貴方に、気付かせる訳にはいけないから。




 心配されない様に、綺麗な笑みで。

 安心できるくらい成長したことを伝える様に、力強く。


 明るく、希望に満ちた未来を描けている様に偽って。




 あの時、私は本気で、貴方の居ない時間まで、眠ろうとしていたのです。



 ねぇ、アリ君。


 私は、綺麗に笑えてた?


 私は、ちゃんと、貴方の心に残れてた?


 少しは、美しく輝く魂でいられたのかな?


 この器(身体)に残る、微かな黄金王(アイルハルト)の魂の残り香に惹かれるように、『名も無き王の剣(なー君)』は、私に力を貸してくれながら、この器(身体)にどちらの魂が定着するかを見守ってくれていたのに。

 

 あの時の私ときたら、なさけなくも、自分で立つ事が出来なくなっていたのです。



 なのに。


 貴方は、ギリギリのタイミングで、私を救ってくれました。


  

 私が『闇』を宿す前に。

 私が『神』に転じる前に。

 私は『器』となり、『(私の心)』を封印してしまう前に。



 貴方が私を呼び止めて、繋ぎ留めてくれている、この奇跡的な時間が、私にはいとおしくて、堪らないのです。




 アリ君。

 貴方に出逢えた事が、私には奇跡で、最高の幸運です。

 共に過ごせた日々は、私の宝物です。

 心からの感謝を、貴方に。

 ありがとう。




 大好きよ。

 



 ありったけの愛を込めて。

  トリスティーファ ラスティン 

 「何も、音読しなくてもいいじゃないですか…。」

 読み終えたアリ君に、半ば涙目になりながら、赤い顔をして見上げてみれば。

 そこには、私以上に真っ赤になったアリ君がいた。



 本当に、こんなに幸せになってしまって、赦されるのだろうか?



 何年経っても、やっぱり私は、自分の存在に自信か持てそうも無い。




 誰か、自分を赦せるキャパシティの持ち方、知りませんか?

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